第九話 王城に咲く棘のある花
いつの間にか居眠りしてしまっていたらしい。
目が覚めると、アキは既に起き上がっていた。
「おはよう、レッドウルフ」
「おはよう。起きて大丈夫なの? アッキー」
「うん。迷惑かけちゃってごめんね」
「良いよ。別に」
椅子から立ち上がった所で、ドアがノックされる。
「お夕食をお持ちしました」
開かれたドアから料理を載せたワゴンを押して、執事と共にデイーゴが入ってきた。
執事が手際よくテーブルに料理の乗った皿を置いていく。
テーブルに置かれたのは二人分ではなく、三人分の食事だった。
席に着きつつ疑問に思っていると、デイーゴも同じテーブルに着く。
コイツも一緒に食べるのか……。
私とアキは両手を合わせ「いただきます」と言うと、カトラリーを手にした。
その様子をデイーゴは不思議そうな顔で見てくる。
「変わった挨拶だね? 食べる前の儀式?」
私がフォークで刺した料理を口に運ぼうとしたところでそう聞かれ、代わりにアキが答えてくれる。
「これは僕達の住んでいた所での挨拶のようなものだよ。料理に感謝するんだ」
「へぇ、知らなかった」
デイーゴは納得すると、私達の真似をして手を合わせ。
「いただきます」
と言ってから食事を始めた。
アキもようやく食事に手をつけ、料理を頬張ると途端目を輝かせる。
「美味しい……!」
「それは良かった」
アキとデイーゴが顔を見合わせると、楽しそうに笑いあった。
その様子を傍から見ていた私は、眉を顰める。
この二人……いつの間にこんな仲良くなったんだ?
私が居眠りしている間に、一体何があった……。
あまりアキのやる事に干渉したくない。
しかし、二人の間に漂う空気感は、どうしてだか見過ごせなかった。
後でそれとなくアキに聞きだしてみよう。
食事を進めていると、デイーゴがある提案をしてくる。
「良かったら、暫くこの城に泊まってかない?」
デイーゴの申し出に二人揃って一瞬迷った。
確かに、宿を探す予定だったし、暫くこの国に滞在する予定だけど。
私は、何となくデイーゴとアキを近づけたくなかった。
断ろう。
そう思って口を開こうとしたところで、先にアキが答えた。
「でも……悪いよ」
「気にしなくて良いよ。二人の事は父にもちゃんと言うから」
国王陛下まで巻き込むつもりなのか。
それでは断るに断れなくなる。
「じゃあ……甘えちゃおうかな」
アキは申し訳なさそうにしながらも承諾した。
「良かった」
デイーゴは嬉しそうに声を弾ませる。
見詰め合い微笑み合っている二人を見て、モヤモヤとした気持ちが湧き起こった。
食事を終え、ベッドに腰かけると執事が私のもとへやってくる。
「レッドウルフ様。お部屋のご用意が整いましたので、ご案内致します」
「え? ……すまない。私はアッキーと同じ部屋で大丈夫だ」
「そう言う訳にもいかないでしょ」
そう言って執事の隣に立ったのは、デイーゴだった。
「種族違いとは言え、まだ未婚の男女二人を同じ部屋に泊める訳にはいかない」
「……」
間違った事は言ってない。
言ってない、が。
コイツには負けたくない。
何故かそう思った。
「ご心配なく? 私とアッキーはいつも同じベッドで寝ていたので、同じ部屋でも問題ないです」
私とデイーゴは静かに睨み合う。
漫画的表現をするのであれば、互いの目線の間ではバチバチと火花が散っている事だろう。
暫く睨み合った後、デイーゴはその整った顔でニコリと笑った。
「この城にはこの城の流儀がありますから」
「私達の邪魔したいだけじゃありません?」
負けじと言葉を続けると、デイーゴは顔を近づけて、アキや執事に聞こえないように小声で話しかけてくる。
「ケイドさんが吸血鬼の国に居るって言う……確実な目撃情報を掴んだんですが……欲しくありません?」
「──!!」
「探してるんでしょう? 素直に従えば、協力してあげますよ? ついでにアキの事を譲ってくれれば、悪いようにはしません」
「脅してるのか?」
「そんなそんな。だた貴方が情報を欲しがってるんじゃないかと思いましてね。どうします?」
「……良いだろう。でも、ここに滞在するのは一週間。あと、私か貴方なのか、選ぶのはアッキー自身だ」
「良いでしょう。それで」
こうして私達は密かに契約を交わした。




