第四話 奏でる想いと眠れない夜
アキはギターを膝の上に乗せて構えると、弾き始めた。
心地良い弦の音が、部屋中に響く。
ギターを見詰めるアキの表情は、どこか楽しそうだった。
私まで心躍るのを感じる。
「凄い」
「そうかな」
「うん。綺麗な音」
「……ありがとう」
「この世界ではね……美しい音色は魔力になるの。その音が美しければ美しいほど、奏でる人の魔力へと変わるのよ」
その証拠に、アキの身体に魔力が満ち溢れていくのが見て取れた。
この魔力の色って……。
「アッキーってもとの世界では何を使ってたの?」
「何って?」
「ギター。種類?」
「SGっていうギター、使ってた」
「ギブソンの?」
「知ってるの?」
「うん。結構渋いの使ってたのね」
「このギターは? レッドウルフの?」
「ううん。父の物なの」
「お父さんの? お父さんもギター弾いてるんだ?」
「……ええ」
私は二階にある父の部屋の方角を、遠い目で見る。
「お父さんとは一緒に住んでるの?」
「ううん……父は……もう亡くなってるから」
アキのつま弾く手がピタッと止まり、気まずそうな瞳がこちらを向いた。
「あ……ごめん……」
「ううん、いいの。私も話してなかったし」
「……お母さんは?」
「母も、数年前に亡くなってる」
「ごめん……」
「いいって。気にしてないから」
重い空気を変えたくて、私は話題を変える。
「そう言えば、この世界にはエレキギターもあるのよ。ちかもこの世界のエレキはアンプとコード要らず!」
「えっ……! ホントに……!?」
「ほんとほんと」
電源は魔宝石を使って電気をギター本体に送り込み、音は周囲の空気を直接震わせる事で奏でる仕組みになっている。
「今度、道具やで取り寄せれるか聞いてみるわ。もしかしたらSGモデルも存在してるかも知れない」
「そんな気ぃ使わなくても……大丈夫だよ?」
「いいの。私がそうしたいだけだから」
私は。
ケイドに出来なかった分。
アキに尽くしたいと思った。
これはホント、私の我が儘なんだけどね。
「アキが良かったら、ずっとこの家に居ても構わないから」
本当は、ケイドとそうするつもりだった。
人狼は人間に冷たいけれど、好戦的と言う訳ではない。
良くも悪くも放っておいてくれる。
私の家は村の奥の方にあって、人狼はよそ者の侵入に敏感だから、自然とセキュリティが高いから。
二人っきりで暮らすのに悪くないと思っていた。
それを提案しようとした矢先、ケイドは居なくなってしまったが。
「なら何かお礼させて。このままじゃ申し訳ない……」
「……だったら、私と旅にでてくれない?」
「旅に?」
世界中を旅した時、吸血鬼の国だけは入る事が許されなかった。
ケイドの目撃情報が唯一あったのも、吸血鬼の国の近く。
先程アキに演奏してもらった時、アキから発せられる魔力は、吸血鬼の魔力によく似た色に見えた。
だからアキを連れて行けば、入国が出来るかも知れない。
淡い期待だが。
「俺で良ければ、どこへでも一緒に行くよ」
私の心の内を知らないアキは微笑む。
「ありがとう。なら早速明日から準備を始めようかな」
少し胸は痛んだけど、背に腹はかえられない。
私は本音を隠して微笑みを返した。
夜になり、寝支度をしていつもの習慣でベッドに入りかけて、アキの寝る場所が無いことに気が付く。
昨夜はアキがベッドで寝て、私は寝袋だったけど。
不意に、ケイドと一緒に居た頃の事を思い出した。
あの頃、夜はケイドと共に一つのベッドで眠っていた。
毎晩私の部屋を訪ねてきて、一緒に寝たいと強請る甘えたような瞳が、今も忘れられない。
ケイドに置いていかれてからは、ずっと独りで寝ているけれど。
「ねぇ? アッキー……良かったら、一緒にベッド使わない?」
「……え」
アキは面食らったように私を見詰める。
「でも……ベッド狭いし……それに、恋人居るんでしょ? レッドウルフ……」
「……恋人って言っても、私が勝手にそう呼んでるだけだし」
まぁ、肉体関係はあったけど。
「アッキーって真面目なのね? 嫌なら、無理強いはしないけど……私の事を思ってくれるなら、一緒に寝てくれると助かるわ」




