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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の夏休み  作者: 橋本 直
第二十章 『特殊な部隊』の姫君の私室

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第64話 タバコとビールと埃の女

「この部屋……汚いですね。西園寺さん。掃除したことあります?寮のことをさんざん言ってましたけど、この部屋と比べたら寮の方が百倍マシですよ」 

挿絵(By みてみん)

 埃まみれの床を見た誠の言葉に、かなめは思わず口にしたウォッカを吹き出しそうになる。そしてそのまま照れたような笑みを浮かべて語りだした。


「……一応、3回くらいは……アタシは家事は苦手でね。いいか?モノってのはな、動かすとエネルギーが生まれるんだよ。下手に掃除なんかすると『散らかる波動』が発生してよけいにぐちゃぐちゃになる。だから触らない、これが正解」

 

 かなめの顔がうつむき加減になる。たぶん部隊創設以来、彼女はこの部屋に住み着いているのだろう。寮での掃除の仕方、それ以前に実働部隊の詰め所の彼女の机の上を見ればその3回目の掃除から半年以上は経っていることは楽に想像できた。


「掃除機ありますか?これは一から掃除して返さないと。立ち退いた後入る人がうんざりしてあきれ果てられますよ」


 誠は強い調子で弱っているかなめに向けてそう言った。 


「馬鹿にするなよ!一応、ベランダに……置いてあったような……無かったような」


 かなめの弱弱しい言葉に誠は呆れたように天井を見上げた。 


「ベランダですか?雨ざらしにしたら壊れますよ!そんなことも知らないんですか?お嬢様なのにも限度がありますよ!もう少し綺麗好きになってください!女性として失格ですよ!」


 誠はさらに強い調子でかなめを責め立てた。 


「女性失格?そんなもん童貞のオメエに言われる筋合いじゃねえわな!そう言えば昨日の夜、掃除機の電源入れたけど動かなかったな……壊れたのかな?」 

挿絵(By みてみん)

 誠は絶句する。しかし、考えてみれば甲武国の四大公の筆頭である西園寺家の当主である。そんな彼女に家事などできるはずもない。そう言うところだけはかなめはきっちりと御令嬢らしい姿を示して見せる。


「じゃあ、荷物を運び出したら。掃除機借りてきますんで掃除しましょう。こんな部屋人には見せられないです!」


 誠はここは強気で通そうと決めてかなめに向けてきつく言い放った。 


「やってくれるか!オメエがやってくれるのか?そりゃあ助かるわ。恩に着るぜ」


 かなめは満面の笑みを浮かべて誠を見つめた。 


「いえ!僕が監督しますから西園寺さんの手でやってください!ここは西園寺さんの部屋です!女性の部屋です!僕が片づけたら、それこそ西園寺さんのプライバシーに踏み込むことになりますよ!」 


 誠の宣言にかなめは急にしょげ返った。彼女は気分を変えようと今度はタバコに手を伸ばした。


「それとこの匂い。入った時から凄かったですよ。寮では室内のタバコは厳禁です!あのヘビースモーカーの島田先輩だって自分の部屋ではタバコは吸いません!まあ、僕の部屋に入ってくるときはなぜかタバコをくわえてるんですが」


 誠の言葉にかなめはがっくりと崩れ落ちた。 


「それ嘘だろ!オメエの部屋でミーティングしてた時アタシ吸ってたぞ!」 


 顔を上げたかなめは反撃するように誠に強い調子でそう言った。


「あれは来客の場合には、島田先輩の許可があれば吸わせても良いことになっているんです!寮の住人は必ず喫煙所でタバコを吸うことに決まっています!これは島田先輩とあのクバルカ中佐が決めたルールです!まったく、西園寺さんの事だから寝たばことかして火事を起こしたらどうするんですか!そんなことで世間様に迷惑かけたくないですよ!」


 誠は相変わらず強気でかなめにそう言い放った。 


「マジかよ!ったく!やっちまった……面倒くせえことになったな!部屋でタバコくらいいいじゃねえか……プライベートスペースだぞ。何をしようとアタシの勝手だ!」 


 そう言うとかなめは天井を仰いでみせた。


「そうだ……神前。ついて来い」 


 かなめはそう言って急に立ち上がる。誠は半分くらい残っていたビールを飲み下してかなめの後に続く。誠が見ていると言うのに、かなめはぞんざいに寝室のドアを開ける。


 ベッドの上になぜか寝袋が置かれているという奇妙な光景を見て誠の意識が固まる。

挿絵(By みてみん)

「あれ、何なんですか?なんでベッドの上に寝袋……?」


 誠はなぜまったく方向性の違う寝具が2つ並んでおかれているのか疑問に思ってかなめに尋ねた。

 

「寝てる間に落ちたくないんだよ。あのベッドさ、親父の仕業で持ち込まれたんだけど……フカフカすぎて寝ると船酔いするんだよ。アタシ、アルコールと重力のコンボに弱くてさ」

 

 かなめは苦笑いして、寝袋をぽんと叩いた。


 誠はかなめの後をついて寝室を見回した。部屋の隅には古びたラジカセと積み上げられたカセットテープの山、そしてかつてかなめが誠の家で弾いたギターが乱雑に置かれていた。 


「なんだ。文句あるのか?」 


 そのままかなめはそそくさと部屋に入る。ベッドとテレビモニターと緑色の石で出来た大きな灰皿が目を引く。机の上にはスポーツ新聞が乱雑に積まれ、その脇にはキーボードと通信端末用モニターとコードが並んでいる。


「なんですか?これは」 


 誠はこれが女性の部屋とは思えなかった。運用艦『ふさ』のカウラの無愛想な私室の方が数段人間の暮らしている部屋らしいくらいだ。


「持っていくのは寝袋とそこの端末くらいかな」 


「あの、西園寺さん。僕は何を手伝えば良いんですか?」 


 机の脇には通信端末を入れていた箱が出荷時の状態で残っている。その前にはまた酒瓶が三本置いてあった。


「そう言えばそうだな」 


 かなめは今気がついたとでも言うように誠の顔を見つめた。


「ちょっと待ってろ。テメエに見せたいモノがあるから」 


 そう言うと壁の一隅にかなめが手を触れる。スライドしてくる書庫のようなものの中から、明らかに買ったばかりとわかるようなプラモデルの箱を取り出す。


「……神前、こういうの好きだったよな。ほら」

 

 差し出された箱は、妙にきれいなままだった。

挿絵(By みてみん) 

「買って……渡すタイミング失ってただけだ。べ、別に深い意味はねえぞ」


 珍しく照れたような顔のかなめを見て誠の時間がしばらく止まった。


「ありがとうございます」


 誠は突然のかなめのプレゼントに驚いてただ茫然とそう口にした。


「ちょっ……!そ、それだけ?もうちょいリアクションしろよ、バカ!」


 誠はかなめの顔を見つめた。かなめはすぐに視線を落とす。それは地球製の戦車のプラモデルだった。


「T14オブイェークト148……ロシアの第5世代戦車ですね……もしかしてこれを渡すために……」 


「勘違いすんなよ!アタシはもう少しなんか運ぶものがあったような気がしたから呼んだだけだ!これだってたまたま街を歩いてたら売ってたたまたま街で見つけただけだ」 


 そのまま口ごもるかなめ。それは誠のあまり好きではないドイツ軍の回収型戦車のプラモデルだった。しかし、あまりモデルアップされない珍しい一品だった。


「ありがとう……ございます」


「もっと嬉しそうに言え!」


 いつもの強引な彼女に戻ったかなめを見て誠は笑みを浮かべた。


「そう言えば……神前」


 かなめは照れから覚めて真顔で誠をにらみつけた。


「帰りはどうすんだ?ここに泊まるか?」


「え?」


 ここで誠ははたと気づいた。このマンションにはおそらくかなめ以外の住人はいない。二人きりである。


 できれば話したいことはたくさんあった。誠はかなめについてもっと多くのことが知りたかった。


 そして理解しあえればきっと……と考えるほど誠は純朴な青年だった。


「ああ、そうか……アタシ等が茜に送られるのは隊の全員が知ってるわけだな。それで、オメエがこの部屋に下手に長居したら……」


 かなめのその言葉で、誠の意識は夢の世界から現実世界に引き戻された。


 『特殊な部隊』の『特殊な連中』がどういう反応をするかは想像するに難くない。


 まずアメリアがあること無いことネットにあげて誹謗中傷を始めるだろう。カウラは明らかに冷たい視線を浴びせつつ、嫌味を次々と連発するだろう。


 そして最悪なのが寮長の島田である。


 彼は自分の『純愛主義』を勝手に人に押し付ける癖があった。『愛の無い交際は不純だ』と真顔で説教する男に、耐えられなかった隊員もいた。すでに何人かの隊員がそのことで隊長の嵯峨に転属届を出して隊を逃げ出したという噂は誠も聞いていた。


 誠はド下手なパイロットとして東和宇宙軍に入隊したので他に行き場などない。


 つまり、一気にニートへと転落することを意味している。そしてここは東和共和国。愛の無い世界なのである。


「そうですね……タクシー呼びます」


「そうか、じゃあその前にビールを飲むか?」


 かなめは笑顔で誠にそう言ってきた。


「これ以上飲んだら酔うんで……合宿で僕に飲ませすぎて潰したのは西園寺さんじゃないですか!」


 誠はそう断ろうとしたが、かなめは無理やり缶ビールを押し付けてきた。


 「……ま、今日は文句言わずに飲んどけ。ま、たまにはいいじゃねえか。家事バカに手を引かれて片づける暴力バカの一日ってのも」


 かなめは小さく笑いながら缶ビールを掲げた。

挿絵(By みてみん)

 誠も苦笑しながら、その缶をかなめの缶にコツンと合わせた。


 コツン……と、乾いた音が響いた。


 かなめのよくわからない気遣いで缶ビールを受取りながら誠は自分がかなり特殊な環境にいることを改めて理解することになった。




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