第九話 眠りの果てに君がいて
「ケイ……ド……?」
そう呟いたのは私じゃなくて、背後に居たサクヤだった。
自分の名前が呼ばれたケイドは、目蓋をそっと開いて。
私を見て微笑んで、気を失なった。
驚いてその顔を見詰めていると、後ろからカランッと何かが倒れる音がする。
振り替えると、ハンクが松葉杖を落とし、驚いた様子で自分の右手を見ていた。
「噓やろ? 動く……感覚が……戻った?」
何が……起こって……。
急に疲労感に教われた私は、ケイドを抱き決めたまま意識を手放した。
左手に嵌めた、アレックスの指輪が熱い。
バチッバチッと赤い電気を走らせるその指輪を、ハンクは恐れるような目で見ていた。
目が覚めると、目の前にケイドの顔があった。
思わず驚いて起き上がると、ベッドから落ちそうになった所を、サクヤに支えられる。
「大丈夫ですか? おはようございます」
「あ、おは……よう。すまない」
柔らかい喋り方になりそうになり、私は気を引き締めた。
「いえいえ。ケイドも目ぇ覚めたところみたいやし?」
サクヤの問いかけに、ケイドは目を擦りながら起き上がり頷いた。
「うん……」
本当に……ケイドだ。
嬉しさが込み上げる。
「なら、朝ごはん食べに行こか」
ケイドと共にベッドから起き上がると、サクヤの後を付いて行くように一階へと降りた。
どうやら、私達が居るのは港町の外れにある宿屋らしい。
一階にある食堂へやって来ると、ハンクが長机の端に座っていた。
「ハンくん、お待たせ」
机にはもう既に朝食が用意されていて、サクヤはハンクの隣に座る。
自ずと私とケイドはその向かいの席に腰を下ろし、さっそく朝食を始める事にした。
パンを頬張りながらサクヤが唐突に話し出す。
「ほんま奇跡やな。ケイドが帰ってくるやんて。なぁ、ハンくんのそう思うやろ?」
「ああ」
「……そう言えば君、なんて名前いうん?」
サクヤにそう聞かれて、私は口に迎え入れようとしていたスプーンを下ろす。
名前……か。
「レッドウルフ」
人狼達は揶揄の意味を込めて私の事を“レッドウルフ”と呼んでいたが。
私は言い得て妙だと考えていて、その呼び方がどこか気に入っていた。
「レッドウルフ? まんまやな」
「……そうだな」
「その、レッドウルフはケイドの義理の兄妹? やって聞いたけど……ホンマなん?」
「まぁ、一応」
本来ならケイドの方が年下の筈だから、姉弟の方が正しい気がするが。
今のケイドは私より年上だから、兄妹でも間違ってはいないのだろう。
全く……どうなっているんだか……。
訳が分からない。
これはもっとちゃんと調べる必要があるな。
私の答えを聞いてサクヤが驚いた表情をした。
「でも、二人の容姿全然似てへんよ?」
「それはそうだろう。血は繋がってないんだ」
「へぇ……」
そんな私達の会話を聞いていたハンクが、私に声を掛けてくる。
「そんな事どうだってええわ。お前──」
「レッドウルフ、だ」
「誰でもええわ。お前の着けとるその妙な指輪……」
ハンクの持っていたフォークが私の左手のアレックスの指輪を指した。
「どこで手に入れた代物や?」
「……質問の意図が分からないが」
「ええから、答えろ」
「これは……亡くなった父の残した数少ない遺品の一つだ」
「お前の親父さん……何者や」
「……知らない」
「はぁ? 自分の父親が分からへんて事はないやろ」
「父は……九つの時に死んだ。それからはずっと母と二人で暮らしてきんだ」
「……ふん。そうか」
ハンクはフォークを机に叩きつけるように置くと、席から立ち上がる。
「え、ちょっとハンくんっ!?」
「聞きたい事は聞けた。ごちそうさん」
そう言ってハンクは食堂を出て行った。
何となくだけど、ハンクは私の存在を快く思っていない気がする。
だから、終始あんな刺々しい態度なんだろう。




