第九話 闇の国より来たる神の子
私は“楽しみ”のアレックスの指輪には拒絶されている。
けれど、アキなら拒絶されないとなんとなく思っていた。
だから“楽しみ”の指輪はアキに託す事にしていたのだ。
私がアキに指輪を預けた本当の意味に、彼は気付いてはいないだろうけど。
そこはさして問題ではない。
「アッキーに預けとくのが一番安心するから」
「そう? ありがとう」
それから少しして、男が目を覚ましたとハデスから客間へ報せがあった。
カナエは魔法省で転移者を元の世界へ帰す魔法を研究する事になり、一方の男の方はハデスの屋敷の使用人として雇う事になったらしい。
「一時はどうなるかと思いましたよ……」
「色々世話になったな、ハデス」
「いえいえ、それはこちらも同じです。無事に丸く収まってホント良かった」
「お世話ついでにもう少し話に付き合ってもらいたいんだが、いいか?」
「なんでしょう?」
「ん? いや、何……ようやく思い出したんだよ……『碧眼のハデス』」
安堵していたハデスの顔が、私の言葉で途端に曇った。
「君はそう言う二つ名で呼ばれて居ただろう? ……闇の国で」
客間に凍りついた空気が流れる。
「レッドウルフ、闇の国って?」
事情をよく知らないアキが、私に問いかけてきた。
「闇の国と言うのはこの世界の地図上には存在しない国で……悪魔の住まう国だ。つまりハデスは──」
「悪魔ですよ。お察しの通り」
私の言葉を遮り、ハデスは自ら悪魔と認めた。
「……けれど、闇の国の民である悪魔もういないと聞いた事があるが?」
「ええ。確かに国にはもう民は残っていません。しかし、まだ俺のような生き残りは存在します。……何処からお話すべきでしょうか……」
ハデスは静かに語りだす。
「……全ての始まりは約三十年前。俺がまだ幼く、闇の国に住んでいた頃の話です」
ハデスは窓の外に目をやり、遠くを見つめた。
彼の話しによると、当時の闇の国は『暗黒の支配者』と呼ばれる皇帝によって統治されていたらしい。
皇帝は力に飢えた冷酷な王で、より強い力を求めていた。
国の魔術師達に命じ、より強い力を得る方法を研究させた。
長い研究の末、“神の文字”である“K”と“D”を持つ『異世界からの神々』の存在を発見する。
その中で特に強い力を持つ『神』が──
「『ケイド』──と言う少年でした」
ハデスの言葉に耳を疑った。
「……ケイド……だって?」
恐怖や不安が入り交じり、震え出す私にハデスは頷いて見せると話を続ける。
『ケイド』に目をつけた皇帝は、異世界の存在を呼び寄せる転移魔法を開発した。
自らの血筋の中から『召喚する能力』を持つ者を見つけ出し、『召喚の儀』を行わせる。
そして、『ケイド』が召喚された。
「なぁ……その、ケイドって言うのは……こんな顔か?」
私はずっと持ち歩いている、ケイドが映った魔鏡をハデスに見せる。
「そうです。この魔鏡をどこで……」
「……だとするならおかしい。話が矛盾している……」
「矛盾?」
「ケイドは……私の育ての父の息子だ。転移者じゃない」
転移者じゃないのに転移をしてきた?
それこそ矛盾と言うものだろ。
「もしかしたら……転生したのかも」
「転生……?」
「……『ケイド』は皇帝の命令で召喚者に殺害されましたから」
『ケイド』が殺された……?
「ちょっと待て……また矛盾している。皇帝は『ケイド』の力が欲しいから呼び出したのだろう? それなのに何故殺害する必要がある」
「転生するとその魂は『神』に近付いて、更なる力を手に入れるんです。それこそが『神』の本質。死して尚、力を増幅し不死へと繋げる……だから皇帝は『ケイド』を殺した。転生させる為に」
怒りで震えが止まらなかった。
信じたくもない話だ。
ケイドの事を……命を何だと思っている。
「皇帝は転生した『ケイド』を探し、捕まえようとしました……が、それは叶いませんでした。『ケイド』は生まれて直ぐ魔法を使って時空を超えて行方不明になったんです」
私の中で少し謎が解けた。
ケイドは私より後に産まれた筈なのに、私が産まれる前に死んでいた。
その事がずっと謎だったんだが、いつかの老人が言っていた『闇の手』と言うのが、闇の国の皇帝の事だったとすれば……。
ケイドは皇帝から逃げるために、過去に飛んだ。
そう言う事だったのか。




