第十二話 均衡を破る者、守る者
私は偽物の父と共にベッドへ腰をかけた。
「……今、この世界は天変地異に見舞われている。異常気象、干ばつ、飢餓、疫病……その全ては天にいる“創造神”──アレックスの『世界の均衡を保とうとする力』によるもの」
「アレックスって……アレックスの指輪のアレックス? 神話に出てくる……」
「そう。本来であれば、アレックスの指輪に選ばれた神官が神殿バベルに登り、祈りを捧げる事によってその力をコントロールする事が出来ていた」
神官……。
父は神官をしていたと、吸血鬼の国で会ったトキシが教えてくれた。
「……キデさんは……トキシと共に神殿バベルで祈りを捧げていた……」
「……だけど、後継者を見付ける事が出来なかった。新たな神官が不在のまま時が過ぎ、世界の均衡が崩れた……アレックスは増えすぎた人口を減らす為、この世界に戦を巻き起こそうとしている」
「戦って……戦争が起こるんですか? でも……戦争は誰かが必然的に起こすものでは……」
偶然的に起こる天変地異とは訳が違うのでは?
私の疑問に偽物の父は首を横に振る。
「アレックスは生きとし生けるものの心に干渉する事が出来る」
「それって……つまり……」
生き物の感情を操る事が出来るって事?
だとするなら、アレックスが戦争を起こす事は確かに可能だ。
「そうなれば多くの命が犠牲になるだろう……そして、この世はきっと滅亡する。アレックスの力の暴走によって……」
この世の滅亡……か。
「……なら、また神官を探して祈りを捧げればいいんじゃ……」
「無理だ。もうそんな段階にない」
「……何か、他に止める方法はないんですか?」
「ある。“神”として命を神殿バベルの最上階から捧げれば、アレックスの力を止めるが出来る」
そう言えば……ガットが神殿バベルの最上階で儀式を行おうとしていると、ニシカランが言っていた。
アレックスの指輪を身に着けた状態で、天に向かって魔力を音に乗せて届ければ、止める事が出来るのだろうか?
そこでふと、また疑問が湧いた。
「……“神”になった者は……どうなるんですか?」
偽物の父は眉間に皺を寄せて、つらそうな顔をする。
「この世から居なくなる」
「それって……死ぬ……って事ですよね……」
死んで……“神”として生まれ変わる。
だから、“神”としての命が神殿バベルの最上階から捧げられるんだ。
「死とはまた違う。“神”と言う概念になり、生きる者からは知覚できない存在となる」
「他に……方法はないの……」
「分からない。あるかも知れない」
偽物の父は、私と向き直る。
「君は、大切な者を助けたいとは思わない?」
その言葉が頭の中でリフレインする。
大切な者を助けたいと思わない? ──そう問われて真っ先に浮かんだのは、ケイドとアキの顔だった。
しかし、同時に認めたくない自分がいる。
今ここでその事を認めてしまったら、私は彼らを救うために動き始めなければならないから。
何より、アキはもういない。
「私、は……」
言葉が詰まる。
心がまだ整理できていない。
アキが死んでしまったという事実。
それをまだ受け入れられていない自分が、ここにいるから。
偽物の父は私の心を見抜いたかのように言葉を続けた。
「君はケイドとアキを助けたいと思ってる……違う?」
「……百歩譲ってそうだとしても……私にどうしろって言うんですか……? アキは……もういないし……」
「アキと言う青年は生きてる」
その言葉に私は目を見開く。
信じられなかった。
そうだったらどれ程良いかとは、ずっと思っていたが。
「厳密に言うと甦った。ガットが“怒り”のアレックスの指輪を使って」
「そんな事っ……信じられる訳……」
「感じないか? 生命力を含んだ彼の魔力を」
「魔力って……私は人狼だから、魔力なんて無いから……」




