第七話 神話と四つの指輪
「君の持っている……もとはキデの持っていたそのアレックスの指輪は……神殿バベルに登る為の神具」
「神殿バベルに……? でも私がバベルに行った時は登る事が出来なかったぞ……!?」
「神殿バベルに登るには君の持つ“怒り”のアレックスの指輪以外に、三つのアレックスの指輪が必要なんだ」
「三つのアレックスの指輪? それはどんな……」
「それについては僕の口からは言えない」
「……言えない?」
「僕に言えるのは……それだけだ」
そう言ってトシキは踵を返し、寺院から出て行った。
私は立ち上がり、トシキを追う。
寺院から出ると、もう彼の姿はなかった。
アレックスの指輪は……後三つ。
これは調べてみる必要がありそうだ。
今の私にはそれしかなかった。
ケイドが消息を絶ち、父を甦らせる事が出来なかったのだから。
失意の気持ちを紛らわせる為にも、アレックスの指輪に関して色々調べ始める事にした。
吸血鬼の国の国立図書で調べてみたところ、アレックスの指輪はこの国で作られた物らしい。
アレックスの指輪を語るには、この世界を作った神の話──つまりは神話から紐解く必要がありそうだ。
──古の昔。
吸血鬼の国も人間の国も人狼の村も出来る前、何も無かったこの土地には“神”が住んでいた。
その“神”は美しい歌声の持ち主だった。
“神”が歌うと、大地に草木が芽吹いた。
さらに“神”が歌うと、次は大地に動物などの生命が生まれた。
世界が徐々に構成されていった時に、“神”の傍らには三人の“人間”が居た。
男の身体を持った『アベル』。
女の身体を持った『イヴィア』。
男の身体と女の身体を持った『ウルガ』。
『アベル』には世界の温度を司る力が。
『イヴィア』には世界の時空を司る力が。
『ウルガ』には世界の生死を司る力が。
それぞれ与えられた。
三人は“神”の側近として神官となり、“神”と共に世界を創った。
世界が完成に近付いてきたある時、とある悪戯好きな蛇がアベルとイヴィアとウルガに囁いた。
森になっている金の木の実は、秘密の味かするのだと。
アベルとイヴィアとウルガは秘密の味とはどんな味がするんだろう、と金の木の実に興味を持った。
“神”の目を盗み、迷いの森に入ったアベルとイヴィアとウルガは、その金の木の実を食べてしまった。
途端、アベルとイヴィアとウルガの身体に変化が起こる。
アベルとイヴィアとウルガは性欲を覚えてしまったのだ。
その性欲が収まる事は無く、遂に三人はまぐわってしまった。
それを汚れだとした“神”は、アベルとイヴィアとウルガを自分達の住まう聖域から追い出した。
独りになってしまった“神”は、哀しみにくれた。
その哀しみを忘れ去る為に、“神”は自身の感情を『喜び』『怒り』『哀しみ』『楽しみ』の四つに分けた。
その“神”の名が『アレックス』。
そして、四つに分けられた“神”の感情は指輪となり下界へと降りて『アレックスの指輪』と呼ばれるようになった──。
それが聖書のアレックスの指輪について記載された一説だった。
聖書には、アレックスの指輪を四つ揃えなければ神殿バベルに登る事は許されない、とも記載されている。
成程。
……それにしても、挿し絵の画風もあるかも知れないが、『ウルガ』と言う“人間”は身体的な特徴を含めて私に似ている気がする。
本を返すと図書館を後にして、リノの屋敷に戻る。
日はすっかり暮れ、外は真っ暗になっていた。
自分に貸し与えられた客室ではなくアキの部屋へ戻ると、ベッドの中へ潜り込む。
もちろんそこにはアキが眠っていて、もぞもぞと布団を掻き分ける私に気が付いた。
「……ん……レッドウルフ?」
「ただいま、アッキー」
「おかえり……遅かったね?」
「……うん……」
「どうしたの?」
「ちょっと……落ち込む事があって……休ませてもらっていい……?」
「いいよ」
「ついでにキスさせて」
「ついでってなに」
言いながらも微笑むアキにキスをして抱き付くと、私は目蓋を閉じる。
疲労した身体が癒されて、私は深い眠りに落ちていった。




