第十二話 裸足のまま、君と
ふと、ケイドの白い素足が宿の床を踏みしめている事に気が付く。
「ケイド……靴はどうしたの?」
「あ、忘れた」
「駄目だよ、ちゃんと靴履かなくちゃ……座って。拭いてあげる」
ケイドがベッドに腰をかけると、私は桶に水を汲み、清潔な布を持ってきた。
水に布を浸し軽く絞って、それでケイドの足の裏を拭う。
「宿の床は綺麗に掃除してあるけど、皆靴で歩くし、何か踏んだら危ないから」
「おん」
「はい、綺麗になった。今度からは靴履いてね」
私はケイドに微笑みかけた。
とは言え、かく言う私も前世の習慣の所為で家の中は裸足で居たくなるから、気持ちは分からなくはない。
……にしても綺麗な足してんな、ケイドって。
やっぱり、顔だけじゃなくて身体も綺麗なのかな?
ヤバい。
見て見たくなっちゃう。
そんな気持ちを押さえつつ、私はついケイドの足の甲にキスをしてしまった。
「──!」
「あ、ゴメン……嫌だった、よね?」
「いや……大丈夫」
「ね、寝よっか」
「おん」
二人してベッドに上がり、布団に潜り込む。
寝返りをうつと、ケイドが身体をすり寄せて来た。
私は少し戸惑いつつ、拒絶される覚悟でその身体を優しく抱き寄せる。
すると、ケイドは顔を上げて。
私の唇に触れるだけのキスをしてきた。
「おやすみ」
そう言って無邪気に笑って、ケイドは私の胸に顔を埋める。
ね……ね……眠れるかぁ!!
鼻先にケイドのふんわりとした髪が触れて、シャンプーの良い匂いがした。
鼓動の音がこれ以上なく煩い。
この夜。
私はケイドと一夜を過ごした。
勿論何もしていない。
何もしていないけど……もう何も要らないと思える程、心が満たされていた。
このまま──。
このまま一緒に居られたら、それでいいのに。
私はケイドを抱き締める腕に、力を込めた。
窓から射し込む月明かりが優しくて。
その夜は、静かに更けていった。
数日過ぎたある日。
私達は街外れの小高い丘にある墓地へ来ていた。
この墓地は迷いの森を前にした絶壁沿いに建てられていて、街の喧騒からも離れた静かな場所にある。
その一角に、ケイドは手を合わせて祈っていた。
「レッドウルフのお父さん……ここに眠ってるん?」
「そう……らしい」
そう母の手紙には書いてあったが、本当に遺体が埋まっているのか眉唾な気がしている。
人狼の村の墓地ならいざ知らず、ここは父と関連のない土地の筈だから。
あ……いや。
全く関連無しって訳でもないか。
この近くには、神殿バベルがあるし。
お父さんもお母さんも、もう居ない。
お陰でケイドに会えたけど。
「ねぇ……ケイド? この町を出る気はない?」
「え、なんで?」
「ずっと宿暮らしって訳にもいかないし、私はいずれここを出ていくつもりだから……一緒に行けたら良いな、と思って」
「俺……この町から出て行ってもええんかな?」
私は屈んでいるケイドの隣に、同じように膝を畳んで座った。
「良いと思うよ、私は」
本当は、一緒について来てほしい。
そうしたら、私が守ってあげられるから。
「……少し、考えさせて」
「分かったわ」
墓地を後にすると、私達は市場へ向かった。
ご厚意で無償で部屋を貸してもらっているが、流石にタダでは悪いので、宿屋の店主の代わりに買い出しに来たのだ。
「……あれ?」
市場を歩いていると、何やら周りの様子がおかしい事に気が付く。
道行く人々が私達を避けるように、遠回りしていく。
「……なんか……こっち見てへん?」
ケイドも気付いたらしく、私の服の袖を摘んでそう言った。
「気にしなくていいよ」
そうケイドを安心させるも、正直気にならない訳ではない。
皆ケイドを見てヒソヒソ話しているようだった。
恐らく、教会での事がもう既に市場まで広まっているんだ。
人々の中には、手を合わせて拝んでいる者もいる。
そして、ケイドは聡い。
きっともう何か察している事だろう。