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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の夏休み  作者: 橋本 直
第十八話 『特殊な部隊』の革命

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第50話 もう一つの戦後

「それにしてもランよう。黙って聞いてるなんざお前さんらしくないよ」

挿絵(By みてみん)

 相変わらずの緊張感の掛けた口調で嵯峨は視線をランに向けた。


「お前さんがいつ今回の襲撃者と『廃帝ハド』の関係の話を始めるかって思うと冷や汗もんだったぜ。奴の存在を知る者はできるだけ少ない方が良い。特に前線に立つものについてはだ。たぶんあの男……北川公平とか言ったか。俺でも知ってる廃帝の切り札の一人だ。廃帝の子飼いのほとんどはさっき言った『東モスレム解放戦線』のような他の法術師を使ったテロを行う危ないライバルを蹴落として『ブラッドバス』に突き落とす作業にてんてこまいのはずだ。自由に動かせる使える法術師の数なんてたかが知れてる。そんな中で『廃帝ハド』の信任の厚い北川公平という男。茜も今日は奴が油断してたから勝てたが本気の奴は茜に手に負える相手なんかじゃない。アイツが東和大統領暗殺未遂事件で数千人の機動隊を一丁の『サタデーナイトスペシャル』で翻弄して見せたあの手口……そんな男が動き出したんだ。お前さんがそのことを思い出して『廃帝ハド』の話をしても何もおかしなことはねえ」


 嵯峨はそう言うとタバコに火をつけ、椅子の背もたれに身体を投げ出した。


「いいや、アタシもそれほど馬鹿じゃねー。それよりアタシはアメリアの奴がそれを言い出すんじゃねーかとそれが気がかりだった。アイツは部長権限で『廃帝ハド』についてはある程度知ってる。今でもいつアイツが口を滑らすかと思うと……入寮の話、アイツだけ外すって訳にはいかねーか?アメリアには緘口令(かんこうれい)って奴が通用しねー。アイツは口から先に生まれたような女だからな何をしゃべりだすか分かったもんじゃねー。アイツは冗談で深刻なことまで喋る時がある。だから、正直ちょっと怖ぇ」


 苦笑いを浮かべながらランは口の軽いアメリアの事を考えていた。


「そりゃあ逆効果だよ。アメリアの知ってる情報量が自分達より多いこと位、かなめもカウラも察してるよ。ここで何かを知ってそうなアメリアの奴を外して、かなめ坊とかに下手に勘繰られると今後に差し支える。それにアメリアもそんなにバカじゃねえよ。そうじゃ無きゃ俺はアイツを中佐にしなかった。ランよ。もう少しは部下の事を信用してあげなさいよ。お前さんが『遼南内戦』で部下にひどい目に何度も会わされたってことは俺がそう仕組んだことなんだから……そうなると俺がランから信用されなくなる訳か……それはそれで困る。実に困る」


 そう言うと嵯峨は先ほど『法術武装隊』について書かれた冊子を手に取った。

挿絵(By みてみん)

「それより隊長。アタシを信用してねーのか?『法術武装隊』の話はアタシも聞かされちゃいねえ。それにそいつ等が『廃帝』の戦力として動き出してるのも間違いねーんだ。なんでアタシに話さなかった。やはり何か深い理由が有るんじゃねーのか?独自に何か掴んでるならアタシにも言ってくれ。隊長の秘密主義は時には仇になることになるかも知れねー」


 嵯峨はランには基本的には隠し事はしない決まりでランをこの『特殊な部隊』に引き抜いた。それを今更、それも重要な秘密を隠していたことにランは腹を立てていた。


「お前さん腹芸が出来ないじゃん。表舞台で生きていて『法術武装隊』の件を知っているのはおそらく俺くらいだ。その設立を指示した霊帝亡き後の遼南共和国の独裁者、ガルシア・ゴンザレスは今はお前さんに斬られて墓の下だ。『法術武装隊』の関係者も地下に潜ってその動向は俺にも分からない。ただ、アイツ等には話さなかったがその『法術武装隊』の隊長が他でもない『廃帝ハド』の娘なんだ。……おそらく封印されていた『廃帝ハド』を復活させたのも彼女だ。そう考えると今対抗法術テロ組織を潰して回っている連中を指揮しているのは彼女だと考えるのが自然だ。そんなおっかない連中が俺達に牙をむいてくる時がいずれ来る……俺にも怖い事が有るんだよ、ラン。察してくれよ。俺が遼帝国に憲兵隊長として派遣された時、あのとき、ゲリラ狩りの(かたわ)らアイツらを潰しきれなかった。所詮、隙間仕事でどうにかなる相手じゃなかったんだ。それが今も、喉元に残る骨になってる。今さらじゃ済まされないこともあるんだ」

挿絵(By みてみん)

 言い訳がましく言うと、嵯峨はランに頭を下げた。


「確かにアタシが腹芸が出来ねーのは事実だから。今回は特別に許してやる。しかし、アイツ等にアタシも知らなかった『法術武装隊』の話をして良かったのか?ただ不安を煽るだけだったんじゃねーか?アンタの動揺をあの馬鹿娘達も少しは気づく位の教育はアタシはしているぞ」


 ランにはこの隊長室を出て行く誠達の様子が少し気にかかっていた。


「確かに不安にはなるだろうな。でも、もう二十年も前の話だ。時効だよ。問題はその連中が今何をしているか。おそらく『廃帝』の下で働いているんだろうが、『廃帝』にそんなに情報操作能力があるとは思えないね。おそらくどこかの勢力が『廃帝』に協力することでその存在を消している。俺はそう見たね」


 そう言うと嵯峨は口にくわえていたタバコをもみ消した。


「その勢力は『廃帝』お気に入りの甲武陸軍か?甲武陸軍軍人であるアンタの事だ。知ってるんだろ?」


「いんや、違うな。甲武陸軍にそんな情報操作能力は無いよ。甲武陸軍情報部の一番のエースだった俺が言うんだ。甲武陸軍にはそんな実力は無い」


 嵯峨は先の大戦で憲兵として活動する傍ら、諜報員として多くの極秘作戦に参加した経験があった。その時の感触が嵯峨に甲武陸軍の情報操作能力の限界を教えていた。


「それじゃあ誰が『廃帝』を隠してるんだ?地球圏……の訳ねーな。『廃帝』の思想は地球圏からすれば危険思想だ。『廃帝』も一番排除したがってるのが地球圏の勢力だ。お互いに相容れる余地はねー」


 『力あるものの為の世界を作る』ことと『地球圏からの解放』が今のところ『廃帝』が目的としていることとしてわかっていることだった。ランには『廃帝』を匿っている勢力が何処なのか見当がつきかねた。


 しばらくの間沈黙が流れた。嵯峨はその間に再びタバコに火をつけた。


「奴等なら手を組みかねねえな。目的の為なら誰とでも手を組む、そんな男を俺は知ってる」


 嵯峨はタバコの煙を吐きながら、まるでランが知っていて当然のような顔でランの当惑する様を眺めていた。


「遼北の社会主義教条主義者か?西モスレムのイスラム教過激派か?それとも……」


「どちらも外れ。もっと(たち)の悪い連中がいるじゃないの。この遼州系には。先の大戦で地球圏が俺が所属した甲武国の属する『祖国連合』を叩くということで、地球圏が反連合側に協力して軍を派遣したきっかけになった連中。そいつ等だよ」


「ネオナチか……どっちだ?ゲルパルト本国で軍内部で根を張ってはいるがどうせ何もできない無能な連中か?それとも……」


 ランは漸く納得がいったかのような顔で嵯峨の感情を殺しているような眼を見つめ返した。

挿絵(By みてみん)

「ランが想像している最悪の方。ゲルパルト本国と縁を切ったネオナチには一人、切れ者が居る。情報の重要性を理解している奴。前の『近藤事件』でも陰で糸を引いていたのは奴だ。恐らくこの宇宙でここ東和共和国に存在する情報を管理することで一国平和主義を貫くことをこの国に強制している『意思』、アナログ式量子コンピュータによって全宇宙を掌握しようとしている存在『ビックブラザー』の追及を逃れることができるのはおそらく『あの男』くらいのものだ。先の戦争で敗走した『アーリア人民党』残党の一部は、この遼州に潜伏して勢力を温存していた……そして今もこの地を地球圏奪還の拠点にしようと未だに妄想を抱き続けている……連中を産んだ『ゲルパルト第四帝国』の後継国家『ゲルパルト連邦共和国』と『外惑星連邦』の間に存在する監視の行き届かないアステロイドベルト地帯……連中がそこに巣を作っているらしい事は目を付けているんだが……両国ともに本格的調査に協力してくれないんだ。恐らく『あの男』の意志が働いている……そこは『アーリア人民党』の勢力圏……アイツ等の聖域と言って良い」


 そう言うと嵯峨は大きなため息をついた。


「アンタがため息をつくほどやばい奴なのかい、そいつは。そいつが近藤の旦那の背後に居て『ビックブラザー』の追及を逃れてるってことは、もしそいつが本気だったらあの時アタシ等に『ビックブラザーの加護』は無かったってことか……そしてアタシ等は近藤の旦那の率いる決起軍の数に押しつぶされていた」


 ランはあの戦いが実は薄氷の上の勝利だったことを知り、背筋に寒いものが走るのを感じていた。


「でもその男はあくまで近藤の旦那を捨て駒として使った。その男にはあの戦いで近藤の旦那には負けてもらう必要があったんだ。そして、『法術』がこの宇宙に生きるすべての存在に表ざたになることを、この『今』の状況を望んでいたんだ。そのことがその男と『廃帝』がつながっているという何よりの証拠だ」


 それまで光のまるでなかった嵯峨の目にこの時初めて光が入った。


「確かにこの状況下なら『廃帝』はもう隠れて暮らす必要はねー訳だ。これからは『法術師』の時代。そう宣言したのはアタシ達だからな。『廃帝』が目的に近づく手助けをした訳か……そう考えると複雑だな」

挿絵(By みてみん)

 ランはあの勝利を誰よりも喜んでいるのが自分達ではなく嵯峨の言う『その男』と『廃帝ハド』だという事実に耐えられない屈辱を感じて歯を食いしばった。


「終わっちまったことを今更どうこう言ってもしかたないよ。あれがあの時点での最善策だったんだ。それとも甲武が再び『貴族主義者』の国になって良かったって言うのか?ラン、お前さんの判断は少しも間違っちゃいない。今回はその男と『廃帝』は笑っていられたかもしれないが、これからも笑っていられる保証はない。こちらも無策と言うわけじゃ無いんだ。対策はこれから立てればいい」


 慰めるように嵯峨はそう言った。ただ、戦士であることに誇りを持っているランには自分の最高の勝利を実は別の『敵』が一番喜んでいたという事実に我慢ならないものを感じていた。


「ランよ、神前の力が、偶然現れたものなのか、それとも俺のかつて持っていた力の様に『廃帝ハド』を排除するためのこの星の意志なのか……どちらにせよ、もうこちらの札は決まってんの。覚悟は決めなさいよ。確かにこの国では『ビッグブラザー』が監視してるから……と言えば、誰もが黙る。それが現実だ。だけどそれはあくまでこの国だけの話。遼州圏は広いんだ。さらに地球の連中が支配している宇宙はもっとはるかに広い。そこまで目を向けて行動する。俺には俺の片腕としてお前さんにはそこまでの視点を期待してるんだ」


 嵯峨はまるでカードゲームを楽しむ子供のような顔をしてランをそう言って諭した。


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