第十八話 ケイドの事情
目が覚めると、隣で寝ているレッドウルフが目に入る。
紅い髪が伝う、白い肌。
細い首筋を見ていると、どうしようもない枯渇感に襲われる。
この柔肌に歯を突き立てて、溢れ出る鮮血を飲み干したい……!
そんな感覚に襲われた自分に、俺は怯えベッドから飛び出た。
後退ると、窓際に置いてあるテーブルの縁が腰に当たる。
その反動でテーブルの上に置かれた魔鏡が床へカチャンッと落ちた。
魔鏡には、自分が写っている。
俺を探す時にレッドウルフが作ったらしい。
ピカピカに磨かれている所為で、並の鏡より反射して、俺の顔がそこに映った。
己の瞳が、赤く煌めいている事を知る。
歯に舌先を這わすと、犬歯が異常に発達し、長く伸びていた。
まるで、吸血鬼かのように。
「……っ、」
怖くなって、部屋から飛び出す。
フロントまで降りると、真っ暗な中、客が待機するために置かれたソファに一人の男が座っていた。
「ハン……くん?」
「! ケイド」
ハンくんは俺の方を見て立ち上がる。
「ハンくん……なんでここに居んの?」
「お前に会いに来たんや。話したい事があって……」
「話したい事って……?」
「ケイド……お前、血ぃ吸いたいって思った事ないか?」
「──!!」
図星をつかれた気がした。
「なん……で……その事っ……」
「……俺もやねん」
「え」
「俺も……血ぃ吸いたいって思うようになってん。ケイドが帰ってきてから……。ちょっとづつ目ぇ赤なって、歯ぁも尖って……吸血鬼みたいになってんねん」
俺は手の甲で口を覆う。
「なん……でっ」
「俺らだけちゃう。サクヤもや」
「サッくんも……!?」
ふと、ある事を思い出した。
ハンくんとサッくんは、吸血鬼の血を引いとる。
レッドウルフが、俺の父親は吸血鬼と人狼のハーフやって言ってたから。
俺自身もきっと、吸血鬼の血ぃが流れとる。
俺達は、何らかの理由で、ギリギリ吸血衝動が抑えつけられていた。
やけど何かを切っ掛けに、タガが外れた。
「なんで……今っ……」
「多分、あの狼娘がお前を生き返らせたからや」
「狼娘って……レッドウルフ?」
「ああ」
そんな……。
でも確かに。
切っ掛けとして考えられるのは、それぐらいしか思い当たらない。
「……どないしよ……」
レッドウルフには……言えない。
きっとその事を知れば、彼女は傷ついて、自分を責めるだろう。
「吸血鬼の国やったら……俺らの居場所はあると思うで」
「吸血鬼の……国?」
「ああ。文字通り、吸血鬼が暮らす国や。そこなら吸血衝動を抑える方法もあると思う」
「……この町をでるん?」
「それしかないやろ。多分、じきに陽の光に当たる事も出来んくなるやろうし」
「……」
ここには、もう居られない。
ハンくんは俺に手を差し伸べて来た。
「一緒にこの町出よや、ケイド」
「……、」
手を取りかけて、俺は手を引っ込めた。
「もう少し……待って。色々準備したいねん」
「……分かった」
次の日から俺は、出立の準備を始めた。
レッドウルフに気付かれないよう、内密に進めていく。
ハンくんが言うように、日に日に太陽の日差しを浴びると肌が焦げるような痛みを感じるようになっていった。
全ての支度を整え、出立の前日になる。
明日の夜、この町を出ていく。
俺は、いつも通りレッドウルフの部屋を訪れた。
恐らく、これが最後の夜になるだろう。
ノックすれば程なくしてドアが開く。
「ようこそ、ケイド」
微笑むレッドウルフに俺も笑みを返した。
全てを隠して。
いつも通り招き入られて。
ベッドの上で、絡み合う。
愛おしい程に。
感じる。
切ない息を忘れる程。
いつまでも、こうしていたい。
ずっと一緒に、居たい。
醒めない夢へと。
沈めて。
いつか羽化して。
本当に吸血鬼になってしまったら。
もう帰れない。
だから。
ねぇ、神様。
居るのなら、願いを聞いて。
時間よ止まれ。
瞳閉じたら。
きっとこれが。
最後のキスになるんだろうね。
「おやすみ……レッドウルフ」
隣で眠るレッドウルフの、その紅い髪を俺はそっと撫でた。




