第十六話 裏切りの香り
ベッドに腰を下ろすと、いつものようにケイドが私に跨って、キスをしてくる。
互いに衣服を脱いでいって。
唇が、交わった。
「もぉ……帰って来たばっかりでしょ……」
「ええやん」
あ、いつもの関西訛りだ。
「ねぇ……ケイドって私と話す時は関西訛りだよね? 関西弁って言うか……」
「レッドウルフやって、他の人には男勝りな喋り方やんか」
「だってこれが私の素だもの。ケイドは嫌? こんな私……」
「嫌ちゃうよ。なんか特別な感じがして……嬉しい」
「ケイドは私の特別だよ」
いつまで経っても。
ケイドは、私の特別。
──愛してる。
目が覚めると、外は暗くなっていた。
喉が渇いて、ベッドから抜け出し水差しの所まで行くと、中身が空になっている事に気が付く。
フロントで貰ってこなきゃ。
脱ぎ捨てたシャツを着て、ズボンを穿くのが面倒くさかった私は、洗う予定だったシーツを手に取り適当に腰に巻いた。
これで一見すれば、ロングスカートを履いているように見えるだろう。
階段を降りてフロントに続くドアを開くと、久しい顔と再会する事になる。
「貴方は……ハンク?」
私はドアの縁に身を預け、誰もいない受付の前に一人立つハンクを見た。
「久しぶりね。いつぶりかしら」
「お前……なんやねんその喋り方……」
思わず口元を手で押さえる。
しまった。
寝ぼけてた所為かついつい素の話し方になってた。
まぁ、いっか。
「これが私の素よ」
「気持ち悪……まぁ、そんな事どうでもええわ。ケイドは?」
「……上に居るけど」
私の横を通って二階へ向かおうとするハンクを、私は蹴りつけるようにドアの縁に足の裏をつけて止めた。
高めに脚を上げた事でシーツがズレ落ち、私の白い脚がむき出しになる。
局部がシーツでギリギリ隠れて良かった。
「今、寝てるの。ケイド」
「退け」
「起こす気? そもそも何の用?」
「……会いに来てん。話したい事があって……」
ハンクは何を思ったのか、一瞥した私の足に触れて来る。
その手は肌の上を滑って内腿へと辿り、局部の手前で止まった。
擽ったがりな私は、走る感覚を必死に耐えて平静を装う。
「なぁ……ケイドじゃなくて俺にせぇへん?」
「……なにが?」
「恋人」
「……は?」
正直、満更ではなかった。
タイプではないがハンクの容姿もなかなか整っている。
それにこの前ケイドが言っていたが、若い頃は可愛かったらしい。
夜の方も上手いらしいし。
でも駄目ね。
私には彼を受け入れられない根本的な問題がある。
そんな気持ちをワザと隠して、私はハンクの顔を見ると、誘う様にその頬に手を当てた。
顔を近づけて、ワザと潤んだ目でその目を見詰めて。
指先を滑らせて、顎に生えた髭を爪で触る。
ハンクは太腿から手を退けず、私の唇に噛みついて来た。
「──!?」
私の唇を蹂躙し終えたハンクは、吐き捨てるように言う。
「……やっぱケイドの方がええわ」
「あっそ」
舌打ちしたい気持ちを抑え、ハンクを睨んだ。
「どうせ貴方……女嫌いだものね? テクニシャンだけど部類の女嫌いだそうじゃない。だから……ケイドを買った……」
ハンクの眉がピクリと動く。
過去に遡った時、私はハンクの記憶も見ていた。
「奴隷商人に押し付けられる形でケイドを買って、あの領主のように最初は使用人として身の回りの事をやらせていた。待遇は、領主よりはマシだったようだけど」
私は人差し指と親指の先でハンクの髭を軽く摘まむ。
「その後、人伝いにケイドが領主に腰を振っていた事を知って……逆上して……領主同様、枷をつけて軟禁して……凌辱した!!」
語尾を強めるのと同時に、摘まんでいた髭を数本思いっきり引っこ抜いた。
「い゙っ……!!」
爪先で傷つけたか、あるいは髭の毛根が深かったのか、毛が抜けたところから血が垂れ落ちる。