第六話 再会と別離の神殿
帝都に到着した私は、城下町には寄らず、直接神殿バベルに行く事にした。
神殿へと続く森の入り口までやって来ると、私は馬車を停めさせる。
「ハデス、君はここまで良い」
「え……でも……」
「ここから先は危険かも知れない。それにガットは決して友好的な相手ではないんだ。何をしてくるかは分からない」
「だからこそ一緒に行きます」
「ハデス……君の責任感の強さは分かるが……」
「俺も何か力になりたい」
ハデスの気持ちは嬉しかったが、私は首を横に振った。
「気持ちは有り難いが駄目だ。私はハデスには死んで欲しくはない」
「……でも、俺だけ待ってるなんて出来ません」
「ハッキリ言うが守りきれるとは保証出来ない。それにな、ハデスが待っていてくれる事で私達に帰れる場所が生まれるんだ。頼む、分かってくれ」
「……分かりました」
ハデスは少し不満そうな顔をしたが、それでも私の言葉を受け入れてくれた。
「アッキーも。危険かも知れないからハデスと一緒にここで待ってて」
「俺も一緒に行く」
「ハデスとの話、聞いてなかったの?」
「レッドウルフの傍に居たい。レッドウルフが危険になったら、誰が守るんだよ?」
アキは真剣に私を見つめてきて。
その目に宿る決意に折れた私は、小さく溜め息を吐いて頷く。
「分かった。でも、絶対に私から離れないでね」
「分かってる」
こうして私はアキと共に神殿へと向かった。
神殿バベルは、帝都から少し離れた森の中に聳え建つ巨大な塔だ。
塔の壁が遠くに見えてきた所で、急に天候が悪化し、突風が私達の身体に叩きつけられる。
「なんだこの風……!! まさか神に結界が……!?」
ガットなら結界でも張りかねない、と思っていると、突風の音に負けぬようにアキが声を張り上げた。
「いや、多分違う! 最近天候が急変するってデイーゴやリノが言っていたんだ!」
アキの話によるとここ最近、晴れていたのに突然嵐になったり、雪が降っていたと思ったら次の瞬間真夏のように暑くなったりする異常気象が多発しているんだとか。
なる程。
腕で突風を遮りながら少しづつ前へ進んで、神殿へと近付こうとする。
しかし、風に足を持っていかれ、私は身体のバランスを崩した。
「きゃっ……!」
「大丈夫!? レッドウルフ!?」
その場に膝をつくと、私のもとにアキが駆け寄る。
すると、不意にアキが思い出し笑いするみたいにクスッと笑った。
「レッドウルフでもそんな高い声だすんだ?」
「何よ……悪い?」
「ううん。可愛い」
「……」
あーもー。
頬が熱い。
アキの顔を見ていたら、その後ろに人影が現れた事に気が付く。
それはガットだった。
彼は魔法か何かで自分の周りだけ突風を防いでいて、涼しい顔をしてこちらへ歩いて来ている。
私の視線に気が付いたのか、アキも振り返りガットの方を見た。
徐々に近付いてくるガットの後ろに、もう一人歩いて来ている。
その者を見て、私は息を飲んだ。
「……ケイド……」
ガットの後ろから歩いて来ているのは、紛れもなくケイドで。
私は彼に釘付けになる。
やっと──やっと会えた。
喜び勇んで立ち上がろうと、私は地面に手をついた。
「待って、レッドウルフ」
腰を少し浮かせた所でアキに腕を掴まれる。
私はこちらへと向き直ったアキの顔を、自分の瞳にを映した。
真剣な顔をして、一体どうしたんだろう?
「こんな時に……いや、こんな時にだらかこそ君に聞いて欲しい。ねぇ、レッドウルフ……俺が最初に告白した時の事……覚えてる?」
勿論、覚えている。
忘れもしない。
あれは──まだ旅に出る前だった。
「俺が好きだって言ったら……君はまだお互いの事をよく知らないから、一緒に旅をして……一年後に俺の気持ちが変わらなかったら、告白してって言ったんだ」
アキは掴んでいた私の腕をゆっくりと離すと、その手を私へ差し出す。
「俺の気持ちは変わらなかった。それどころか、もっと好きになったよ」
その優しげな微笑みが、私に向けられた。
「好きだよ。レッドウルフ」
真っ直ぐな言葉と眼差しに、心が、全身が震える。
「君の答えを聞かせて」
私は差し伸べられたアキの手を見詰めた。
この手を取れば……私は楽になれる──?
もう旅をしなくていいし、辛い思いも哀しい思いもしなくていい?




