第52話 平和の陰に潜むもの
「しかし、叔父貴の奴。珍しく焦ってるな」
司法局実働部隊基地の隣に隣接している巨大な菱川重工豊川工場の敷地が続いている。夜も休むことなく走っているコンテナーを載せたトレーラーに続いて動き出したカウラの『スカイラインGTR』の後部座席でかなめは不機嫌そうにひざの上の荷物を叩きながらつぶやいた。
「そうは見えませんでしたけど」
助手席の誠がそう言うと、かなめが大きなため息をついた。
「わかってねえなあ。あの秘匿体質の叔父貴があれだけ証拠物件を一隊員に過ぎないアタシ等に見せるなんて普通だったら考えられねえぞ。それに『法術武装隊』のことを話す時の叔父貴の目……珍しく泳いでいたぞ。あの昼行燈があんな顔するなんて女絡み以外じゃ滅多にねぇ」
誠もかなめにそう言われると、人を見るとだますことしか考えない秘密の多い嵯峨があれだけの情報を誠達に提供したことに関して違和感を感じた。
「確かにあんなに長く灰が落ちるまで煙草をくゆらせるなんて、あの人らしくなかったわよ。まあしょうがないわよ。私だってあの不良中年の考えてることが少しわかったような気がしたの最近だもの。確かに『法術武装隊』だったっけ?あれについて私達に教えようなんていつもの隊長だったら考えられないわ」
そう言って自分で買ってきたマックスコーヒーをアメリアが口にする。
「確かにそうですよね。今日の隊長は普通じゃありませんでした。いつも騙されている僕が感じるんだから確かにそうなんでしょう」
誠はまだ自分が騙されてこの『特殊な部隊』に入隊させられたことを恨んでいた。
「部隊長は確定情報じゃないことを真剣な顔をして口にすることは無い。それが隊長の特徴だ……過去の未確定情報を私達に話しても不安をあおるだけだということくらい分かっているはずだ。あの私達に見せた冊子にしてもそれが本物であると言う確証はない。それを考えれば今日の隊長は異常だった」
ギアを一段あげてカウラがそう言った。こういう時は嘘がつけないカウラの言葉はあてになる。確かに誠が見てもあのように本音と明らかにわかる言葉を吐く嵯峨を見たことが無かった。
「それでも『法術武装隊』に知り合いがいねえってのはたぶん嘘だな。ふざけるなっての。東都戦争で叔父貴の手先で動いてた前の大戦時の部下達の身元洗って突きつけてやろうか?きっとその中に『法術武装隊』がらみの人間の名前が出てくるぜ……まあ、あの叔父貴の事だ。証拠を残すようなへまはしねえか」
かなめはそう言うとこぶしを握り締めた。かなめもまたあの『駄目人間』を本心からは信用していない。誠も憤りを隠さないかなめの顔を見てそう思った。
「私達が運良く証拠や証人にたどり着いたとしても、たぶん隊長にしらを切りとおされて終わりよ……いつも公安の安城少佐が食らってるじゃないのそんな態度。あの『駄目人間』には人を信用すると言う思考回路は無いのかしら?だから自分も信用されないのよ」
そのアメリアの言葉にかなめは右手のこぶしを左手に叩きつける。
「隊長の悪口を言うのは良いが暴れるのは止めてくれ」
いつもどおりカウラは嵯峨の悪口合戦には参加せずに淡々とハンドルを操っていた。
「安城少佐って……公安機動隊の隊長でしたっけ?」
誠はこの中では一番まともな答えを返してくれそうなカウラに声をかけた。
「そうだ。司法局公安機動隊の隊長だ……うちと違って正式な『特殊部隊』の隊長って訳だ……『近藤事件』の後始末でお世話になってるから今度会ったらちゃんと挨拶をした方がいい」
ハンドルを握ったままカウラはそう言った。『近藤事件』の起こした騒動のうち、公にされてはならない法術関連の秘密事項の情報統制を公安機動隊が担当していたことは誠も知っていた。
「なるほど、お会いする機会が有ったらお礼をしておきます」
社会知識のない誠にもここが年中暇をしている『特殊な部隊』で、他にまともに仕事をしている正式な『特殊部隊』が存在することくらいのことは理解できた。
「でも、西園寺さんでもすぐわかる嘘をついたわけですか。じゃあどうしてそんなことを……」
誠は嵯峨がこの中では情報戦に強く実戦経験もあるかなめにも嘘だとわかる発言をした理由が知りたかった。
「決まってるじゃない、あの人なりに誠君のこと気にしているのよ。今回の拉致未遂はこれまでのそれとは性質が違いすぎるわ。さすがに司法局に引き込んだばかりの茜お嬢さんを派遣するなんて私はかなり驚いたけど」
飲み終わったコーヒーの缶を両手で握り締めているアメリアの姿がバックミラーを通して誠の視線に入ってくる。
「どう読むよ、第一小隊隊長さん」
かなめの声。普段こういうときには皮肉が語尾に残るものだが、そこには場を凍らせる真剣さが乗っていた。
「法術適正所有者のデータを知ることが出来てその訓練に必要な場所と人材を所有する組織。しかも、それなりの資金力があるところとなると私は1つしか知らない……そこが今回の刺客と何かのつながりがあると考えるのが自然だ」
かなめはそう言って難しい表情を浮かべた。
その言葉に頷きながらかなめが言葉を引き継ぐ。
「遼帝国禁軍近衛師団別班……通称『神の部隊』……古くから伝わる『神の兵』と呼ばれる特殊法術部隊だったが長く休眠状態にあったらしい。その実力と正体はほとんど謎に包まれている……今の遼帝国皇帝、遼献がクバルカ中佐を倒した功績を買って復活させた組織だ」
カウラの言葉をついで出てきたその言葉に誠は驚愕した。
「そんな!遼帝国って焼き畑農業しかできない発展途上国ですよ!そんな法術とか地球の科学でさえ解明できないような高度な技術を持ってる訳ないじゃないですか!それにその『神の部隊』って、もうちょっと何とかならなかったんですか?……あまりに胡散臭いですよ」
誠が声を張り上げるのを見て、かなめが宥めるようにその肩を押さえた。
車内は重苦しい雰囲気に包まれる。
「神前。確かにあそこは発展途上国だが……法術に関しては宇宙で一番の先進国なんだ。法術の存在が無かった時代ならまだしも、今はその存在は公になった。法術の存在が公然の秘密だった時代から禁軍近衛師団が『剣と魔法の世界の特殊部隊』として注目されてたのは事実なんだぜ。しかもその別班の隊長は十年前の遼南内戦であの『人類最強』を自称するちっちゃい姐御を堕としたんだ」
かなめの言葉に誠は言葉を失った。
確かにランの所属する遼南共和国が遼人民共和国軍に敗れたきっかけはランの敗北だとラン自身が言っていた。身体強化法術を使用し常に人間の限界を超えた反射神経と腕力を誇り、無敵のパイロットであるクバルカ・ラン中佐を堕として見せた遼帝国のシュツルム・パンツァーパイロットがそれを上回る法術師であったとしても不思議ではない。誠にもそれくらいの事は想像がついた。
「実はこれは未だに公になっていない話だが、東和共和国も秘密裏に選抜した法術師をその別班の隊長に教育させるために派遣していたんだ。その見返りとしてかなりの機密費を内戦で遼帝国側についたことで優遇されるようになった南都軍閥の頭目、アンリ・ブルゴーニュ政権に供与している。あそこの政権と経済が安定しているのはそんなことも一枚嚙んでる訳だ」
そう言うとかなめはタバコを取り出してくわえる。
「西園寺。この車は禁煙だ」
「わあってるよ!くわえてるだけだっつうの」
カウラの言葉に口元をゆがめるかなめ。そのままくわえたタバコを箱に戻す。
「私のところにも結構流れてくるわよ。禁軍近衛師団ってブルゴーニュ政権になってからかなりのメンバーが入れ替わってるわね。でも別班の隊長、ナンバルゲニア・シャムラード中尉だけは異動していない……ランちゃんのペンフレンドらしいわよ。ランちゃんも人が良いわね、自分を堕とした相手と友達になるなんて」
アメリアはそう言ってランの人の好さに感心して見せた。
「ペンフレンド?今時そんなつながり方があるんですか?まあ、未開国の遼帝国なら電話とかも無さそうですし考えられますけど」
誠は時代遅れの通信手段で結ばれた友情とやらに興味を惹かれてそう言った。
「たぶんそのうちド下手な字の宛名のハガキがあの部屋宛てに来るから……よく着いたわねって感動するほどの下手な字」
そう言ってアメリアは笑ってみせる。
「はあ……でもその人エースなんですよね……あのクバルカ中佐を堕としたってことは法術師ですか?」
誠はナンバルゲニア・シャムラードと言うエースの名にどこか聞き覚えがあった。
「なんと言ってもランの姐御がその生涯で唯一負けた相手だ……当然法術師に決まってる。その時は法術師用に開発された特殊なシュツルム・パンツァーに乗ってたらしい」
かなめは物わかりの悪い誠を馬鹿にするようにそう言った。
「そうなんですか……世の中上には上がいるもんなんですね。『人類最強』って……それじゃあそのナンバルゲニア中尉が『人類最強』じゃないんですか?」
誠はランが常に自称している『人類最強』と言う言葉の意味がそれでは崩れてしまう事実に気づいてそう言った。
「クバルカ中佐に言わせると、ナンバルゲニア中尉は『神』なんだそうだ。あの戦いで遼南共和国の所有するシュツルム・パンツァー
4割は彼女によって堕とされた。しかも、その結果パイロットは一人として死んでいない。そんな戦いをできるパイロットを『神』以外のどう表現する?そんな戦いはクバルカ中佐には出来ないそうだ。だからそんな戦いのできるナンバルゲニア中尉は『神』なんだそうだ。だから自分は『神』や『悪魔』に負けることはあっても人には負けることは無い。だから自分は『人類最強』なんだそうだ」
ハンドルを握るカウラはいかにもランなら言いそうなことを言った。
誠の隣のアメリアは工場の出口の守衛室を眺めている。信号が変わり再び車列が動き出した。
「あそこの皇帝は即位後しばらくは親政をしていたが、現在はすべてを選挙で選ばれた宰相アンリ・ブルゴーニュに一任しているからな。皇帝の重石が取れた今。その一部が暴走することは十分考えられるわな。ようやく平和が訪れたとはいえ、30年近く戦争状態が続いた遼南だ。地方間の格差や宗教問題で、いつ火が入ってもおかしいことはねえな」
バックミラー越しに見えるかなめの口元は笑っていた。
「西園寺は相変わらず趣味が悪いな。まるで火がついて欲しいみたいな顔をしているぞ」
そう言うとカウラは中央分離帯のある国道に車を乗り入れる。
「ちょうど退屈していたところだ。多少スリルがあった方が人生楽しめるもんだぜ?」
「スリルで済めばね」
そう言うとアメリアは狭い後部座席で足を伸ばそうとした。
「テメェ!こっちのシート半分超えて足出すな!」
後部座席でかなめが怒鳴り声をあげる。
「ごめんなさい。私、足が長いから」
アメリアはそう言って短気なかなめをからかっていた。
「そう言う足は切っとくか?その方がこの車の狭い後部座席にはぴったりくる」
「冗談よ!冗談!」
後部座席でどたばたとじゃれあう二人を見て、誠は宵闇に沈む豊川の街を見ていた。東都のベッドタウンである豊川。ここでの暮らしも一月を越えていた。職場のぶっ飛んだ面々だけでなく、寮の近くに広がる商店街にも知り合いが出来てそれなりに楽しく過ごしていた。
「今は冗談を言ってる場合じゃない!我々は遊びで神前の護衛に着くんじゃないんだ!そのくらいは貴様等も考えろ!」
ハンドルを握るカウラは振り返ると厳しい口調でそう言った。
誠の目は自然と車窓に向った。そんな誠の脳裏にあの法術師の男の言葉が、誠の中で何度もリフレインした。
『遼州人と地球人……そんな区別を、自分は一度でも意識したことがあったか?見た目も考え方もほとんど違いの無いこの2つの存在について……』
遼州人、地球人。元をたどればどちらかにつながるであろう街の人々の顔を思い出して、今日、彼を襲った傲慢な法術師の言葉に許しがたい怒りの感情が生まれてきた。
誠は遼州人であるが、地球人との違いを感じたことなど無かった。先月の自分の法術の発現が大々的にすべてのメディアを席巻した事件から、目には見えないが2つの人類に溝が出来ていたのかもしれない。
『でもそんな産まれの『選ばれた血』で線を引かれるなら……どうすれば、越えられる?僕は遼州人だ。その事実は変わらない……変えられない…」…でも、それでも……僕は、あの人たちと一緒に笑っていたい……たとえ誕生した星が違ったってそんなことは関係無いんだ。それだけが僕の心の真実なんだから』
そんなことを考えながら流れていく豊川の町の景色を眺めていた。




