第五話 鎖の少年
私は言われるがまま男の後を付いていく。
「移動しながらで申し訳ないのですが、少し昔話をしても宜しいでしょうか?」
「どうぞ」
「ありがとうございます」
男が案内したのは一軒の廃墟だった。
「ここは……ずっと昔にこの辺りを統治していた領主の男の屋敷でした」
高い柵に囲まれたその廃墟は、荒れ果ててはいるが広大な庭があり、その中央に城のような豪勢な屋敷が建てられている。
「何処からやってきたのか分かりませんが、その男は成金で、多額の金で爵位とここら一体の土地の権利を買い領主になりました」
男は柵を開き屋敷へ向かって歩いていった。
持っていた鍵で屋敷の扉を開けると、中へと入る。
「しかし、ある日の事です。領主は何者かに惨殺されたのです。使用人は殺されなかったようですが、男の部下や関係者は無惨にも全員切り殺されました」
屋敷内の柱や壁には血らしき跡と、何かの切り傷があった。
これは……
「レイピアで切った跡か?」
「ほぉ。分かるのですか?」
「私もレイピアを使っている」
私は腰に下げているレイピアの柄を触って見せた。
「他の武器の知識も無い訳ではないが」
「なるほど」
「それで……その領主とやらはどんな奴だったんだ?」
「領主となった男はやりたい放題で、領民に重い税を課し、自分は私腹を肥やしていました。欲しい物はどんな手を使っても手に入れようとし、気に入った者なら性別構わずこの屋敷に囲い込みました」
その背中を追いかけるようように付いていくと、男は屋敷の地下室へ続く階段を下り始める。
光が差し込まない暗い廊下におどろおどろしさを感じ、ホラーが苦手な私は少し唾を飲み込んだ。
「ケイドと言う少年は、孤児院から連れてこられ、ここの使用人としてこき使われて……いえ、働いていたのですが……その美しい容姿から領主に目を付けられてしまったのです」
薄暗い地下室を男の持つランタンの明かりを便りに進んでいくと、何やら小部屋へと連れて来られる。
「この部屋は……一体……」
「ここは……ケイドが軟禁されていた部屋……です」
「はっ……!?」
ああ、そう言う事か。
領主の野郎はケイドをこの地下室に閉じ込めて、凌辱していた。
「──ッ、」
私はギリッと奥歯を強く噛み締めて、震える程拳を握る。
産まれて初めて、殺意と言うものを覚えた。
「これが、ケイドが繋がれていた……と思われる鎖です」
男が指し示したのは、錆びた枷だった。
鎖の先には球体の重りがついている。
これに繋げて、ケイドを軟禁していた訳か。
胸糞が悪い。
「……あんたは何でそんな事を知っている? まさか……あんたもその領主に荷担して……」
「ち、違います! 先程も言ったようにケイドと言う少年が居たのは私が幼い頃です!」
「なら何でこの屋敷の鍵を待っていた? 内情にも詳しいようだし」
「私の父が町長に任命された際に、この屋敷の管理を任されたからですよ! 領主が惨殺された後ここら辺の地域は細分化され、当時村長を勤めていた父が町長に選ばれたのです」
「ケイドの事を知っていたのはどう説明する」
「ここに軟禁されていた子達を保護した時に、父にケイドの話をしていたのを覚えていただけです。売られて帰って来ない子がいると……」
「……」
確かに、辻褄は合っている。
嘘を言っているように見えないし、ここは信じる事にしよう。
殺気立った私に怯えている男の様子に、流石に申し訳なく思えてきたし。
私は殺気を引っ込めると、床に転がる枷を見た。
魔鏡作りに必要な物を取り出すと、男が不思議そうな顔をする。
「何をするおつもりですか?」
「魔鏡を作る。危ないかも知れないから少し下がっていてくれ」
私は取り出したチョークを使って枷を囲うように魔方陣を書いた。
母の形見である銀色の丸い手の平サイズの鏡を枷の上に置くと、その上に左手を翳す。
意識を鏡に集中させると、魔方陣が光を放ち始めた。
赤黒く輝く人差し指の指輪が熱くなる。




