第二話 異世界からの来訪者
驚いて見てみると、岸に居た人狼達が私の手を掴んでいる。
「大丈夫か!?」
「今引き上げる!!」
出生が不明な上に人狼達の中でも不吉とされている紅い毛を持つ私の事を、彼らはずっとレッドウルフと揶揄してきた。
そんな人狼達が助けてくれるだなんて……。
今までの彼らなら、そんな事は絶対にしなかった。
もしかしたら、人狼達の心にも変化が訪れているのかもしれない。
そんな、希望の欠片を離さないように、私は人狼達の手をギュッと力強く掴み返した。
岸に上がると、男の息を確認する。
どうやら気は失っているものの、呼吸はちゃんとあるようだ。
あとは身体を暖めれば、いつか意識を取り戻すだろう。
しかし、彼の事を匿う者は、この人狼の村の中には居ないだろう。
その証拠に人狼達は戸惑った様子で男の事を見詰めていた。
「この者は私の家に連れていく」
男の身体を抱え上げ、人狼達を背に私は自宅へと戻っていく。
私は、ケイドに似たこの男の事を放っておく事がどうしても出来なかったのだ。
帰宅するや否や、私は男の濡れた服を脱がそうとした所で、その男の格好がこの世界にそぐわない事に気付く。
もしかしたらこの男は私の前世の世界、つまりは異世界から来たのかもしれない。
取り敢えず考えるのは後にして、服を脱がし濡れたその身体を拭き、乾いた服を着せてベッドへ運んだ。
湯浴みを済ませた私は、濡れた髪を布で拭いながら、男を寝かせているベッドへ腰をかける。
窓の外は薄明かるくなっており、昨夜の酷い雨風はすっかり止んでいた。
男は胸を小さく上下させて呼吸しており、顔色も悪くはない。
黒くて長い前髪を指でどかすと、指先が額に触れる。
ケイドに似たその顔に、私は切なくなった。
ケイド……今どこに居るの?
ちゃんと食べてる?
困った事は無い?
問いかけたくても本人はここに居ない。
目の前に居るのは、そっくりな別人だ。
「うっ……ん…」
小さく呻いた男の目蓋がピクリと動き、私は手を引っ込めた。
男はゆっくりと目を開ける。
目の色はケイドよりも濃くて、瞳が少し小さく感じた。
ケイドの瞳は薄茶色で綺麗な発色をしていて、カラコン入れてるのかってくらい大きかったから。
やっぱりケイドじゃなかった事に落胆する。
「目が覚めたか?」
気を取り直してそう声を掛けると、男はハッとしたように身体を起こした。
キョロキョロと周りを見渡して、ベッドの側に立つ私を見る。
「……えっと……誰……ですか?」
「君こそ何者なんだ」
質問に対して質問で返すのは良くないと分かっていながらも、聞くしかなかった。
「どうして川の中洲なんかに居たんだ」
「……分かりません。覚えてないんです」
「そうか」
記憶喪失なのかも知れないな。
まぁ、彼の記憶にあまり興味はないし、無理に聞く必要はないだろう。
「君は……何処から来たんだ? 意識を失う前は何処に居た?」
「えっと……何から話すべきなのか……。最後の記憶で、俺は地下鉄に居ました」
地下鉄か。
この世界にそんな物は恐らくない。
世界中を見て来たつもりだが、電子機器の類いの物が発達した地域は一つも無かった筈だ。
ならばやはり転移者か。
「君の出身を教えて欲しい」
「えっ……と」
「国名で構わない」
細かい出身地とかどうでもいいから。
「日本、と言う国です」
「……そうか。やっぱりな」
「やっぱり……って?」
「信じがたい話しかも知れないが、私もその国の出身なんだ。前世が」
「前世……?」
「不思議な事に、私には前世の記憶がある」
そう。
日本人だった頃の記憶。
「私はかつて日本人として産まれ、平々凡々な人生を全うし、そして気が付いたらこの世界に産み落とされいた。人狼としてな」
「そんな事があんるですね……」
「信じがたいだろう?」
「いえ。信じます」
「そうか。君、名前は?」
「アキです」
やっぱり。
ケイドじゃなかった。
分かってたけど。




