第十三話 分身の罠
「こちらです」
イヴィアはとある部屋へ案内してくれた。
扉には紫色の装飾が施されており、明らかに高貴な者の部屋のようだった。
イヴィアがノックをすると、扉の向こうから「はい」と低い声がする。
そっと扉が開いらかれ、中に居た男のアンドロイドが私達を出迎えた。
「ああ……イヴィア殿」
「旅のお方達が貴方に会いたがっていたので、お連れしましたの」
「これはこれは。ようこそ」
その男のアンドロイドは優雅に礼をする。
その姿を見て私は驚いた。
ガットとよく似た男が目の前にいる。
しかし、肖像画よりも髪が長い。
顔立ちも少し違い優しげに見えるし、何より目の色が違った。
肖像画のガットは紫色の瞳をしていたが、目の前の男の瞳はアンドロイド特有の水色の瞳をしている。
「イヴィア……彼は……」
イヴィアがクスッと笑うと、代わりに男が答えた。
「申し遅れました。私の名前はガッティ。父上であるガット・シュキル・アリアスを元に作られたアンドロイドです」
丁寧なお辞儀をするガッティを指し示すように、イヴィアが手を彼に向かって伸ばす。
「ガット様はアンドロイドに大変ご理解がありまして、この国にも多大な支援をして頂きました。ですので、ガット様の分身である彼を生み出したのです」
ガットの分身。
ならばケイドの事を何か知っているかも知れない。
「ガッティ……君に聞きたい事が──」
「その前に……せっかくの天気です。バルコニーで話しませんか?」
ガッティは私とアキをバルコニーまで誘導した。
そのバルコニーは飾り気がなく、とても広くて、まるで騎士達の修練場のようだ。
「それでは、私はこれで」
カーテシーをしたイヴィアは、バルコニーと室内を仕切る両開きの大きな硝子をカチャンッと閉める。
その音に違和感を感じたが、意識は直ぐにガッティの方へ向けられた。
彼は腰に差していた刀を引き抜く。
私は反射的にアキを庇うように背にすると、レイピア抜いて構えた。
「どう言うつもりだ!?」
「父上から仰せつかっているのです。貴方がたが持つ三つのアレックスの指輪と……」
ガッティの人差し指が、アキを指し示す。
「その方を連れてこい、と」
「は……?」
アキを?
ガットが?
どうして……?
状況が飲み込めず困惑する私を余所に、ガッティは刀を振るって私の胴を目掛けて薙ぎ払う。
それを軽いステップで避け、冷静にガッティの剣撃を受け止めると、鋭い眼光で相手を射抜いた。
「アッキー、ここは危ない! 室内に逃げてろ!」
背後のアキに短く指示すると、彼は頷いて室内へ続く硝子窓を開けようとするが。
硝子窓は開かなかった。
「開かないっ……!? レッドウルフ! 鍵がかけられてる!」
「チッ……閉められたか」
イヴィアが出ていく時に聞こえたあの音の違和感は、施錠の音だったらしい。
考えてもみれば、トントン拍子に事が進み過ぎていた。
私達はまんまと罠に嵌められていたらしい。
私はレイピアを横薙ぎに振るい、風を切る音と共に空気を引き裂いた。
「遅い」
ガッティの嘲笑と共に刀が迎え撃つが──。
私は地面すれすれまで体勢を低くし、ガッティを足払いする。
反応が一瞬遅れたガッティは、バランスを崩しバルコニーに倒れ込んだ。
持っていた刀をレイピアで弾き飛ばし、丸腰になったガッティの喉元に切っ先を突きつける。
その時だった。
一匹のコウモリが私のもと目掛けて飛んでくる。
〈アキさん! レッドウルフさん! 無事ですか!?〉
「その声……ハデスか!?」
そのコウモリはハデスの使い魔だった。
〈たった今連絡があって……ケイドとガットは狼の国を出国したそうです!〉
「……何だって!?」
〈出し抜かたんです! 騙されました! レッドウルフさん達をアンドロイドの国に案内したニシカランと言う男は……吸血鬼の国の元貴族……ガットの配下です!〉
「は……?」
〈ガットが狼の国を出る時間稼ぎの為に、レッドウルフさん達をアンドロイドの国に行かせたんです!〉
ニシカランの野郎……騙しやがったな。
無性に怒りが沸いて、私は奥歯を噛み締める。




