第十三話 禁術の代償
──狼の国へ向けた旅立ちの日。
私とアキはリノに連れられて、港町へ着ていた。
「これが俺の所有する船」
港町の桟橋に停泊していたのは大型の帆船だった。
船の前には白い小鳥が留まっていて、アキが不意にその小鳥に手を伸ばす。
すると、その小鳥はアキの手の甲に留まる。
その光景を見て、私はケイドの事を思い出していた。
他種族には絶対懐かない筈の希少種の小鳥が、ケイドには懐いていた。
アキの姿が、またケイドと重なる。
小鳥は「ピルル」と愛らしい声で短く鳴き、白いの翼を羽ばたかせて飛び立っていった。
小鳥の姿を目で追って、空を見上げていると。
傍らに居たリノの身体がぐらりと揺れ、突然倒れ込む。
私は腕を伸ばし、その身体を咄嗟に受け止めた。
「リノ……!? 大丈夫か……!? リノッ……!!」
私が呼びかけても、リノは反応を返さない。
浅く速い呼吸を繰り返し、驚いたように目を見開いているその様子に、私はただ事ではないと悟った。
「医者を呼べ!! 今直ぐにだ!!!」
私は周りに居た従者達へ叫んで支持を飛ばす。
「ハァ……ハァ……っ! カハッ……!!」
咳き込んで口元を押さえたリノの指の隙間から、黒い血液が漏れ出た。
「──!! これはっ……」
私は急いでリノの眼球を確認する。
すると、リノの眼球の白い部分に、水にインクを零した時のような、闇が拡がった。
「闇血症……!? おい!! 魔法医学に詳しい医者を呼ぶんだ! 急がなければ手遅れになる!! あと近くに病院はないか!?」
「診療所ならあちらに……!」
私はリノの身体を抱え上げると、手を上げてくれた船頭に従って近くの診療所へ運ぶ。
こうして新たな旅立ちは、一時中断する事となった。
診療所で医師に処置してもらいながら魔法医学の医者を待ち、駆け付けた医者の診察を受ける。
リノの闇血症の病状は酷いものだった。
闇血症は、まず、かかる事のない病気だ。
伝染病ではないし、遺伝でかかる病でもない。
その名の通り黒く濁った血が身体を蝕んでいく難病で、黒い血液が全身を巡ると臓器に異常をきたし、治療は困難となる。
下手をすれば命を落とす病だ。
吸血鬼の国でも特効薬が発見されてはおらず、未だ完治したと言う報告もない。
リノを看たから医師からは「まずい……」と言う言葉が漏れた。
「黒い血液が身体中に回り初めている……王都にある病院へ連れて行きましょう」
医師は慌てたように身支度を整え、従者達はリノを寝かせた担架を持ち上げ、王都の病院へ向かう。
「俺達も行こう……! レッドウルフ……!」
「ああ……行こう」
アキに頷くと、私達もリノを乗せた担架が運ばれた馬車へと乗り込んだ。
病院へ到着するとリノは、前世で言う集中治療室のような病室に運ばれる。
私達はその病院の前にある長いソファに腰をかけて、治療が無事に終わる事をただただ祈った。
治療の結果、リノは一命を取り留めた。
しかし、思っていたよりも病の進行が進んでいて、一緒に旅をするのは難しいとの事だった。
治療が終わり、リノの容態も落ち着いた頃。
私達だけ特別に面会を許され、私はアキと一緒にリノの病室へ入った。
弱った身体には魔が取り憑きやすい。
その為、病室のベッドは魔除けの薄いベールのような透けた布に囲まれている。
その上で点滴を打たれた状態でリノが横になっていた。
私達の存在に気が付くと、リノはこちらへ顔を向ける。
御世辞にも、その顔色は良いとは言えなかった。
「……リノ……君、古代の魔法……禁術を使ったな?」
「……」
私の問いかけに、リノは何も答えなかった。
代わりに問うて来たのはアキの方。
「レッドウルフ……それ、どう言う意味……?」
「……古代の魔術には……美声を手に入れ、魔力を増大させる……禁術がある」
その禁術に手を出した者は、今までの何倍もの増幅した魔力を手に入れる事が出来る。
それこそ、“神”に匹敵する魔力を手にする事が出来るだろう。




