第八話 最後の告げの花
吸血鬼の国の政権を貴族派に握らせる手助けをするフリをして、ケイドを“神”にし、貴族派が政権を握る為に汚職に手を染めていた事を告発しようとしているんだとか。
今は公爵と言えど一貴族にか過ぎない為、ガットの言葉など耳を貸さないだろうし、例え告発しても貴族派に握りつぶされるだろう。
だが、“神”を選び出した者となれば話は別だ。
その発言力は偉大だ。
「ガットがケイドを“神”にしてもうたら……俺達の居場所はどこにも無くなんねん」
ケイドが“神”になってガットの思惑が叶えば、ニシカランの一族は任務失敗の罰として貴族派に処刑される。
「今……ガットが神殿バベルに登る準備を着実に進めとる。“神”になる儀式が始まってんねん。それを止められるんは……アレックスの指輪に関わったレッドウルフ、アンタだけや」
私は、雨に濡れて冷たいアキの頬を撫でて、その目蓋を手で閉じた。
「儀式は神殿の最上階で行われる。アレックスの指輪を着けて、天に向かって魔力を乗せた歌声か音色を奏でると……って聞いてんのか?」
アキの身体を抱えあげると、ニシカランに背を向ける。
「煩い……もう私に関わるな……」
私は森の中を歩いて、入り口で待っているハデスのもとへ向かった。
ハデスは私に気が付くと、腕の中のアキを見るなり驚いた顔をする。
「レッドウルフさん……これは……アキさんは……どうしたんですか? いや、それよりも早く医者の所へ……」
「もう死んでる」
私の言葉にハデスは固まってしまった。
ハデスを押し退けて馬車の扉を開けると、アキの身体を座席の上に寝かせる。
「ウソ……本当に……?」
「ガットに……殺された……」
ハデスの顔を見れずにいると、彼に肩を掴まれた。
「どうしてっ……! 貴方がついていながらっ……!!」
私は弾かれたようにハデスを見る。
その顔は今にも泣きそうな顔をしていて。
胸を締め付けられた。
アキはガットが殺したんだ。
私は──。
何も出来なかった。
私が……あの時アキの手を取っていたなら。
アキは死ななかったかも知れない。
そう思うと、後悔の念が押し寄せてきて。
どうしようもなく……消えたくなる。
酷い顔をしていたのだろう。
私の表情をみたハデスは、私から手を放した。
「すみません……」
「……いや……いい……」
私は悔しさで下唇を噛む。
「……これから、どうしますか?」
ハデスの問いかけに、私は彼から顔を逸らした。
「旅は終わりだ……。ハデス……最後に連れていって欲しい所がある……」
神殿バベルの近くにはケイドと過ごした港町がある。
その町にはハンクの屋敷があって、私はハデスに頼んで馬車でそこまで運んでもらった。
アキの身体を抱えあげて馬車から出すと、屋敷の敷地の中へ入っていく。
敷地内の一角には、ケイドの墓の跡地があった。
と言っても今は墓標はない。
ケイドが生き返った時に、墓標は無くなった。
過去を変えて、ケイドが死んだと言う事実がなくなったからだ。
ここで私は初めてアレックスの指輪を使った。
懐かしくも切ない思い出だ。
私はそこにアキの墓を作る事にした。
穴を彫り、アキの身体をその穴に埋めて、墓標の代わりに大きめの石を置く。
野に生えた花を摘み取って、アキの墓に手向けた。
手を合わせて、祈りを捧げる。
この世界の方式では手を組むのが主流のようだが、私は手を合わせたい気持ちだった。
目を瞑り、アキとの思い出を振り返る。
アキ。
君の事が好きだった。
君が幸せなら、私も幸せだっんだ。
もしもまた君と会える日が来たら──。
目を開けた時、私の瞳から一筋の涙が流れ落ちた。
後からやってきたハデスも、私の隣に膝をつくと手を組んで祈ってくれる。
私が立ち上がると、遅れてハデスも立ち上がり私と向き直った。
「……ハデス……送ってくれてありがとう……」
「貴方はこれからどうするんですか?」
「人狼の村に戻る……」
ハデスは村まで送ろうかと提案してくれる。
けれどこれ以上世話になる訳にもいかないし、どうしてか歩いて帰りたい心持ちだったから、丁重に断った。
「そうですか……お元気で、レッドウルフさん」
「ああ……さようなら……ハデス」
ハデスに別れを告げると、私は歩き始める。
目指すは故郷──人狼の村。




