第十五話 神殿への胎動
手に取った資料には吸血鬼の国の貴族の紋章が、何故か上下を反転させて描かれている。
「ハデス、これは吸血鬼の国の貴族の紋章だろう? 何故反転されている?」
「それは……吸血鬼の国の貴族の、貴族派の象徴として用いられているものです」
「ああ、確か……吸血鬼の国の貴族は『王族派』と『貴族派』に別れているんだったな」
王族の成り立ちを表した紋章を、敢えて反転させる。
反逆の心でも表しているつもりなのだろうか。
「ニシカランの事ですが、彼も貴族派だったようです。吸血鬼の国の貴族の貴族派は全員『現存教』を信仰としていて、ニシカランも漏れなくその信者です」
ハデスは資料の一枚を取り上げて説明を続ける。
「『現存教』とはこの世界の在来する物を尊び、異世界から来る物を拒絶します。『未知の物には触れてはいけない』と言う戒律があるくらいです」
「……今なんて?」
『未知の物には触れてはいけない』……だって?
まさか……父の私物を奪って行ったのは……『現存教』の者か?
「貴族派『現存教』は王族派から政権を奪いたいが故にありとあらゆる手段を講じていて、アレックスの指輪にも目を付けているようですよ。手段を選ばないようで命を奪う事すら厭わないとか。しかし、その事を絶対に表には出さず、内々に事を進めるそうです」
「……なら……例えば……目当ての物を奪う為に、その所有者を自殺に見せかかて殺したりとかも……?」
「常套手段でしょうね」
それならば、父の死と私物が奪われた理由にも納得がいく。
『現存教』である貴族派は、父の持つアレックスの指輪が欲しくて、父を殺して指輪を奪おうとした。
しかし、戒律の所為でこの世界には無いナイロン製の上着に触れなくて、そのポケットに入っていたアレックスの指輪を奪えなかった。
込み上げた悔しさと怒りで、握った拳が戦慄く。
「……ガットは……貴族派の為に私達からアレックスの指輪を奪おうとしたのか……?」
「どうやらそれは違うようです。ガットはケイドを囲おうとした貴族派を恨んでいますから。ガットがアレックスの指輪を探しているのは、きっと別の理由でしょう」
そう言えば……ガットはアキも攫おうとしていた。
“神の文字”がどうとかって言って……。
「ガットが言っていたが……アキが“神々”の内の一人だと言っていたんだ。意味が分からないのだが……」
「使い魔を通してその話は聞いていましたが……なんの事か俺にも分かりません」
「アッキーは……何か心当たりがある?」
アキの方を見ると、彼は眉を下げて小さく首を横に振る。
「……分からない」
「そう……」
「ごめん」
「謝らなくて大丈夫よ。アッキーが悪い訳じゃないし」
「……」
私が安心させるように微笑みを向けると、アキは気まずそうな顔を逸らした。
その事に少し引っかかたけど、力になれない事を申し訳なく思っているだけかも、と私はハデスの方へ向き直る。
「レッドウルフさん……これからどうするんですか?」
「私は、神殿バベルに向かおうと思っている」
「神殿バベルへ?」
「ガットはケイドとそこに向かっているのだろう? それに、あそこには……“K”と“D”と言う文字が彫られていた」
“神の文字”の事について何か分かるかも知れない。
どのみちアキに関わる事ならば、無視は出来ないし。
ふと、頭に一つの考えが過ぎって……私は自分の左手の人差し指を見た。
アレックスの指輪は全部で四つ。
“喜び”“怒り”“哀しみ”“楽しみ”の指輪がある。
私が持っているのは“怒り”の指輪。
そして、アキが持っているのは“哀しみ”“楽しみ”の指輪だ。
最後の一つ……“喜び”の指輪がまだ見つかっていない。
ならば……最後のアレックスの指輪を探し出して……全て揃えて神殿バベルに行けば何かが起こるのかも知れない。
「それなら……」
ハデスが何かを思い付いたように声を発する。
「俺が神殿まで連れて行きましょうか? 移動魔法は使えませんが、長距離用の馬車は持ってますし、もしアンドロイドの国に見つかったら危険です」
「良いのか?」
「ええ。その代わり……」
「代わり?」
「旅が終わったら狼の国に戻ってきて下さいね」
ハデスの言葉に、私は思わず笑ってしまった。
死亡フラグだ、それは。
こうして私とアキは、ハデスの手引きで帝都へ向かう事となった。
第四章 紅い入港〈了〉




