第七話 神の文字と指輪が集う時
そうだ。
アキの手を取って、人狼の村へ帰ろう。
そして二人で一緒に暮らすんだ。
アレックスの指輪なんて全部ガットにくれてやればいい。
神?
神殿バベル?
知った事か。
簡単な事だろう?
アキの手を取る事なんて。
そんな、簡単な事……なのに。
分かっている……筈なのに。
どうして?
思い出すのは、ケイドと過ごした暖かな日々ばかり。
私は顔を上げて、ガットと共に歩いてくるケイドを見た。
私と目が合うと、ケイドは気まずそうな顔をして少し目を逸らす。
私は、ケイドと生きたい。
けど。
でも。
アキの気持ちを無下にする事は、したくない。
私は再びアキの手を見詰めた。
どうすればいいの?
迷いながらも、私は手を持ち上げて、アキの手を取ろうとする。
すると──
「ねぇ、レッドウルフ。俺、前にこうも言ったよね? レッドウルフには自分に素直に生きて欲しいって……」
その言葉に、思わず手が止まった。
「忖度しないで、レッドウルフの素直な気持ちを聞かせて?」
素直に?
私の……素直な気持ちは。
「……ごめんなさい……」
私はアキの手を取ろうとしていた手を引っ込めて握った。
目頭が熱くなって涙が溢れだす。
「私っ……私はっ……今でもケイドが好きなの……だから……」
私の手を見て、アキは哀しそうに眉を下げた。
「そっか……ありがとう。それでも俺はレッドウルフだよ。だから……君の傍に居てもいい?」
「……寧ろ……いいの?」
「うん」
「……ありがとう……アッキー……」
私は、ようやくアキに微笑みを返す。
「今生の別れは済んだか?」
ガットの声が間近に聞こえたかと思った瞬間──アキの胸から銀色の刀の切っ先が突き出た。
「……アッキー……?」
私はその光景を前にして言葉を失う。
アキの背後にはガットが立って居て、彼の手には刀が握られていた。
「……ガットッッ!!」
「“神の文字”を持つ者は、必ず命を落とす運命にある」
「何を言って……」
アキの名前には確かに“K”はあるけど……“D”なんて……。
「彼の名は『アキデ』……“神の文字”、“K”と“D”を持つ者」
アキから刀が引き抜かれると、その刃には血と共に液体のような光が滴っていて。
ガットが刀を振るうと、その光の液体は空へと昇り消えていく。
力を無くして倒れ込むアキを、私は慌てて腕を伸ばして受け止めた。
「アッキー……!? アッキーっ!! ……アキっ、……アキッッ!!!」
君の名を叫び続けた。
その瞳にはもう光が灯っていないと分かっていても。
何度も、何度も何度も。
叫び続けても、アキからの返事は無かった。
希望が絶望に替わって。
その内、私は呼ぶのをやめて脱力する。
ダランと下げた私の左手をガットが掴み上げた。
「安心しろ。『アキデ』は力を高め、“神”に近付ける為に甦らせる……」
左手の人差し指からアレックスの指輪が抜き取られる。
「この“怒り”のアレックスの指輪を使って」
掴んだ私の左手を放るように離すと、ガットはアキの薬指に嵌っていた“哀しみ”のアレックスの指輪と、“楽しみ”のアレックスの指輪を探りだした。
「これで全て集まった」
ガットの手の平に“怒り”と“哀しみ”と“楽しみ”の指輪。
そして、ケイドの右手の薬指には黄色の魔宝石がついたアレックスの指輪が嵌められている。
アレックスの指輪を四つ全て集めたガットは、ケイドと共に踵を返して神殿バベルの方へ消えていった。
天候はいつの間にか突風から雨に変わっていて、冷たい雨粒が私の身体に叩き付けられる。
濡れたアキを抱きかかえた。
暫くの間アキを抱いて踞っていると、雨水の混じった地面を踏みしめて、目の前に誰かがやって来る。
「無様やな」
それは、アンドロイドの国へ私達を連れていったニシカランだった。
「けど……もうお前しか頼る事が出来んみたいやで。そんな彼らの方が無様なんかもな」
私に返答をする意欲はもう残ってはいなかった。
黙っていても、ニシカランは一人で喋り続ける。
「俺の一族は皆人狼やけど、吸血鬼の国の貴族派が内密に結成しとる暗部に所属しとってな。せやから今回も、俺はガットに協力しとった。けど……」
ガットは貴族派を裏切ろうとしている。




