第七話 謎の王子と失われた記憶
「やっぱ、少し高くても安全な宿が良いよね?」
「そうだね。レッドウルフが決めてくれていいよ?」
「そう? じゃあ、ちょっと調べてみるわ」
旅人向けの案内所に向かって歩みを進めた。
その時だった。
アキと、町をあるく一人の男の、肩が軽くぶつかる。
袖と袖が、一瞬触れ合って。
「あ、ごめんなさ……」
目と目が合うと。
二人は足を止めた。
先を歩いていた私も止まると、アキの方へ振り返る。
「……アッキー?」
二人は驚いた顔をして、互いに見つめ合っていた。
アキを見詰めていた男は、大分チャラいが、身に着けている物はどれも一級品だと見て取れる。
どこぞのボンボンか?
いや、どこぞのボンボンでも、あの魔宝石のアクセサリーを手に入れるには困難だ。
あんな物、王族でもなけりゃ入手出来ないだろう。
まさか……コイツ……。
そんな事を考えていると、男がボソッと呟いた。
「……ケイド……さん?」
!!?
今コイツなんて言った!?
……ケイド……って。
問いただそうと、男に近付いた。
しかし、その瞬間──アキが倒れ込んで。
「……アキッ!?」
愛称も忘れてその身体を受け止める。
私の腕に納まったアキは、気を失っていた。
「アキっ! しっかりして! アキ!!」
アキの身体を揺すっていると、男が駆け寄ってくる。
「大丈夫ですか!?」
その表情は心配で満ちていた。
なんだ、見かけによらず良い奴じゃないか。
なんて思ってる場合じゃない。
「どこか安静に出来る場所へ連れて行かないと……宿……いや、取り敢えずどっかの公園にでも……」
「なら、俺の家に来てください!」
「え」
男はアキの身体をお姫様抱っこすると、駆け出して。
私も急いでその背を追いかけた。
男が向かったのは、町の中央に聳え立つ王城だった。
まさか……やっぱり……コイツ。
アキを王城につれていった男は、国王の息子。
つまり王子は、人間の国の王子だった。
アキは王城で手厚く介抱される。
私はアキに付き添う形で病室に入った。
ベッドで眠るアキを、何故か王子と二人で眺める。
「礼を言います。ありがとう、助けて頂いて」
「いや。無事っぽくて良かったです。……そう言えば、名前言ってなかったですね。俺はデイーゴ・ブレイクズと言います」
「私は……レッドウルフ。ちなみに彼の名前はアキ。ケイドじゃないですよ」
「──! どうして……ケイドさんの事を?」
「それは私が聞きたいんですが?」
警戒する心で敵意を向けると、デイーゴは眉を下げた。
「ケイドさんは……俺の憧れなんです」
「……?」
デイーゴが言うには、ケイドは数年前この人間の国を訪れ、国王の病気を治したんだとか。
国に滞在していた間も、怪我人や病人の治療に尽力し、国中で評判になったらしい。
このデイーゴ王子もケイドのファンの一人なのだとか。
どうりで“さん”付けな訳だ。
「さっき町で彼の姿を見かけた時、驚いてしまって……あまりにケイドさんに似ていたから。まさか別人だったとは……」
「……」
王子もケイドのファンだったとはね。
ケイドには魅了の魔力でもあるんだろうか?
……そうか。
そう言う事か。
吸血鬼には、魅了の魔力があるらしい。
他者を魅了して、虜にして血を頂くと聞いた事がある。
もし、ケイドが吸血鬼だとしたら……吸血鬼の国の近くで目撃情報があった事と言い、辻褄が合う。
「それで……彼はどうして倒れてしまったんですか?」
デイーゴの問いに、私は答えられなかった。
私にも分からなかったから。
眠っているアキの頬を、そっと撫でる。
アキ……どうか、目を覚まして。
その細い手をきゅっと掴んで、私はそう祈るしかなかった。




