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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の夏休み  作者: 橋本 直
第二十三章 『特殊な部隊』の引っ越し

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第69話 引っ越し戦争勃発

 誠は脳みそがゆすられるような振動を感じた。それが誰かに両手で頭をつかまれて振り回されていることに気づくと誠は目を覚ました。

挿絵(By みてみん)

「ようやく起きやがった。この馬鹿。どこまで眠りが深いんだよ、オメエは」 


 目の前にはかなめの顔がある。誠は飛び上がって周りを見回した。プラモと漫画、それにアニメのポスター。

挿絵(By みてみん)

 そこは確かに自分の部屋だった。昨日のかなめ達の引っ越し前祝の飲み会の酔いのせいで頭は割れるように痛い。そこで自分の部屋にかなめがいるという事実を再確認して誠は飛び上がるようにしてはね起きた。


「西園寺さん!なんで僕の部屋に!」


 突然の誠の反応にかなめは得意げににやりと笑った。 

挿絵(By みてみん)

「もう十時過ぎだぞ。休みの日だからって寝すぎだろ?アタシ達の荷物着いたから早く着替えろ」 


 そう言うとかなめは出て行った。確かに時計を見れば十時を過ぎていた。のろのろと誠は起き上がる。


 かなめ、アメリア、カウラの引越し。かなめの荷物が寝具ぐらいで少ないのは良いとして、アメリアの荷物は想像するに相当なモノだろう。


 誠は昨日は飲みすぎて意識を飛ばしてから、どうやって自分の部屋でジャージに着替えて眠ったのかまったく覚えていなかったが、良くあることなのですぐ考えるのをやめた。


 B級特撮映画の仮面戦士のロゴがプリントされたTシャツを着て、ジーパンに足を通す。二日酔いの頭が未だに完全に動いてくれてはいないようで、片足を上げたまま転がる。


「おい!」 


 今度入ってきたのは島田だった。


「オメエは何時まで寝れば気が済むんだ?顔洗って気合い入れてから早く手伝え!」 


 それだけ言うとまた部屋の扉を閉める。とりあえず誠はベルトを締めて、そのまま部屋を出た。ムッとする熱気が誠を襲う。昨日よりも明らかに暑い。誠はそのまま廊下から玄関に向かって歩く。


「西!とりあえず下持て!」 


「島田班長、無茶ですよ……って神前曹長!手伝ってください!」 


 アメリアの漫画を収める大きな本棚をもてあましている西が声をかけてくる。誠は仕方なくそちらの方に手を貸した。


「西、もう少し端を持て。島田先輩、大丈夫ですか?」 


「無駄に重いなあ。誰かこっちも一人くらい……」 


 表からやってきたサラが力を貸す。だが『ラスト・バタリオン』の割に普通の女性程度の力しかない彼女が力を貸した程度で状況が変わるわけがなかった。仕方なく、誠は渾身の力を込めてやけに立派な木製の本棚を持ち上げた。


「じゃあ行きますよ!」 


 そう言うと島田の誘導で本棚は廊下の角に沿って曲がりながら進む。


「とりあえずここで」


 アメリアの部屋の前でとりあえず四人は一休みした。真夏の引っ越し作業。滝のような汗が額を流れるのを持ってきたタオルで四人は拭った。


「はいはい!ありがとうね。それじゃあ本棚は私達がやるから中身の方お願いね」 


 部屋から現れたアメリアとパーラが横に置かれた本棚に手をやる。


「じゃあ行くぞ」 


 島田の一声で誠と西はその後に続いた。サラはパーラに引っ張られてアメリアの部屋に消えた。玄関まで下りた彼等の前にカウラが大きなダンボールを抱えている姿が目に入る。


「カウラさん持ちますよ」 

挿絵(By みてみん)

 そう言って誠はカウラに走り寄る。


「良いのか?任せて」 


「大丈夫です!これくらい、良いトレーニングですよ」 


 そう言って誠は笑う。実際こういう場面の力仕事においては誠は通常の二倍のマンパワーを発揮する頼りになる男だった。


「そうか、カウラのは持つんだな。そしてアタシのは手伝わないと……小隊長に胡麻をするのがオメエの社会性って奴か」 


 誠は恐る恐るカウラの後ろを見た。同じようにダンボール箱を抱えたかなめがいた。


「……いいぜ。どうせアタシは『機械人間』だしな。生身の奴らとは、そもそも勝手が違うんだろ?こんなのは一人でできる。安心してカウラの手伝いをしてろ」 


 そう言いながら立ち尽くす誠とカウラの脇を抜けてかなめは寮の廊下に消えていく。


「あの……」 


 そう言って後を追おうとした誠の肩をカウラがつかんだ。


「神前は私の手伝いをするんじゃないのか?」 


 カウラの手にいつもと違う力がこもっているのを感じて誠は振り返った。


「カウラさん。西園寺さんも手伝ってあげないとかわいそうですよ」


 そのお人好しさゆえに誠はかなめの事も放っておけなかった。 


「実は……このところ貴様と西園寺を見てて変な感じがしたんだ。なんと言うか、不愉快と言うか……あまり体験したことのない不快な感覚だ」 


 段ボール箱を持ってアメリアの部屋とは反対にある食堂に向かってカウラが歩き出す。誠は黙ってその後に続いた。


「貴様と西園寺を見ていると……胸がざわつく。機能的に説明のつかない反応だ」

 

 カウラは口を閉じたまま、しばらく言葉を探すように沈黙した。誠は何も言えずにそんなカウラを見つめていた。

 

「これは……何だ?神前、知っているのならこの私に起こる感情の変化について説明してくれ」


 そう言うとカウラは後ろを歩いていた誠を振り返った。


「僕にも説明できませんよ。僕は吐く体質なんで女の人からそんなことを言われたことが無いですから」


 照れ隠しに頭を掻きながら誠はそう返した。

 

「正直に言うと貴様と西園寺が一緒にいるところを見たくないんだ。それが私の身勝手なのは分かっている。でも正直そう感じるんだ」 

挿絵(By みてみん)

 誰もいない食堂のテーブル。誠はその上にダンボール箱を静かに置いた。そしてどうやらカウラはかなめに嫉妬しているらしく、その嫉妬と言う感情をカウラが自覚していない事実に誠は気が付いた。


「それは焼餅ですね。安心してください。僕があの人と付き合うことは無いですから。あの人は僕とは住む世界が違いますよ。価値観があまりに違いすぎます」 


 誠はそう言って、自分の中で何が起こるか試してみた。華麗な上流階級に対する羨望は無かった。かと言って嫉妬と策謀に生きなければならなかった最上流の貴族と言う立場への同情も誠には無縁だった。どちらも誠にとってはどうでも良いことだった。ましてや非人道的任務についていた、そこで血塗られた日々を過ごしたと言う過去など、この部隊の面々の中ではちょっとした個性くらいのものだった。


「住む世界か。便利な言葉だな。でもそうは言うが神前は西園寺の事を嫌いじゃないんだろ?」 


 カウラはそう言うと口元に軽い笑みを浮かべた。彼女は何も言わずに誠の前に立っている。誠も何も言えなかった。


「不思議だな。神前には西園寺の事を嫌いになってほしくはないが、好きになるのはもっと嫌なんだ。こんな感情、どう説明したらいいんだ?」 


 沈黙に耐えかねたカウラがそう切り出した。


「僕に言われても分かりませんよ。僕はすぐ吐く体質からあまり人から好かれた経験がないんで」


 誠は自分の『もんじゃ焼き製造マシン』のおかげで数々の出会いをふいにしてきた過去を思い出しため息をついた。 


「こんな個人的な感情の話をしていても時間の無駄だ。アメリアがうるさいから作業に入るぞ」 


 そう言ってダンボールを運ぼうとするカウラの口元に笑みがこぼれていた。誠はそのダンボール箱の反対側を抱えた。二人でそのまま食堂を出て、アメリアの私室に向かう。


「何やってたんですか?ベルガー大尉」 


 机をサラと一緒に廊下で抱えている島田がそう尋ねてくる。


「別に、なんでもない」 


 そう言うとカウラはそのまま荷物をアメリアの部屋へと運ぶ。島田はカウラの戸惑ったような表情も目の前のアメリアの荷物に比べればどうでもいい事だと割り切ったようにそのまま机を運び込む。


「ダンボールはそこ置いといて!それと机は横にすれば入るでしょ!」 


 アメリアは一切モノを持たずに自分の部屋の前で荷物を仕切っている。


「それにしてもどれだけ漫画持ち込むんだよ」 


 かなめが自分の運んできたダンボール箱を開けながらそう尋ねる。


「たいしたことないじゃないの。これは選びに選んだ手元に無いと困る漫画だけよ。あとは全部トランクルームに保存するんだから」 


 あっさりとそう言ってのけるアメリアに、かなめは頭を抱える。カウラは笑顔を浮かべながら二人を眺めている。


「すいません!クラウゼ少佐。机どこに置けば良いんですか?」 


 部屋に入った机を抱えて島田が叫んでいた。


「その本棚の隣!ちょっと待ってね!」 


 そう言うとアメリアは自室に入る。


「アメリア残りのお笑いグッズの類はお前が運ぶのか?」 


「ええ、アレは壊れると泣くから手伝わなくていいわよ。特にかなめちゃんは見るのも禁止!」 


 かなめは手をかざしてそのまま喫煙所に向かって歩いた。最後のダンボール箱を抱えて歩いてきた西が、ダンボール箱の山をさらに高くと積み上げる。


「荷物の重さって、重量だけじゃないんですね」


 誠がふとつぶやいた。カウラもかなめも、その言葉に何も返さず、無言のまま次の段ボールを手に取った。


「西園寺さん!」 


 誠は振り向きもせず喫煙所に着いたかなめに声をかけた。


「どうした?」 


 かなめはそのままソファーに腰を下ろしてタバコを取り出す。いつもと特に変わりのない彼女になぜか誠は安心していた。


「お前は良いのか?」 


 不意の言葉に誠は振り返る。エメラルドグリーンの流れるような髪をかきあげるカウラの姿があった。かなめの顔が一瞬曇ったように誠には見えた。


「なんでオメエがいるんだよ。カウラ」 


 かなめは喫煙所のソファーに身を任せる。そして一言そう吐き捨てるように言うとタバコに火を点す。そのまま大きく息を飲み込み、天井に向けて煙を吐いた。


「私がいるとまずいことでもあるのか?」 


 そんなかなめの態度に苛立ちながらカウラがかなめの前に立った。


「ああ、目障りだね」 


 かなめは喫煙所のソファーに身を任せる。そして一言そう吐き捨てるように言うとタバコに火を点す。そのまま大きく息を飲み込み、天井に向けて煙を吐いた。


「お二人とも……仲良く……できませんか?」


 誠の間の抜けたとりなしに二人は毒気を失ったようにうつむいた。


「突っかかってくるのは西園寺の方だ……私は意識などしていない」


 カウラはいつもの無表情でかなめに応戦した。


「どうだかね……純情ぶって腹の底では何考えてんだか……どうせオメエ、神前にベタ惚れなんだろ?正直に言えよ。だからアタシは処女は嫌いなんだ」

 

 口ではそう言いながらも、かなめの指先は妙に落ち着きなく、タバコに火を点けると、かなめは大きく息を吸い込み、天井に向けて煙を吐いた。


 カウラの強がったような言葉にかなめが即座にジャブを打ち込む。再び場は一触即発の状況に陥った。


「お二人とも……同じパイロットでしょ。シミュレータの訓練の時にコンビネーションが大事だっていつもクバルカ中佐が言ってるじゃないですか。仲良くするのも仕事のうちです!僕は……どっちかの肩を持つつもりはありません。でも、部隊の仲が壊れるのは……嫌です」

 

 誠の目は真剣だった。頼りなさげに見える彼の、数少ない『信念』の瞬間だった。


「こいつと仲良く?できない相談だね。アタシは何を考えているか分からねえ人間は嫌いだ。カウラは無表情で何を考えているのかさっぱりわからねえ。だから嫌いだ」


 無茶苦茶な論理をかなめは展開する。誠も嵯峨のような言行不一致型の何を考えているか分からないタイプの人間は苦手だったが、不器用で感情表現が苦手なだけのカウラをそのことで嫌うかなめには少し腹を立てていた。


「西園寺さん。そんな言い方は無いんじゃないですか?カウラさんは……」


 誠はこの後、嵯峨親子の事を話題に出してカウラをかばおうと思っていたのだが、そんな誠の肩にカウラは手を当てそれ以上しゃべらないようにと合図した。


「私は考えたことはすべて口に出しているつもりだが?もしそれが分からないなら西園寺には理解力と言うものが欠けているだけだ」


 冷酷にカウラがそう言うのを聞いて誠は自分が自分の言葉でカウラをかばうべきだったと後悔した。


「理解力が欠けている?なんでそんなことが言えるんだ?アタシの脳はネットとつながってる。必要な知識はすべてネットから引用できる。だから理解力に欠けているなんてことは有り得ねえ!理解力に欠けてるのはオメエの方なんじゃねえか?カウラよ」


 カウラの余計な一言がかなめの瞬間核融合炉の感情に火をつけていた。


「ネットにあることがすべて真実とは限らない。ネットとつながっているから理解力に優れているなんて言うのは貴様の幻想だ」


 相変わらず無表情のままカウラはそう言ってかなめの言葉の間違っているところを冷静に指摘した。


「要するにアタシと喧嘩がしたいんだろ?オメエは。良い度胸じゃねえか。買おうじゃねえか」


「そんな事は言っていない。私は事実を指摘しているだけで……」


 いつまで続くか分からない二人の口喧嘩を聞くに堪えなかった誠が二人の間に入った。


「二人とも、仕事が有るんですよ!作業に戻りましょうよ」


 誠はとりあえず穏便に場を和ませようと優しい調子でそう言った。


「神前が言うなら仕方がない」


「まあ、アタシはあらかた荷物は運び終えたからな。アメリアの手伝いでもしてくるか」


 カウラは自分の部屋に、かなめは大荷物の搬送が続いているアメリアの漫画の入った段ボールを積んだトラックに向って歩き出した。そのダメージジーンズのポケットからハンカチが落ちた。


「これ……落ちてました」


 誠に手渡されたハンカチを慌てたように奪い取るとかなめは足を速めてトラックの影に向った。


「あー、もう、なんでアタシがイライラしてんだろうな……」


 トラックの影で誠の姿が見えないのを確認するとかなめはそんな独り言を口にした。


 そんなかなめの事など知らない誠はなんとか場を収めることができたことに安堵のため息をついた。



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