第十二話 黒き一角獣と失われた絆
元々外部の住人だから、国を追い出されるのは問題ないが。
アキが居ないのは困る。
アキが居なければ吸血鬼の国に入れないかも知れない。
いや、そんな事さして問題じゃない。
アキが……アキが居なければ……私……私は。
失ってやっと、アキに支えられていた事を知った。
遅すぎるつーの、馬鹿なの、私。
「……こんな所で突っ立ってても仕方ない」
ここは一旦引いて、作戦を練ろう。
確かこの国の近くにはあの森があったな。
──精霊の森。
その森にはユニコーンやペガサスなどの、神聖な生き物達が住んでいる。
森に辿り着き、結界を通り抜けて森の中を暫く歩いていくと一頭のユニコーンに会った。
「やあ。久しぶり」
黒い毛並みのユニコーン。
ケイドを探ている時に、父のピアスを渡してきたあのユニコーンだ。
私が歩み寄ると、黒いユニコーンは私にすり寄ってくる。
本来ユニコーンは他の種族を警戒するが、この黒いユニコーンは私に懐いているようだった。
そのユニコーンと再会したのは、私がケイドを探して世界中を回っている時だった。
精霊の森の外で傷付いて弱っていた黒いユニコーンを、治癒魔法で傷を癒し介抱した所、懐かれたのだ。
「また会ったね。体調は大丈夫か?」
頭を撫でてやると黒いユニコーンは自ら私の手に頭を擦り付け、元気そうな顔をする。
ユニコーンやペガサスは必ず白い毛で生まれてくる。
だけどこの黒いユニコーンはその黒い毛のせいで群れから仲間外れにされ、孤立していた。
不吉な紅い毛を持って生まれてきたせいで、同じ人狼から爪弾きにされている自分と重ねてしまって。
神聖な生き物とはあまり関わりを持ってはいけないのに、交流が深まってしまった。
頭を撫でながら、その額から生える角を見詰める。
「お前もいつか、ペガサスになるんだろうな」
この世界のユニコーンは、成長するとペガサスになる。
翼が生える過程でクリスタルの角が落ちるのだが、そのクリスタルは強力な魔宝石となる。
希少価値が高い分高価に取り扱われる為、数年前までは密漁や乱獲の被害にあっていたが。
今は森の周囲に結界を張っており、森を管理する専門のライセンスを取得している者しか森に入る事は許されていない。
ちなみに私が森に入る事が許されているのは、黒いユニコーンを助けた恩恵だ。
目の前に居る黒いユニコーンの角は、白いユニコーンと違ってダイアモンドで出来ている。
市場に出れば一生遊んで暮らせる程の値がつくだろう。
私には、この子を守る義務がある。
そんな気がしてならなかった。
けどその反面、野生のユニコーンと仲良くなりすぎるのは、そのユニコーンの為にも良くないと考えていて。
敢えて名前は付けていない。
「少し散歩に付き合ってもらえるか?」
黒いユニコーンは嬉しそうに鼻を鳴らした。
木々の隙間を縫って進んでいくと、目の前に美しい湖が現れる。
鏡のように澄んだ綺麗なその湖の畔には、野生の成獣達が集まっていた。
その中には白いペガサスも居て、前世で幼少期に流行った美少女アニメを思い起こさせる。
あのアニメ好きだったなぁ。
なんて干渉に浸りながら、私は黒いユニコーンと共に湖畔で一休みする事にした。
実のところ、私はアキに拒絶された事に傷付いていたのだ。
分かり合えていたと思っていたのに。
静かな風が水面を撫で、心地よい波紋を描いていく。
そんな光景を眺めていると、静寂を破るように茂る草花がガサッと擦れ合う音がして。
視線をそちらに向けると、そこには一人の青年が立っていた。
白く華奢な身に純白のシャツを纏い、まるで風そのもののような存在感を醸し出しているように感じる。
「こんにちは」
青年は柔らかい声で、柔らかい微笑みを浮かべる。
この美しい森にそぐう、透明感のある男だと思った。
「静かで美しい場所ですね」
その話し方は森にそぐわぬ関西訛りで。
けれど私には、久方ぶりに聞くその話し方が、愛おしく思えて仕方なかった。




