第七話 異世界召喚の罪と救済
「……だ……誰……?」
少女の声は震えていた。
フードの端から見えるその瞳は、怯えた色をしている。
彼女の持っている籠には、食べ物が幾つも入っていた。
「君が……不審者か?」
彼女はハッとして私の顔を見ると、籠を手放し駆け出した。
「しまった……! 待て!」
私が反射的に追い掛けようとすると、アキが左手を少女に向かって翳す。
「アッキー?」
アキの左手の薬指に嵌められたアレックスの指輪が輝き出し、指輪から発せられた藍色の光が少女を包むと、彼女の身体がピタリと止まった。
「時間が……止まった? アッキー……これは一体……」
「多分これが……リノから貰ったアレックスの指輪の効果みたい」
「時間の……停止魔法?」
「そう」
そうか。
私の“怒り”のアレックスの指輪は、時間を遡れるように。
アキの“哀しみ”のアレックスの指輪は、時間を操る事が出来るんだ。
「とりあえず……あの娘と話をしよう」
アキと時間を止めた少女のもとへ行くと、私は少女のフードを払い除ける。
彼女の薄い赤色の髪が舞い上がり、その真っ白な頬が露となった。
ハデスの屋敷を教えてくれた男と同じように、耳輪の部分がやや尖っていて毛髪と同色の毛が生えている。
一応逃げられないように少女の手と足を縄で縛っておく。
アキがパチンッと指を鳴らせば、少女の時間が再び動き出した。
「あれ? あたし何して……」
「君は何者だ?」
少女は私の顔──厳密には耳と尻尾を見て驚く。
「……人狼……?」
「名前は?」
彼女の名前を聞くが答えない。
それどころか顔を伏せてしまう始末だ。
私はため息をつくと、彼女の前にしゃがみこんだ。
「私はレッドウルフだ。君は?」
「……カナエ」
前世の自分の名前と酷似していて、思わずドキッとしてしまった。
カナエ……か。
懐から制御魔法の布に包まれた緑色のアレックスの指輪をとりだし、カナエに見せる。
「小屋の中に落ちていた。カナエ、これが何か分かるか?」
「あ、……アレックスの指輪……」
「やはり知っていたか。小屋の魔法陣を書いたのもカナエだな?」
「……」
カナエは黙まると、躊躇するようにゆっくりと頷いた。
「この指輪を手に入れた経緯を教えてくれないか?」
「……祖父の……質屋に流れてきて……ごめんなさい。それ以上は言いたくありません」
「……何故だ?」
私の問いにカナエは目を逸らす。
「あたしは……犯罪者だから」
「どういう……事だ?」
「……」
私の眼差しに、カナエは意を決したように話し出した。
「……転移魔法で人を召喚しました。転移魔法は国際的に違法……ですよね?」
「その通りだが……召喚とはつまり……この小屋に居た男を……君が召喚した?」
「……そうです」
それが本物だとするなら、彼女の魔法の才能は計り知れないかもしれない。
転移魔法はどんな魔法学者でも簡単に作れる代物ではない。
前世で言う所の難解な数学式のようなものだ。
有識者達が首を捻っても解けない問題──転移魔法を、カナエは一人で、それも恐らく独学で読み解いて作り上げた。
この人材を放り出すのは、この国ひいてはこの世界の損失に繋がるだろう。
「あたしの処遇はどうなるのでしょうか……?」
「法に照らせば……禁固刑になる可能性があるが……」
そう告げられ、カナエは唇を噛む。
「……カナエは何故、男をこの世界に転移させたんだ?」
「……」
カナエは、自分が転生者である事や転移魔法の事、男の事などこれまでの経緯を全て話した。
推しと言う聞き慣れた言葉に私とアキは何も気にならなかったが、転生も転移もしていいないハデスだけは頭から『?』を出していた。
彼がその意味を理解する事はないだろう。
転生者か……まさか私以外の転生者に会う事になるとはな。
「カナエは推しをこちらの世界へ召喚した。だが召喚しただけで殺害に至る行為はしていない」
その証拠に男への暴力は一切振るわれていなかった。
男が痩せ細り衰弱していた理由は、人見知りが故に他者に頼る事ままならなかったからに過ぎない。
それはそれで間抜けな話だが……。




