第十一話 神は少年の姿をして
「神父様……」
「おや。お待ちしておりました。すみません、ちょっと席を外して宜しいでしょうか?」
眉を下げてこちらを見て来る神父に、私はコクリと頷く。
「ああ。構わない」
神父は母親の元へ行くと、何やら話をし始める。
遠目からその様子を窺っていると、ケイドが私の服をくいくいと引っ張った。
「どうした? ケイド」
「あの子……目が……」
「え?」
女の足元を見ると、そのスカートにしがみつく子供が目に包帯を巻いている事に気が付く。
「どないしたんやろ?」
「気になる? 聞いてあげようか?」
「おん」
私はケイドと共に神父のもとへ静かに歩み寄った。
「話の邪魔をしてすまない。その子供の包帯は、一体どうしたんだ?」
尋ねられた神父は、一瞬私達の顔を交互に見て驚いた様子だったが、すぐに答えてくれる。
「数日前……魔物に襲われたのです」
「魔物に?」
「はい……。この町は迷いの森とも隣接していて、この子は誤ってその森に入ってしまったのです。幸い命は取り留めましたが……目は……」
「治癒魔法は試したのか? 眼球が残っていれば、多少は視力を回復できると聞くが」
「……残念ですが、傷が深く……眼球は……」
「……」
残っていない、と言う訳か。
肩を落とす母親を見て、申し訳ない事を聞いてしまったと思った。
「でも……どうして教会に?」
まさか神頼みにでも来たとか?
「ここは診療所も兼ねていますので、傷口の様子を見せに来られたのです」
「ああ、なるほど……だそうだ、ケイド。……ケイド?」
振り返ると、ケイドは慈悲深い瞳で、子供の目を見詰めている。
「可哀そうに……」
ケイドはゆっくりと子供に近づくと、包帯に包まれた目元にそっと触れた。
途端──ケイドの左手から眩い白い光が放たれると、子供の包帯の下から同じ光が溢れ出す。
パラッ……と包帯が解け落ちると、子供の大きな目がゆっくりと開いた。
「……ウソ……」
母親が驚いた様子で口元に手を当てる。
子供の目には、光が戻っていた。
残っていないと聞いていた眼球さえも、綺麗にもとに戻っている。
ケイドを見たその子供は。
「……かみ……さま?」
そう、呟く。
ケイドは優しく微笑むと、フッと気を失った。
「ケイド!!」
ゆっくりと倒れていくその華奢な身体を、私は受け止める。
……一体、何がどうなってるんだ!?
どんな優秀な治癒士でも、失った眼球まで戻せるなんて聞いた事がない。
「……行き成り来てすまないが、今日はこの辺で失礼させてもらう……」
私はケイドをお姫様抱っこする形で抱え上げ、教会を後にする。
神に祈りを捧げるように、ケイドに向かって手を組む親子と神父を背にして。
ケイドの話は瞬く間に町中へ広まった。
その夜。
私は眠る事が出来ず、窓際に置かれた椅子に座り頬杖をついてずっと考え込んでいた。
ケイドとは、何者なのか。
父の忘れ形見。
けど、それだけではない気がする。
「まさか本物の神……何て言うんじゃないだろうな……」
思えば、生き返った時点で人知を超えている。
私は、手を出してはいけないモノに手を出したのかも。
そうだとしても、今更遅い。
もう私は、ケイドの手を離す事は出来ないだろう。
考え込んでいると、ノック音が聞こえて来た。
ギーっと軋む木の音を立てて、遠慮がちにドアが開く。
「起きてる? レッドウルフ……」
「ケイド?」
私は慌てて立ち上がり、ドアの傍へ駆け寄った。
「どうしたの? こんな夜中に……」
「眠れへんくて……あのさ、レッドウルフ……」
「ん?」
「一緒に……寝てくれへん?」
また、あの上目遣いで見つめられる。
ヤバ。
マジで落ちそう。
あ、もう落ちてるか。
「もちろん、いいよ」
丁度そろそろ寝ようと思ってたところだし。
私は快くケイドを部屋へと招き入れた。




