第十一話 燃える嫉妬、冷たい肖像
吸血衝動の治療法を見つけたケイドの話は、リノに聞いた通りだ。
問題はその後。
何故ケイドはこの国に居ないのか、だ。
塔を降りようとするケイドの事を止めたのが、貴族派の連中。
ケイドを政治的に利用して、ケイドを崇拝する民を思うように動かし、国を支配しようと目論んでいたらしい。
「“トリカゴヒメ”と揶揄され、塔に閉じ込められとったケイドに手を差し伸べたのが、お世話係をしとった『ガッティ・シュキル・マリシアス』」
「ガッティ……シュキル……マリシアス」
「この国の公爵で貴族派やったけど、ケイドには惚れ込んどった。ケイドの脱獄を手助けしたんも彼や」
貴族派の者がケイドを助けた?
どうして?
「……で、そのガットってのは?」
「ケイドと一緒にこの国を出た。」
ケイドの現在の居場所は、ガットが把握してる可能性が高い。
と言う事は──。
「──ガットを探すしかない……!」
私は思い立つと踵を返した。
閉じられた扉のドアノブを掴むと、ハンクが後ろからその扉に張り手するように手を突く。
所謂、壁ドンならぬドアドンだ。
「……情報量も払わんと帰るつもりか?」
扉を開けようとすると、ハンクが内鍵をカチャンッと閉める。
「まだ話は全部終わってへんで」
ハンクは私を背中から抱き締め、私の頬を撫でてきた。
煙草の香りが鼻を擽る。
「ホンマ……不思議やわ。ケイド掠め取ったムカツク人狼なのに……女としては魅力的過ぎる」
顎を掴まれ、顔をまじまじと覗き込まれた。
「なぁ……どう言う理由でケイドと付き合っとったん?」
「……貴方には関係ないけど……そうにね。強いて言うなら……お互い好きになったのよ。私は貴方よりケイドに優しかったから」
「……」
顎を掴む手が首筋を滑り、第一ボタンが外されたシャツの中へと入り込む。
吐息が掛かるくらいに顔を近付けられ、私は眉を顰めた。
「そんな事聞く為に呼び止めたの?」
鼻で笑うとハンクは口端を吊り上げて不適な笑みを浮かべる。
「ホンマ嫌いやわ……けど……いっぺん抱いてみたいと思っててん。その身体……」
「……」
ハンクは私の肩を掴むと私をくるりと回転させ、正面から抱き締めた。
「情報料がわりに抱かせてくれるんなら……もっと詳しいガッティの情報を教えたってもええけど……どうする?」
「──!」
恐らく、今現在ケイドと共に居るのはガットだ。
だとするなら、ガットの情報も必要になってくる。
そう考えたら断る理由はなかった。
「やるなら、ちゃんとベッドの上が良いわ……」
ハンクは嬉しそうに笑うと、私の身体を持ち上げた。
産まれて初めてのお姫様抱っこに羞恥心が込み上げる。
「おっ、下ろして! 下ろしなさい!!」
「暴れんな。ベッドがええ言うたんはそっちやろ」
「……て言うかアンタ、もく私の事持ち上げられるわね……?」
人狼は多種族に比べると体格が良い。
その為、牝でも体重もそれなりにあるのだ。
それを軽々と持ち上げるとは……。
「……重くないの?」
「全然」
「……」
不意な女扱いにときめいてしまう。
ケイドやアッキーをお姫様扱いするのは、我慢してやっているのではなく、自分がそうしたいからだ。
けれど、こうして女として扱われるのが決して嫌な訳ではないと、改めて実感させられる。
そのまま寝室に連れていかれ、ベッドへと下ろされた。
「ハンク……貴方って昔から私に執着してるわよね……どうして?」
ハンクの頬に手を滑らせると、その顔が苦虫を噛み潰したように歪む。
「……気に入らんねん、お前の事。ケイドを掠め取った事といい……見かけによらずええ女な事といい……」
「ああ、そう言えば……ずっと私の事を疎んでいたようだけれど?」
ケイドと一緒に居た頃、ハンクの突き刺さるような冷たい視線を覚えている。
「……ケイドが好きやった……けど、戻って来たケイドは、お前の事を好きになっとった。それが……許せへんかった……」
「嫉妬?」
「──っ! まぁ……そんなとこや……」
私に覆いかぶさるハンクは、照れたように頬を赤らめた。
そんな可愛い表情もするのね。




