第十三話 人狼の歌、恋の呪文
「こんな美しい場所にこんな美人が居ると、何か特別な事が起こるんちゃうかなって期待してまう」
青年は微笑みながら近くに腰を下ろす。
今……私の事を美人って言わなかったか?
聞き間違い?
「冗談が上手いんだな? それともナンパしてるのか?」
私が少し警戒した様子でそう言うと、青年は穏やかな目を細めて笑い、湖を見つめた。
「ふふっ……どっちでしょう」
彼の声は耳に心地良く響き、その瞬間だけ時間が止まったかのように感じる。
風が吹き抜け、彼の細い髪を優しく揺らした。
「……貴方、名前は?」
「リノ。そんな美しい君の名前はなんちゅうの?」
「レッドウルフ。本名じゃないが、そう呼ばれている」
「なら、レッドウルフ。君はここで何してんの?」
リノの視線が私に向けられるのと同時に、彼の瞳の深さに見惚れる。
「休憩を……していたんだ……少し、困っている事があって……」
私の答えにリノは軽く首を捻った。
「困っとる事って?」
「あ……あぁ」
私はリノに、アキが人間の国の王子に魅了の魔法にかけてしまった事を話す。
「その王子って……デイーゴ?」
「知ってるのか?」
「うん、まぁ……で、レッドウルフはそのアッキーって子を助けたいの?」
「当たり前だろ」
即答すると、リノはクスッと笑った。
「アッキーの事好きやねんね? レッドウルフは」
「そうだ」
「なら力貸したるよ。デイーゴの魅了の魔法はそんな強ないから、割と簡単に解けるし」
「……本当か!?」
デイーゴの名前を知っていたし、親し気に呼んでいる辺り、リノはデイーゴと面識があるのかも知れない。
ただ今はそれ所じゃなかった。
魅了の魔法を解く事が出来るだって……!?
それが本当なら朗報も朗報だ。
「頼む……! 方法を教えてくれ……! 礼なら何でもする!」
リノは私の勢いに目を丸くして一瞬驚いたが、また微笑んだ。
「ええよ、礼なんて。絶対に成功する保証もないし」
「それでも構わない。教えてくれるだけで充分助かるんだ」
「そんなら……レッドウルフは鏡とか持っとる?」
「鏡?」
「鏡で反射した光を対象者……今回の場合はアッキーの瞳に当てて、魔力を注ぐと魅了の魔法は解ける」
「鏡……それは魔鏡でも良いのか?」
「魔鏡?」
私は肌身離さず持っている、ケイドが映った魔境を取り出す。
その魔鏡を見せると、リノの表情が変わった。
「これ……ケイドさんちゃう……?」
「何故彼の事を?」
「昔会った事があって……その時、恋をしたんです。ケイドさんに」
「……ふーん」
やはりケイドは魅了の力を持っているのだろうか。
彼の魅了は、そう簡単に解く事は出来ないのだろうな、きっと。
「魔力を注ぐと言ったが、どう注げばいい? 普通にアッキーに向かって魔力を放てばいいのか?」
「うーん……、手っ取り早いのは歌やね」
「う……歌だと……」
「おん。音色は魔力になるやろ? レッドウルフの想いを歌に乗せてアッキーに聴かせる。そうすると、魅了の魔法は解けんねん」
「……」
沈黙して思いつめる私に、リノは心配そうな顔をする。
「どないしたん?」
「……恥ずかしい話なのだが……私は……歌が苦手なんだ」
そう告げると、リノは噴き出して大笑いした。
「ぷっ! ははっ……レッドウルフのイメージからあんま想像つかへんわ……!」
しばらくリノに笑われ続ける。
そもそも人狼は歌が歌えないんだ。
魔力だって、父の指輪があるから使えているだけだし。
「大丈夫やで。アッキーへの想いがあれば」
「そんなものなのか……」
「そうそう。でも、一応聞かせてもろてもええ?」
「……何を」
「レッドウルフの歌。全く歌った事ない訳ちゃうんやろ?」
その言葉を聞いて、私は耳を疑う。
「は?」
「ほら、歌うてみて。お礼に何でもしてくれるんやろ?」
「う……」
リノは目を細めて私を見た。
その瞳の奥に少しの期待を感じ取り、私は溜息を吐きつつも頷くしかない。
私は立ち上がってコホンッと咳払いをすると、湖に身体を向けた。




