第九話 追われる影、残された言葉
「いらっしゃいませ」
店内はひっそりとしていて、店員の男の他には客は居ない。
ガラスケースが幾つか並べられ、そこにはキラキラとした装飾品が売られていた。
どうやら装飾品のお店らしい。
魔宝石の宝飾品もあれば、普通の宝石を使ったアクセサリーも取り扱っているようだ。
ケイドの情報を聞き出す為にも、何か買った方が良いだろうか?
取り敢えず見てみるか。
そう思い、店内を見ながら歩いていると、あるネックレスに目が行く。
銀細工で出来たサークルペンダント。
リング状のペンダントトップでは、十二個の小さな魔宝石が輝いていた。
これ、アキに似合いそう。
私はそれを手に取ると、店員がいるカウンターへ向かった。
「お! お客さんお目が高いですねぇ! このペンダントの魔宝石はユニコーンの角を使ってるんです! ちかもクリスタルじゃなくてダイアモンドですよ!」
ダイアモンドのユニコーンの角……か。
そう言えば、精霊の森で仲良くなった黒いユニコーンも、ダイアモンドの角を持っていた。
もしかしたらこのペンダントの魔宝石は、あのユニコーンの血族から取れた角から出来ているのかも知れない。
そんな事を考えつつ支払いを済ませ、ネックレスを包装する店員に尋ねる。
「ちょっと尋ねたいんだが……ケイドと言う男を知らないか?」
「……ケイド? ああ、あの方なら二階にいらっしゃいます。二階に上って左側の奥の部屋ですよ」
ネックレスを受け取ると、店員に言われた通りに階段を登った。
ギシギシと軋を音をたて、歩く度に古い木の匂いがする。
左奥の部屋の前へと立ち、荒がる鼓動と呼吸を整えて、ドアを叩いた。
しかし、返事は無い。
試しにドアノブを掴み捻ってみると、鍵はかかっていなかった。
「……ケイド?」
部屋の中はカーテンがかかったままで暗い。
家具はあまり置かれていなくて、カーテンの隙間から漏れる日差しだけが唯一の光源となっていた。
誰も……居ない……。
部屋の中を見て回ると、ベッドの枕元に置かれた紙が目に入った。
その紙にはこう記されている。
『ここを出ます。お世話になりました。これは最終月の家賃です』
多分それは、この借家の管理人に当てた手紙だろう。
手紙と共に金子の入った麻袋も置いてあった。
羊皮紙に書かれたケイドの文字を見て、置いていかれたあの日を思い出して。
切なくなる。
あの日も、ケイドからの置き手紙があった。
大事な思い出だけど、思い出したくはなかったのだが。
私は一階に降り、ケイドが居なかった事を伝え、置き手紙と金子の入った袋を手渡して店を出た。
店の前に繋げた黒馬に再び跨がり、リノの屋敷へ戻る。
屋敷の目の前まで行くと、リノが私の帰りを待っていた。
「レッドウルフ!」
「リノ? どうした?」
「ケイドさんには……会えた?」
「……いや。居なかった……」
「そっか……実は、ケイドさんが少し前にこの国を出たって情報がついさっき入って……」
やはり。
ケイドはこの吸血鬼の国を出ていたのか。
落胆する気持ちを胸に黒馬から降り、屋敷へ戻った。
アキの部屋にリノと共に行くと、ケイドの情報をリノが話してくれる。
リノの得た情報によると、研究を完成させたケイドは、塔から抜け出した。
王族と貴族達が、ケイドを永遠に塔に閉じ込めて、研究を続けさせようとしたからだ。
王族と貴族達に捕まらずに逃げる事ができたケイドは、港町から船に乗って吸血鬼の国を出たのだと言う。
そして今も追っ手がかかっていると──。
ケイドは私と違って何も悪い事をしていない。
なのに何故、ケイドが追い詰められなければならない?
怒りが沸いた。
リノの情報には続きがあって。
ケイドが塔を抜け出す手助けをした者が居るらしい。
その事に関して詳しく知る人物が、この吸血鬼の国にいるらしい。
「レッドウルフ、『ハンク』って名前に心当たりある?」
「──! 知ってる……」
──『ハンク』。
ケイドの恋人だった男だ。
ケイドと共に姿を消した筈だか……。




