第十三話 広場のダンスと黒い影
早々に買い物を済ますと、私は人々の視線からケイドの意識を逸らす事にした。
なにか無いかと辺りを見回すと、広場で何やらお祭りみたいな事をやっているのを見付ける。
楽器隊の奏でる音楽に合わせて、人々が踊っていた。
二人一組になって社交ダンスのような踊りを踊っている。
「踊ろう! ケイド!」
「え?」
私はケイドの手を引いて、その中に入っていった。
「俺っ……踊れないよ?」
「大丈夫。私がリードするから」
こう見えても社交ダンスは習ったことがある。
私はケイドと向き合うと、右手を身体に添え、右足を少し引いて、左手を水平にして頭を下げた。
前世で覚えたボウ・アンド・スクレープと言う、ヨーロッパの貴族風のお辞儀だ。
最初はケイドは戸惑っていたが、そんな私を見ると。
着ていたワンピースのような服の腰巻きを両手で摘み上げ、右足を後ろに引き、身を低くする、所謂カーテシーをして見せる。
本来ならば、私がカーテシーでケイドがボウ・アンド・スクレープをするのが正式なんだろうが。
意外とケイドは冗談が通じるのかもしれない。
私達に見惚れる人々の視線を背負いながら、差し出した私の手をケイドが取ると、音楽に合わせて踊り始めた。
男性のステップで踊る私に、ケイドは見事な女性のステップで対応する。
「上手じゃない」
「実は……教わった事があんねん」
ケイドは少し照れた顔をする。
カーテシーが咄嗟に出た事と、この社交ダンスの事を考えると、ケイドは貴族の出身なのか?
いや、孤児院で育って、その後は領主のもとに居た筈。
だったら、一体どこで?
ケイドも私と同じ、転生者なのだろうか。
ケイドとは……まだまだ謎が多い存在だ。
これから少しづつ知っていけば良い。
そう思って、今はダンスに集中する事にした。
美しい音楽に合わせてケイドと踊る時間は、何物にも代えがたい、幸せな時間だった。
踊り終えると、私達はまたお辞儀をし合い人々の群れの中から出る。
「ありがとう、ケイド。一緒に踊ってくれて」
私がケイドに優しく微笑みかけていると、ふと、黒い服の男とすれ違う。
男はケイドを見るなり足を止めた。
「お前……ケイドか?」
「……え?」
「ケイドだろ? 兄貴ん所に居た」
ケイドの血の気が引いたのが見てとれる。
その反応を見て、私はとある事を思った。
まさかこの黒スーツ……あの領主の配下か……!?
「なぁ、ケイドだろ? なぁ!」
詰め寄ってくる男から後退ると、ケイドは何処かへはしりさってしまう。
「ケイドっ……!!」
追いかけるなきゃ!
けどその前に……この男を何とかしないと!
もしあの領主の関係者なら……殺さなきゃ。
私は男の胸ぐらを掴んだ。
「な、なんだよ!?」
「あの領主の手の者がまだ生き残りが居たとはなぁ……!」
「はぁ!? 領主!? なんの話だ!?」
「兄貴って言ってただろ……!」
「ハンクの兄貴だよ! 兄貴ん家に行った時に会ったことあんだよ! あのケイドって奴に!」
「ハンク……?」
ああ、そう言えば。
ケイドはあの人と付き合っていたんだっけ。
忘れかけていた。
「……そうか……すまない」
私は掴んでいた胸ぐらを離すと、乱れた胸元を軽く整えてやった。
ケイドの事となると頭に血が登り安くていけない。
「悪かった」
頭を下げると、私は走り去ったケイドを追いかける。
ケイドは宿の近くの木の木陰に居た。
「ケイド……っ!」
「レッド……ウルフ……?」
私はケイドの身体を抱き締める。
その身体は、震えていた。
「どないしよ……レッドウルフ……あの領主が……」
「大丈夫。さっきの男は領主の関係者じゃなかったよ。だから、安心して良いよ」
腕にしがみついてくるケイドの髪を、私はそっと撫でる。
波打った特徴的な茶色い髪。
「この髪型は……ちょっと目立つかもね……」
「……」
つい、思った事を口にしてしまった。