第十一話 眠れない親子
「お風呂……用意出来ました。先に入ってください」
「……いいの?」
「私は後で大丈夫ですから。これ、身体を拭く布と着替えです」
バスタオル代わりの大きな布と、着替えとして私の服を手渡す。
風呂場に向かう偽物の父の背中姿を見送りながら、私は静かに溜め息をついた。
これからまた彼との生活が始まって。
そしてまた……ケイドやアキのように居なくなってしまう……のか?
また独りになる。
そう考えると酷い孤独感に襲われ、背筋に悪寒が走ってゾクッとした。
身体が震えて、火が灯る暖炉の前でただただ身震いする。
「……大丈夫?」
暫くして風呂場から出てきた偽物の父は、心配そうに私のもとへやって来て、背中を擦ってくれた。
その表情は本当に私の事を案じてくれているようで、本当に父なんじゃないかと一瞬錯覚させる。
「……大丈夫です……」
立ち上がると、私も風呂場へ向かった。
服を脱ぎ捨て裸になると、冷えた身体に冷えた空気に晒されて肌が更に粟立つ。
湯船に浸かると、全身の緊張が解けるように暖かさが広がっていった。
このまま眠ってしまいたいような気持ちになる。
けれどおちおち寝てもいられない。
あの偽物の父が作られた理由をちゃんと調べなければ。
湯浴みを済ませて風呂場から出ると、偽物の父は暖炉の前に座り込んでいた。
「お帰り」
炎の光がその愛しい顔を照らしていて、私は思わず言葉を詰まらせる。
「……ただいま……戻りました……」
偽物の父は立ち上がると私の方へやって来て、私の髪を布で優しく拭き始めた。
その指先は柔らかく優しくて。
まるで本当の──キデさんみたいで。
髪がフワッと揺れたかと思うと、次の瞬間には乾いていて。
どうやら偽物が風魔法で乾かしてくれたらしい。
振り返ると、優しい微笑みが私を見詰めている。
「もう寝よう」
私は幼い子供のように素直に頷いた。
「……おやすみなさい」
「おやすみ」
私が一階にあるベッドに入るのを見届けると、偽物の父は二階へと上がっていく。
二階には、父の部屋があった。
そこ事を教えていないのに、偽物の父はまるで毎晩の事のように二階の自室へ入っていく。
もし、父が生きていたら……こんな風な日常を過ごしていたのかもしれない。
そう考えると色んな感情が込み上げて、涙が溢れた。
眠る事が出来ず、ベッドを抜け出した私は、階段を音を立てないように慎重に登る。
二階にある父の部屋のドアを開け、中に入ると、偽物の父がベッドの中で寝息を立てていた。
その寝姿は本物の父と瓜二つで。
九つの頃を思い出した。
夜、眠れなかった時は。
こうやってベッドを抜け出しては、父のベッドに潜り込んで。
一緒に寝てた。
「一緒に寝てもいい?」
そう、強請る私の事を。
父は叱る事もせず。
優しく受け入れてくれた。
あの腕の暖かさを、今でも覚えている。
私はベッド脇に腰をかけ、その頬にそっと触れた。
温かい体温が指先を通じて伝わってきて。
この温もりが本物であってほしいと願いつつも、それは有り得ない事だと分かっていた。
だから。
せめて。
この瞬間だけは──と。
そっと唇を重ねる。
柔らかな感触が触れ合って。
愛していると感じた。
唇を離すと、目の前の彼の目蓋が微かに動き。
長い睫毛が震えるように揺れて、その奥から現れた薄茶色の瞳が私を映す。
この偽物の父は、失意の私を奮い立たせる為に造られた。
ならば、何か目的がある筈。
「親子ごっこは終わりです」
長く一緒に居れば、それだけ別れが辛くなる。
だから、早く終わりにしましょう。
「貴方に聞きたい事があります」
偽物の父はゆっくりと起き上がった。
「貴方の目的はなんですか?」
シンとした空気が部屋の中に流れる。
「少し……話をしても良いかな?」




