第八話 黒馬に乗って
──夢を見た。
私の記憶にある一番古い記憶。
まだ九つの時。
父に連れられて行った港町で。
父と過ごした最後の記憶。
「ほら、こっちだよ」
手を引く父は優しく笑っていて、私はその手をぎゅっと握り締めた。
「楽しい?」
「うん」
「また来よう、いつか」
「うん!」
父は優しく微笑んだ。
けれど、その約束は。
叶えられることは無かった。
その夜。
父は。
家のベランダから身を投げたのだから。
木と蔦とシーツで出来た羽を背にして──。
それから私は、父の婚約者である女性──母に預けられた。
目が覚めると、流れ落ちた涙で枕が濡れていた。
「おはよう、レッドウルフ。よく眠れた?」
「おはようアッキー。んー……まぁ寝れたかなぁー……」
「何かあったの? 昨日落ち込んでたみたいだけど」
私はアキにバレないように頬の涙を拭いながら起き上がってベッドの縁に座ると、アキの頬を撫でる。
その頬は柔らかくて、スベスベしてて、温かくて。
安心感を覚えた。
「……ちょっとね。でも、アキが心配する事じゃないわ」
父との事は誰にも話したくない。
アキにさえも。
父を喪って、ケイドを見失ってから独りだった私にとって、アキは大事な人だ。
心配かけたくないし、巻き込みたくもない。
「そう言えばリノは?」
「仕事だよ」
「あの人仕事してたんだ」
「そりゃぁ、まぁ」
苦笑いをするアキ。
私も笑みを返しているとドアからノック音が響いた。
「私が出る」
ドアを開くと、そこには執事とアキの主治医が立っていた。
アキの様態を診に来てくれたらしい。
アキの吸血衝動は大分良くなったようだ。
もう血を欲する事は無いだろうが、念のため薬を処方してくらている。
本当にリノには感謝してもしきれない。
いつかこの恩は必ず返します!
そう思いながら診察を終え部屋から出て行った主治医を見送ると、執事が封筒を差し出してきた。
「これは……?」
「旦那様からの遣いです」
「リノから? 私に?」
封を切ると、一通の封筒と地図が出てきた。
封筒には手書きでこう書かれている。
──『ケイドさんの居る場所』。
「!」
私は封筒を開けて中に入っている便箋に目を通した。
リノはケイドは城内にある塔の上で研究をしていると言っていたが、リノが更に調べたところケイドは塔から逃げ出して、今は塔に居ないらしい。
私は再びベッドへ腰掛けながら、アキと共に地図を見る。
それはどうやら吸血鬼の国の地図のようだ。
地図には赤い点が打たれていて、地名は書いていないものの位置的には吸血鬼の国が海に面した場所。
港町だろうか?
「……港町のどこかにケイドが居るって事?」
「行ってみたら分かるんじゃない?」
「そうね、明日行ってみるわ。アキはどうする?」
「一緒に行きたいところなんだけど……お医者さんに暫く安静って言われてて……」
「分かった。大丈夫よ、一人で行ってくるから」
アキと手を繋ぎながら優しくそう言うと、アキの唇にキスをする。
この人が私の帰る場所なのだと感じると同時に。
父がもし生きていたら。
アキのような人と巡り合えていたんだろうか?
今となってはもう分からない事だ。
私がアキの髪を撫でて頬を包むと、私達はお互いに微笑んだ。
翌朝。
リノの屋敷から借りた黒馬に跨り、港町を目指す。
黒いユニコーンの背に乗せてもらって、乗馬を練習しておいて良かった。
リノには『白馬の王子様やなくて、黒馬の王子様やな』と笑いながら揶揄されたが。
吸血鬼の国の港町は、広大な海に面した綺麗な街だった。
人狼の村には川はあるが港町は無い。
人間の国にも海はあって港町も存在していたが、そこほど綺麗ではなかった。
リノが寄越した地図と照らし合わせて場所を確かめると、そこは港町の中でもかなり古そうな木製の建物で。
一階が店舗になっていて、二階は借家のようだった。
建物の前に馬を繋いで降りると、お店のドアを開ける。




