第二話 父の影を追う者
もしかしたら、父の私物を盗んだのはその宗派の敬虔な信者だったのかも知れない、と私は思った。
『未知の物に触れてはいけない』から。
この世界では流通していない、チャック式のナイロンの上着に触れる事が出来なかった。
だから、何も無いこの部屋に、唯一この服だけが残されていた。
そう考えれば合点がいく。
私はナイロンの上着を手に取った。
すると、ポケットの中に何かが入ってる事に気が付く。
閉められたポケットのチャックを開き、中にある物を取り出した。
それは、指輪だった。
限りなく黒色に近い、赤色の大きな宝石の付いた指輪。
この世界には『魔宝石』と言う宝石がある。
主には装飾品に加工され、身に着ける事で魔法を使う事が出来る代物だ。
おそらくこの指輪の石も、魔宝石なんだろう。
漂う魔力がそれを物語っていた。
吸い寄せられるように、私はその指輪を指に嵌める。
誂えたかのように私の左手の人差し指にぴったりと納まったそれは、一瞬赤く光ったように見えた。
「綺麗……」
この日以来私は、この指輪を肌身離さぬようになった。
気が付くと、外はすっかり日が暮れて夜になっている。
窓を閉めると、私は父の部屋で母からの手紙の続きを読む事にした。
そこには、父が亡くなった際に母が妊娠していた事が書かれていた。
父の死後、私を育てながら母は一人の男児を産んだそうだ。
いわば、その男児は父の忘れ形見と言って良いだろう。
しかし、産まれて直ぐその男児は行方不明になってしまったらしい。
どうりで私に弟的な存在が居た覚えはない訳だ。
それにしても、その男児は……一体どこへ行ってしまったのだろう。
人攫いにでもあったのだろうか。
母の手紙によれば、遺体が見つかっていないらしい。
母は自分の代わりに、私にその子を探して欲しいそうだ。
それが、母からの遺言だった。
私は、母を愛していた。
だから、その遺言に応えてあげたい。
そう心から思った。
子供の名前は『ケイド』と言うらしい。
私は旅支度を済ませると、家を出た。
私が住んでいるのは、父が亡くなり、母が育ててくれた家だった。
人狼の村の片隅にあって、私自身も人狼だが……産まれつき紅い毛色の私は村の人狼達から疎まれていた。
だから、家を出る事に躊躇いはなかった。
強いて言うのであれば、父の残り香があるこの家を留守にしてしまうのが少し心配なくらいだ。
紅い月が夜空に浮かぶ夜。
村の奥に佇む我が家の前で、私は静かに目を閉じる。
風が紅い毛を揺らし、夜の虫たちの声が遠くに聞こえていた。
私は、かつて私を育てくれた母と、父の顔を思い浮かべていた。
私がまだ幼く、人狼の村で虐げられていた頃。
出生不明な私を、父は拾い育ててくれた。
紅い毛の人狼である私の事を『レッドウルフ』と呼ばなかった数少ない人物。
吸血鬼と人狼のハーフだった父は、他種族の血を嫌う人狼の村でも一目置かれる程人望に厚い人で。
私は、密かに想いを寄せていた。
正直に言おう。
私は、父に──彼に恋をしていたのだ。
その、少し長いビビットピンクな髪が、今でも忘れられない。
私にとって、母の失った子供を探すと言う事は、父の面影を追いかける言う事と同意儀だった。
そして極めつけは、母の手紙に書かれた最後の言葉。
『どうかお願い。ケイドを見つけてちょうだい』
ケイド──彼の忘れ形見である息子。
彼の事は何も知らない。
居場所も年齢も、姿形すら語らなかったまま、母はこの世を去った。
お母さん。
私は貴方の血を引く者ではありません。
でも、貴方の娘である事に変わりはありません。
お母さんの願いを、私が絶対に叶えます。
絶対に──見つけ出す。
草の根掻き分けてでも。
どんな手段を使っても。
私は家の前で手を組み、心の中で強くそう誓った。




