第十二話 狼の国への航海
「今こうして私を抱こうとしているのは……どうして?」
「どうしてばっかやな」
「だって……矛盾してるもの」
「……分からへん。分からへんけど……なんか、気になる。お前の事……」
唇が重ねられる。
そうして私は、ハンクに初めてを捧げた。
ケイドとは肉体関係はあったけど、抱かれるのは初めてだった。
「これがガッティ・シュキル・マリシアス公爵の肖像画」
情交の後ベッドで休んでいると、ハンクがガッティの肖像画を持ってくる。
肖像画には紫色の瞳の、冷たそうなイケメンが描かれていた。
ハンク曰く、ガットとケイドは今『狼の国』に居るらしい。
狼の国は人狼の村でも“人狼の故郷”と呼ばれて尊ばれている。
人狼の村よりも狼の血が濃く、その分吸血鬼の国とも折り合いがあまり宜しくなく、この二国は海を隔てる事で成立してた。
「狼の国は、海の向こうにある」
吸血鬼の国にある海の遥か向こうにある狼の国。
確かに、リノもケイドは船を使って港町から逃げたと言っていた。
「ガッティの情報ありがとう。助かったわ」
服を着ようとベッドから降りると、ハンクが私の腰を掴んで引き寄せる。
「ちょっ……何?」
「二回戦するから、着替えんでええ」
「……冗談でしょ」
再びベッドへと沈められた。
肌を合わせながら指を絡めると、左手の人差し指に嵌めた、アレックスの指輪がハンクの太い指に当たる。
初めてハンクと言葉を交わした時、ハンクはこの指輪の事を問いただして来た。
「どうして、この指輪の事が気になったの……?」
「……ケイドが帰って来た時、お前のその指輪が強く光って……禍々しい魔力を感じた」
ハンクは指先でアレックスの指輪を触る。
「だから……この指輪の正体を暴きたかってん」
ハンクの反応を窺う限り、アレックスの指輪に関しては何も知らないようだ。
教えてあげても良いけど、今は他に集中する事があるから、後にしよう。
そう思っていたら、ハンクにアレックスの指輪の事を話すのをすっかり忘れてしまった。
夜が明けてもハンクは私を放さなくて。
結局、昼近くになってようやくリノの屋敷へ戻る事となる。
アキになんて言い訳しよう……。
そんな事を考えながら、恐る恐るアキの部屋のドアを開けた。
「アッキー……? 起きてる……?」
「レッドウルフ……?」
椅子に座って私のプレゼントしたギターを弾いていたアキは、ギターを優しくケースにしまい立ち上がった。
「おかえり」
その柔らかい笑みに、少しだけ安堵する。
怒っている訳ではなさそうだ。
「遅かったね」
「ごめんなさい。心配した?」
アキは私を、その華奢な腕で抱きしめた。
「心配したよ。当たり前でしょ」
「……ほんと。ごめんね」
「無事そうで良かった」
無事……か。
厳密には、無事と言えるか分からないけど。
これからは、アキを心配させないように気を付けようと思った。
結局ハンクとの事は話せなかったけど……。
──狼の国。
その国へ行くには船を使わないといけない。
リノにその話をしたところ、船を貸してくれる事になった。
「遠慮せんと好きなん使い」
「助かる」
狼の国へは吸血鬼の国と往来する交易船も出てるらしい。
それを利用すれば簡単に行けるだろうが、渡航時間が決められており就航の日を待つまで時間がかかる。
個人が所有する船を借りた方が早く狼の国へ行けるだろう。
「本当にリノには何から何まで助けてもらって……何か礼をしたいと思っているんだが、私に何かできる事はないか?」
「……なら、俺も一緒に連れてって」
「旅に同行したいって事?」
「おん」
「良いけど……どうして?」
リノは思いつめた顔をした。
「ケイドさんを……俺も探したい。それに、ガットは俺の知り合いでもあんねん」
ああ、そうか。
リノもガットもこの吸血鬼の国の貴族で、伯爵だ。
見知っていても不思議はない。
「友達だったの?」
「んー……友達と言うか、ケイドさんのファン仲間?」
「なにそれ」
「ガットが攫ってへんかったら、俺がケイドさんを攫ってたかも」
「……」
冗談めかして言っていたけれど、その言葉はリノの本音だったのかも知れない。




