第一話 開かずの扉の向こう
私の旅の始まりは、再婚して家を出てった行った母が亡くなったと言う知らせを受けた時からだった。
母の再婚相手は律儀な人で、人狼なうえに母と血の繋がらない私にさえも常に気を使ってくれて。
母が亡くなった知らせと共に、母が私に当てた手紙と、遺品を送ってくれたのだ。
手紙を読む前に遺品を整理していると、何やら部屋の鍵らしき物が出てくる。
金色の──錆びた古い鍵。
手紙によるとその鍵は、二階にある開かずの部屋の鍵だと書いてあった。
二階のその部屋は、私の育ての父親であり、母の元婚約者の部屋だ。
私は戸棚に置いてあった父の写った写真を手に取ると、その顔を指で撫でる。
「私の方が歳上になっちゃったよ……」
父の写真を元に戻すと、次いでその隣に置いてあった夫婦の写真を取った。
父の隣で、母は幸せそうに微笑んでいる。
父の婚約者だった母は、父の死後も私の事を育ててくれた。
そんな母には幸せになって欲しくて、迷っていた母に再婚を薦めたのも私だった。
私は読みかけの手紙と鍵を握りしめて、軋む木製の階段を一段一段踏みしめながら登っていく。
父は、私が九つの時に亡くなった。
それはとても不可解な、他殺とも事故ともとれる死に方で。
シーツと木と蔦で出来た羽らしき物を背負い、家のベランダから身を投げ出す形で亡くなっていた、と母からは伝え聞いている。
最初は自殺を疑われたが、遺書が無い事や幼い私を引き取ったばかりばかりだった事、そして帝都の一角に私達と暮らす為の屋敷を建設する予定だった事から、自殺ではないと判断された。
後に帝国から派遣された警備隊の調査によると、酒で酩酊した父が自ら身を投げた事故死、という事で落ち着いたらしい、が。
私はその結果に納得いっていなかった。
父は確かに酒好きで有名だったが、酩酊するほど飲む事はなかったし、ましてやベランダから身を投げるほど酔っていたとは到底思えない。
当時の私はまだ九つ程だったがそれぐらいは分かるくらい、父は確りしていた印象がある。
父が自殺ではない理由は他にもある。
父の遺品を調べようとした所、私物の殆どが無くなっていたのだ。
まるで、誰かに持ち去られたかのように。
母から話を聞いた私は、誰かが父を事故に見せかけて殺し、何かの理由があって私物を盗んだと、後々考えた。
けれど結局、父の死は不可解な部分を残して、お蔵入りと言う形で終息してしまったのだ。
私は鍵穴に金の鍵を差し込み、捻る。
ガチャッと音がして、ドアが開いた。
そっとドアを開けると、少しだけ埃が舞う。
光を取り入れるため、私は窓を開いた。
父の部屋は、本当に、何も無かった。
引き出しや本棚の硝子戸を開けても、空っぽで。
寂しい、と感じる程に、何も無かった。
こんなに不自然な程何もないのに、警備隊はどうして父の死を事故死と断定したんだろう?
まさか。
何か、隠蔽したい事実があった……とか?
考え事をしながら最後のクロゼットの扉を開けると、そこには一着だけ衣服が残されていた。
それは、この世界では見た事の無い衣服だった。
私には、前世の記憶がある。
私は日本と言う国で産まれ、一度死んだ。
そしてこの世界に転生した。
だから、この衣服に見覚えがある。
これは──前世で言う所の。
『チャック式のナイロン製の上着』だ。
「どうして……こんな物が?」
私はその服に手を伸ばし、ハンガーを掴もうとしてふとある事を思い出す。
この世界には『未知の物に触れてはいけない』と言う戒律がある宗派がある。
彼らは物の仕組みを知り、危険性を理解した上でようやくその物に触れる事を許されるのだ。
それは何も間違った事ではないと思う。
よく分からない物に不用意に触れて怪我をしないとも限らないし、下手をすれば死に至る事だってあるだろうから。




