第一話 砂塵の彼方へ
ハデスの馬車に乗って早数週間。
馬車は砂漠の国へと入る。
「砂漠の国で補給してから帝都に入ります」
御者台から馬車の中へ声をかけるハデスに、私は「分かった」と頷く。
暫く砂漠を走ると、砂漠の国にある一番大きなオアシスに到着した。
ハデスは馬を馬車から外し、荷馬車の所定位置へ繋ぎ止めると、私達を宿屋まで案内してくれる。
「少し休んでいて下さい。必要そうな物は俺が買ってきますから」
「何から何まですまないな」
「良いんです」
「何か礼をしないとな」
「礼なんて結構ですよ。約束さえ守ってもらえれば」
ハデスは無邪気な笑顔を浮かべて馬車へと戻って行った。
宿屋の部屋に着くとアキは直ぐにベッドに座り込み、靴を脱いで脚をマッサージし始める。
「脚痛いの?」
隣のベッドに腰掛けた私がアキを覗き込むと、彼は苦笑を返してきた。
「少し疲れちゃって。ずっと同じ姿勢だったし。レッドウルフは平気?」
「まぁ、割りと平気。疲れないようにハデスと交代しながら運転してたから」
「そうなの?」
「そうなの」
言いながら私はアキの足元に跪いて、ズボンを捲り上げるとその細い脚をマッサージしてあげる。
「ありがとう」
「いーえー。アキには私に付き合わせてばかりだし」
ここ最近、私は私の事で手一杯でろくにアキと接する事が出来ていなかった。
正直、アキを置いてきぼりにしてしまっている気がしていて。
内心で反省していたのだ。
「いつもごめんね……他の人とばっか話してて……分からない事ばかりで退屈じゃない?」
「大丈夫。俺はこの世界に来たばかりだし……それにレッドウルフにとっては、大事な話なんでしょ?」
「ええ、でも……」
ケイドに会う為に大事な事、だけど。
それをアキに押し付けているような気がしていてならない。
「ねぇアッキー? 旅……止めたかったらいつでも言ってね?」
「……え」
「私の我が儘みたいなもんなんだしさ……アッキーが付き合う必要なんてないんだよ、本当は。だからアッキーが嫌なら……今すぐにでも人狼の村に帰って……」
「そう言う事言うレッドウルフって、俺は好きじゃない」
アキが私の言葉を遮るように冷たく言い放つ。
「俺……レッドウルフには自分に素直に生きて欲しい。その為だったら嫌な所だってついていくし、自分の身を捧げる覚悟だって俺にはあるんだよ?」
その強い眼差しに、心が震えた。
不意にアキの顔が近づいてきて。
「それくらい……レッドウルフが好き」
私の唇を熱い唇が覆い尽くす。
ケイドがいなければ。
もしかしたら今頃は、アキと恋人同士になっていたかも知れない。
本当の所は分からないけど。
でも。
分かった事が一つだけある。
私はケイドに会わなければならない。
この気持ちに決着をつける為にも。
夕方になるとハデスが宿へと戻ってきた。
だか何故かその表情が重たい。
どうかしたのか訊いてみると、この砂漠の国にはハデスの師匠のような者が居るらしいのだが……。
昼間そこを訪ねた所、その師匠の身内に不幸があり、今夜はその葬儀に参列しなければならないそうだ。
「師匠は事情があってこの砂漠の国に住んでいますが、吸血鬼の国の現役の貴族です。ガットの事を何か知っていないかと思ったのですが……」
「そんな事を訊いている場合じゃなさそう……と言う訳か……」
「はい……」




