第八話 生きていてくれてありがとう
転移魔法で人を召喚したのは重大な事件だが、男は生きている。
それならば──
「このまま帰しても問題ないのでは?」
「え、ちょっとレッドウルフ……自分が何をいってるのかわかってるんですか? 彼女は犯罪者ですよ? ちゃんと法の裁きを受けないと……」
ハデスは納得がいっていない様子だった。
意外と頭硬いな。
「だが、カナエが転移魔法を使えたとするなら、今後の魔術学は飛躍的に進歩するかも知れない」
「だからと言って犯罪を見逃すなんて……」
「なら、こう言うのはどうだ? カナエの事情を国王に説明し、身柄は魔法省が引き取る。罪の償いとして、魔法省で魔法の研究に専念してもらう」
「そんな事……」
「出来るだろ? 魔法省所属、ハデス・ロンド・ジュアルケ様なら」
私はハデスの正体を思い出していた。
ハデスはこの狼の国にある魔法省の高位魔法使だ。
「……それは……そうですが……仕方ありませんね……」
ハデスは溜め息を吐くと、渋々納得してくれたようだった。
「それにしても……転移魔法を使えるとはな」
「でももう転移魔法は使いません……あたしは最低な事をしたんだから。だから……これでお仕舞にしたい」
俯いてそう呟くカナエのその目には、涙が浮かんでいる。
「……小屋に居た男の事なんだが……」
私の言葉にカナエがピクッと反応した。
「生きている」
カナエは顔を上げて私の顔を見る。
「……ほんと?」
一瞬明るい顔をしたカナエだったが、直ぐにその表情が悔しそうに歪んだ。
「……死んでしまえば良かったのに……」
「──ッ、!!」
私はカナエの余りの発言にカッとなって、その頬を叩きかける。
振り上げたその手を掴んで止めたのは、アキだった。
「気持ちは分かるけど、落ち着いて、レッドウルフ」
アキの顔を見て冷静さを取り戻した私は、カナエと向き直る。
「カナエ。もし君が『死んでしまえば良かったのに』と誰かに言われたら……どう思う?」
「…………傷付く……けど……、そう言われるだけの事を私はしたんだと思う」
「なら君の身内や大切な人だったらどうだ? 大切な人が『死んでしまえば良かったのに』と言われたら、どう思う?」
「それはっ……悲しい……酷いって思う……」
「今、カナエがした事はそう言う事だ」
「……ごめんなさい……」
「謝るのは私にじゃないだろ?」
私はカナエの頭を優しく撫でた。
「君が召喚した男は今、ハデスの屋敷で治療を受けているところだ。どのみち君の身柄はハデスが連行する事になる。実際に会って、推しに謝るべきではないのか?」
「……はい」
こうしてカナエを屋敷に連れて行き、召喚された男が寝ている部屋へ案内する。
「……本当に……生きてた……」
男の寝顔を見たカナエの目から、ボロボロと涙が溢れ出した。
「自分からあんな酷い事をしたのに……生きていてくれる事が……こんなにも嬉しい……なんて……」
眼から溢れる涙を手で拭うと、カナエはベッドで眠る男に向かって頭を深く下げる。
「ごめんなさい……本当にっ……ごめんなさいっ」
カナエの足元には、雨粒が落ちてくるように、涙の染みがポツポツと出来ていた。
「彼が目が覚めるまで待つか? それくらいは許されると思うぞ」
ハデスの方を見ると、もちろん、と言いたげに頷いたが、反面カナエは首を横に振る。
「もう行きます。私は……もう彼に会う資格はないですから……」
私に頭を下げた彼女は、ハデスに連れられて男の部屋を去っていく。
愛情が愛憎へと変わってしまったカナエ。
それでも、彼が生きていた事に涙した。
彼女の愛憎とは、最大の愛情なのかも知れない。
二人が去った後、私達は客間に戻った。
私は懐から、制御布に包まれた緑色のアレックスの指輪を取り出す。
「アッキー。手ぇ出して」
「手?」
素直に手を差し出すアキが可愛い。
と思いつつも、アキの手の平に緑色のアレックスの指輪を置いた。
思っていた通り、私の時と違ってアキは指輪に拒絶されない。
「それはアッキーが持ってて」
「俺が?」
「うん」




