第十四話 ユニコーンが導く脱出
『……はっ』
不意に乾いた笑いが聞こえてきて。
私は目の前で倒れているガッティを見た。
ガッティのその瞳が、水色から紫色へと変色する。
『無様だな……紅い狼。俺の策にまんまと嵌まるなんて』
その表情が優しげなものから、冷たいものへと変わった。
まるで……ガットの肖像画のような表情だ。
「貴様が……ガット・シュキル・マリシアス……だな?」
『そうだ』
ガットはガッティの身体を介して、私達に話しかけていた。
『お前はアレックスの指輪の本質と……そして、彼の本当の存在意義を知らない』
「……彼?」
ガットはガッティの身体を動かし、アキの方へ指を差す。
『彼は闇の国の皇帝が召喚しようとしていた“神々”の内の一人。“神の文字”……“K”と“D”を持つ者』
“K”と“D”。
神殿バベルの内壁に書かれていたアルファベットだ。
「何を言っている!? 確かにアキにはKの字は入っているがDの字なんて──」
私の言葉を遮るように、衛兵が緊急を知らせる笛の音が鳴りだした。
どうやら、私がガッティを襲う謀反者に見えたらしい。
襲ってきたのはガッティの方だがな。
『何にしても……今から捕まるお前には関係の無い話だ』
衛兵達は続々とバルコニーの下や、硝子窓の近くへと集まってきている。
〈アンドロイド達はガットを崇拝しています! ガットの事を探ろうとしているレッドウルフさん達の事をただでは帰さないでしょう! 早くその国から逃げてください!!〉
ハデスの使い魔は、急かすに私の周りをパタパタと飛び回った。
『無駄だ! もう既にお前達は袋の鼠……逃げ場など無い!』
ガットはガッティの顔で勝ち誇ったかのように笑う。
みるみる内に周りは衛兵達で囲まれていって、まさに四面楚歌だ。
けれど。
このまま黙って捕まって堪るか。
私は懐から小さな筒笛取り出し吹くと、何処からともなく馬の鳴き声と蹄の音が鳴り響いてくる。
何もない所から黒いユニコーンが現れ、バルコニーに降り立った。
「ユニ!」
精霊の森で仲好くなったあの黒いユニコーンだ。
名前はつけないと決めていたのだか、結局つけてしまった。
「アッキー! ユニの背中に乗って!」
アキをユニに乗せ、その後ろに私も跨がると魔法で出した手綱を引く。
バルコニーの高さは相当なものだったが、ユニは躊躇うことなく空中へと躍り出た。
「ユニの鬣に捕まって! アッキー!」
風が激しく頬を打つ。
アキがユニの鬣ににしがみつくと、私は魔法で風の防御壁を作り出した。
衛兵達をはね除けながら、アンドロイドの国の周りにある森を駆け抜ける。
〈まだお伝えしたいお話があります! 俺の別荘に来てください!〉
一緒に逃げてきていた使い魔のコウモリは、私達をハデスの屋敷へと導くように少し先を飛んでいた。
ハデスの別荘は、狼の国の城下町から少し離れた森の中にひっそりと佇んでいた。
そこは人里から離れているにも関わらず、木々の合間を縫うようにレンガの道が作られている。
別荘の庭へと繋がる大きな門を潜ると、使い魔のコウモリが玄関先に居たハデスの手の甲に止まった。
「お帰りなさい。アキさん、レッドウルフさん」
私とアキが背中から降りると、ユニの姿が透けていき、その場から消えていく。
「ありがとう……ユニ。助かった」
消え去ったユニに礼を言うと、ハデスに向き直る。
「ハデス……ケイドとガットはいつ出国したんだ?」
「募る話は別荘の中で」
私達はハデスに従って別荘の中へと入った。
客間に行くと、ハデスはガットに関する資料をテーブルの上に並べる。
「情報部隊の使い魔達によりますと……ケイドとガットはレッドウルフさん達が狼の国を出た直後で、もう既に帝都の領域に入ったようです」
「帝都の領域に!? ここからあそこまでは馬車でも数ヵ月かかるぞ!?」
「おそらく移動魔法を使ったのではないかと……」
「……成る程。それで……彼等は一体何処へ向かっている?」
「神殿バベルと言う所です」
「神殿……バベル」
置かれた資料を一枚づつ確認していると、ある資料に目が止まった。




