第五話 そしてシュウは、ガットとなった
「俺は……また同じ過ちを繰り返すだろう」
ケイドは俺の切れた唇を指でなぞる。
「それでもお前は……俺と一緒に居るつもりか?」
「当たり前だ」
「……俺はシュウを不幸にする」
「それなら俺は不幸でいい」
雨が祠の屋根を叩いていた。
「なら、覚悟を決めろ」
ケイドが俺の手を取ると、その瞳が赤く輝く。
「俺と共に──夜の底へ堕ちる覚悟を」
俺はケイドの手を強く握り返した。
覚悟ならとうの昔に決まっている。
「共に堕ちよう」
俺達は夜の帳に包まれたまま、村を抜け出した。
雨はまだ降り続いていたが、森を離れる頃には俺の心は晴れていた。
ケイドと共に歩むという選択をした事に、後悔はなかった。
例えそれが、人間としての終わりを意味するとしても。
それからの俺達は夜の旅人となった。
昼間は廃屋などで休み、夜になると次の場所へと移動する。
ケイドは血を求めるために、時折夜の街へ消えた。
悪党の血だけを啜り、善き者には触れぬと言う彼自身の掟を守りながら。
俺も次第に夜の感覚に慣れ始め、昼の光に焼かれるようになり、吸血衝動を覚えるようになっていた。
「俺も……ケイドと同じ吸血鬼になるのかな」
ケイドは俺の首元に触れたまま、小さく首を横に振る。
「お前は俺と違う」
でも俺の心はもう、吸血鬼に染まり始めていた。
そんな時の事だ。
ある町で、ケイドを追う謎の集団とと出会った。
彼らは闇の国の召喚士達で、ケイドを召喚したがうっかり逃げられてしまい、ずっとケイドを探していたらしい。
二人で逃げたが、森の中で追い詰められてしまった。
「シュウ、彼らが追ってるのは俺だけだ!」
ケイドが俺の手を放す。
「お前は逃げろ!」
「嫌だ。俺はケイドと一緒に居る」
けれどケイドの瞳には、もう答えが決まっていて。
「……シュウ。俺はお前には生きていて欲しい」
次の瞬間──ケイドの胸から銀色の刃先が突き出る。
召喚士の剣が、ケイドの身体を背中から貫いたのだ。
本来であれば、吸血鬼であるケイドは剣で貫いた位では死なない。
けれど召喚士達は、吸血鬼が銀に弱い事を知っていた。
ケイドを貫いたのは、銀の刃だった。
俺はケイドへと腕を伸ばし、その身体を受け止める。
でも、ケイドは。
俺の腕の中で事切れた。
召喚士達はケイドを殺した後も俺に向かって迫ってくる。
腕の中に居るケイドの遺体から流れ出た鮮血が、両手を赤く染めた時。
俺の中にある吸血鬼の血が……ザワリと騒いだ。
気が付くと、俺はその場に居た召喚士を全員食い殺していた。
頬から滴る血を拭いながら、俺は復讐を誓う。
ケイドを殺した奴らに報復してやる。
それから俺は召喚士達の事を調べて、闇の国へと入り込んだ。
皇帝に接触し、言葉巧みに操り、その王位を剥奪し、俺が闇の国の皇帝になって。
闇の国の古い書庫で召喚術に関する古文書を見つけた時、俺の心が高鳴った。
『召喚された者を一度殺め、転生させる事によってより強い力を宿す事が出来る』
ケイドは転生する。
またケイドに会う事が出来る。
そう知った瞬間、俺の心は高ぶりを抑えられなかった。
その後、俺は闇の国の民を皆殺しにして、国を出た。
辿り着いたのは吸血鬼の国だった。
そこで俺はマリシアス公爵の養子となり、義父がなくなった後、ガット・シュキル・マリシアス公爵として吸血鬼の国の貴族になった。
そして──ケイドと再会したのだ。
ケイドは俺の事を覚えていてくれた。
だから、拐ったんだ。
もう誰にもケイドを傷付けさせない。
俺は。
神殿バベルに登って、四つのアレックスの指輪を捧げて。
ケイドを“神”にする。
そう決めたんだ。
俺は、眠っているケイドの唇に、キスをした。




