第三話 墓標の向こう側
父の墓の事は気になるが、今はアキの方が大事だ。
ケイドに会う事も父の墓参りも後回しにしよう。
「……今更だか、リノ……君の爵位は?」
「え? 公爵やけど」
マジか。
彼のフルネームはリノ・アシード・ブラチェ。
まるで知らなかったが、吸血鬼の国の公爵様らしい。
アキが目を覚ましたのは夜になってからの事だった。
彼は目蓋を開くと、私を見て苦笑する。
「ごめん……迷惑掛けて……」
「気にしないで。てっきり妊娠したかと思ってちょっと焦ったけど」
私の冗談に、アキは声を出して笑った。
どうやら、冗談に笑える元気はあるらしい。
良かった。
ほっと胸を撫で下ろしていると、アキがゆっくりと起き上がろうとする。
「まだ寝てた方が良いよ」
「でも……」
「無理してまた倒れたらどうするの?」
「……そうだね」
渋々ベッドに戻ると、私はアキの傍にある椅子に座った。
「リノの屋敷に泊めてもらえる事になったから。何か必要な物とかはある?」
「大丈夫」
「そう」
「ねえ、レッドウルフ」
「ん?」
「一緒に……寝て」
思わぬアキの言葉に私のさほど大きくない胸が高鳴る。
だか、断る理由は全く無い。
「良いよ」
その夜は、久しぶりにアキと共に一つのベッドで眠りについたのだった。
翌日。
アキは安静第一と言う事で、私は一人で街を散策する事になる。
真っ先に向かったのは、父の墓だった。
寺院にある石造りの重厚な扉を開けて中へと入る。
そこには大きな墓標が一つあった。
見るからに立派な墓だ。
墓標には父の名前と生没年が刻まれてある。
確かに父はここに眠っている。
そう私は確信した。
何故なら、ここからは父の魔力の残り香を感じる。
母から聞かされていた墓からは、何も感じなかったのに。
私は父の墓を目の前にしてある事を考えていた。
ケイドを甦らせたように、父の事も甦らせる事は出来ないだろうか、と。
もし、誰かに殺されていたんだとしたら……いや、病死だったとしても、ケイドの時のように過去に戻ればなんとか出来るかも知れない。
極々淡い期待だが、私には抱かざるおえなかった。
しかし、過去に戻る力はケイドの時以来使っていない。
上手くいくだろうか?
今日のところ一旦引き上げよう。
そう思い、私は踵を返した。
私がやって来たのは吸血鬼の国の端の方にある地区の、少し寂れた村だった。
そこは人間の国との国境に接しており、人間と吸血鬼の混血が多く住んでいるらしい。
城下町に居た吸血鬼達は美麗だったが、ここに居る吸血鬼達は城下町の吸血鬼達とはまた系統の違う美しさを持っている。
城下町の吸血鬼がV系なら、この村の吸血鬼はアイドル顔と言ったところか。
父を蘇らせる前に、勘を取り戻す為にも指輪を使ってこうと思った。
村の中を歩き回り適当な墓地を見つける。
木の木陰に入り幹に背を預けて、そこで墓参りに来る村人を待つ事にした。
ここにはきっと、死者を蘇らせて欲しいと願う者が現れるだろうから。
昼下がり。
その少年はやって来た。
健康的だが白い肌に少し長い黒髪のその少年は、墓石の前に佇ずむ。
その様子から察するに、恐らく彼が私に依頼してくれる人だろう。
私が木陰から出ると、少年はゆっくりとこちらを振り向いた。
「……誰?」
悲しそうな瞳で、それでも警戒した目で私を見る少年は、私の事を値踏みしている。
彼もまた、関西訛りだった。
「こんにちは」
「……」
「警戒しないでくれ。私はレッドウルフと言う。旅をしていて、訳があってここに居るんだ」
少年の隣に並び立つと、私は墓標に向かって跪いて手を組み、目を瞑って祈りを捧げる。
目をそっと開くと、少年に訊ねた。
「君、名前は?」
「……ゴウ」
「そうか、ゴウ」
墓標に刻まれたその名前に目を走らせる。
『コイチ・キンティズ』
「ゴウ。この墓に眠っている……コイチって言うのは誰なんだ?」
ゴウは、辛そうな顔で墓標を見詰めた。
「……恋人」
「そうか。無粋な質問で悪いんだが……病死か? それとも……」
「殺された」
ああ。
来た。
狙い通りだ。
コイチを蘇らせる前に、私はゴウからコイチの話を聞く事にした。




