第5話 島田と『すぷりっとふぃんがーふぁすとぼーる』とギャンブル姫
「そう言えば島田先輩も野球部なんですよね」
これ以上は金にまつわる汚い話は聞きたくない。そう思った誠はあえて話題を変えた。
「決まってんだろ!遼州司法局実働部隊野球部の投打に活躍する『スーパーヒーロー』が俺様だ!投げるのだって球速だけだったら、肩を壊したことのあるテメエの比じゃねえぞ!まあ、元々野球経験は無かったが運動神経はバイクで鍛えてたからな」
島田も今度は後ろ暗いことの無い話題になったと喜ぶようにそう言った。確かに初対面の時上半身裸だった島田の上半身はまさに鍛え上げられた肉体そのものだった。誠はそのことから島田が体を鍛えたのはスポーツによるものだと思ってこう言った。
「野球経験がないって学生時代はなんのスポーツをしてたんですか?想像がつかないんですけど。あんな筋肉どんなスポーツしてたら付くんですか?バスケですか?バレーですか?でも首回りも太いから……もしかしてアメフト?」
誠は島田に似合いそうな思いつくスポーツの競技名を挙げてみた。だがどれもしっくりしない。誠からは島田の学生生活は想像がつかなかった。
「学生時代は帰宅部。いや、『喧嘩部』だな。それこそ隣の学校にスカシた野郎がいると聞くとすぐに飛んでって喧嘩を売って勝つ!まあ高校時代までは授業も出ずにバイクと喧嘩以外したこと無かったな。スポーツなんて根性論の先公の手先になってしごきに耐えるんだろ?やってられるかよ、そんなの。この身体は喧嘩に勝つために自己流の筋トレで鍛えあげた。喧嘩に勝つにはまず力だ。そのための努力は俺は惜しまねえ」
誠は島田が根っからのヤンキーであることを考えれば容易に想像可能な学生生活を想像しながら食べ終えた弁当を床に置いた。
「うちの野球部の投打に活躍ってことはエースだったんですね、島田先輩。でも良いんですか?僕にエースを譲っても。島田先輩目立つの好きじゃないですか?サラさんとか何か言ってませんか?」
自己顕示欲の塊の島田が素直にエースを誠に譲る。『バカップル』の片割れである運航部の能天気娘として知られる島田の『彼女』のサラ・グリファン中尉の前で良い格好ができなくなることに島田が異議を唱えなかったことを誠は不思議に思った。
「俺は球速には自信があるがコントロールがな……ファーボールが多すぎるって、サードを守ってるアメリアさんが文句垂れてくるんだ。それがうるさくってまあ……。それに俺、球種もストレートしか投げられねえからな。オメエは『都立の星』とか呼ばれてたんだろ?教えてくれよ、変化球の投げ方。そしたら俺がオメエの代わりにエースやるから」
確かに野球未経験でまっすぐに進むことしか考えない島田ならストレートしか投げられないことは納得がいった。アメリアならファーボールで自滅するタイプの島田に平気で文句も言えるだろうことも容易に想像がついた。
「教えても良いですけど。合宿に行ったとき教えましょうか?要はボールの握り方の話ですから簡単ですよ」
誠は変化球には自信が有ったのでそう言ってみたが、それを聞いた途端島田の目の色が変わった。
「そりゃあ良い!『すぷりっと・ふぃんがー・ふぁすとぼーる』!なんかさ、解説で『今のはすぷりっとですね』とか言われると、超かっこいいじゃん?『今の球はすぷりっとふぃんがーふぁすとぼーるですね』って解説されるの……なんか憧れるじゃん!」
頭の中に筋肉が詰まっている男島田にとっては、変化球の名前の方がその効果より重要な話のようだと誠は思った。
「なんでこの人は普通に『カーブ』とか『フォーク』とか言わないのかな……名前の響きだけで選んでない?分かりました!僕の持ち球じゃありませんけど投げ方は知ってますから教えます!」
誠はいきなり野球初心者が知らない変化球名を島田が知っているのを不思議に思いながらそう答えた。
それと誠が島田に会って一番聞きたかったことは整備班の合宿の参加者が異様に少ないということだった。
隊の人員の大半を占める最大勢力……その整備班が合宿に来ない。その理由を、誠はなんとなく『良くないこと』だと思っていた。
「それとアメリアさんが今回の合宿に技術部の参加が少ないって言ってましたけど……何か理由が有るんですか?」
誠は先ほどアメリアが困った顔をしていたのを思い出してそう言った。そう言った途端、島田の表情はどんよりと曇った。
「何か悪いこと言いました?僕」
落ち込んだ様子の島田を気遣いつつ、島田が語るだろう参加者の少ない原因を想像すると誠もまた暗い気持ちになった。
「野球部の連中は全員強制参加だ。誰も好き好んで西園寺さんの射撃の的にはなりたくねえからな。でも実はその西園寺さん自身が今回の参加者の少なさの原因なんだ」
困ったような表情を浮かべて島田は意外なことを口走った。銃をこよなく愛するかなめが整備班の隊員を銃で撃って回ったのかと誠は初めはそう思ったが、そんな話は聞いたことが無かったので、とりあえず島田の話の続きを聞くことにした。
「西園寺さんが原因?西園寺さんが何をしたんですか?誰か射殺したって話は聞いてませんが。それにあの人は銃を持ち歩くときはマガジンを外してますよ。弾が無かったら怪我人が出るとは考えにくいんですが……」
隊でいつも顔を合わせているのに今更かなめが怖いから合宿に行きたくないと言い出す技術部員がいるとは誠には思えなかったし、その独特のたれ目のある美女でナイスバディのかなめを敢えて整備班員達が避けるとは思わない。島田の説明をもう少し聞こうと誠は思った。
「銃は関係ねえんだ。それと西園寺さんは畏怖の対象ではあるが、整備班では嫌われているわけじゃねえ。、問題は全く別の話なんだ」
かなめが整備班では嫌われていないことになぜか安心する誠だった。そんな誠を見てうっすら笑いを口元に浮かべた島田は話を続けた。
「西園寺さんにはおそらくオメエのまだ知らねえ趣味が有るんだ。どちらかと言うとカウラさんの趣味と似たような趣味が西園寺さんにもあんだ」
島田の言うことを誠は理解するのに時間がかかった。カウラと言えばパチンコ命のギャンブル依存症患者である。それと同じ趣味となるとギャンブル関係と言う話になる。
「カウラさんの趣味?西園寺さんもパチンコをするんですか?でも、西園寺さんはカウラさんのパチンコ中毒を馬鹿にしていましたよ。まさかそんな……」
ランに言われて土曜日だけにパチンコに行くことが許可されているカウラがそれに負けて月曜日しょげて仕事をしている様をかなめが笑いものにしている様子は誠も何度も目撃していた。かなめがギャンブルをやるところは誠には想像がつかなかった。
「あのなあ……ギャンブルはパチンコだけじゃねえだろ?」
島田はギャンブルと言うとカウラとパチンコしか思いつかない誠を軽蔑するように見つめると話を続けた。
「競馬だよ競馬。西園寺さんに言わせれば『地球のイギリスでは女王が見に来るほど高貴な趣味』なんだそうだ」
かなめの趣味が競馬。確かに今の季節には誠も知っているようなレースは無かったので知る機会が無かったのだろう。しかし、甲武の最高位の貴族で金に困らないかなめがなぜギャンブルにはまるのか誠には理解できなかった。
「隊長みたいに生活の為にギャンブルやってるのとはまるで別次元なんだ。あの人も甲武国一のお姫様だもん。金はいくらでも有り余ってるから競馬くらいするわな。あの人は甲武四大公家筆頭のお姫様だからな。勝とうが負けようが金の面では痛くもかゆくもねえだから相当な額を突っ込んでる……聞いた話じゃかなり負けが込んでるらしい。普通レベルの金持ちだったら首を括るくらいの金額負けてるみたいだぞ」
吐き捨てるようにそう言うと島田は食後のタバコに火をつけた。確か、聞いた話ではかなめの吸っているタバコは細い葉巻で一本千円はくだらないらしい。そんなことから考えて、かなめが金が欲しくてギャンブルに走るタイプでないことは誠にも理解できた。多少の負けくらい、かなめの場合機嫌が悪くなる程度のものなのだろう。
「西園寺さんは競馬をするんですか……イメージ湧かないなあ。でもそれと技術部の参加者が少ないのが関係あるんですか?」
かなめはいつも単独行動をするところがある。ほとんど私生活で他の隊員達と交流しようとしない。かなめがなぜ今回合宿に不参加を表明している整備班員達と接点を持ったのか、誠にはその点が気になった。
「あの人の『巻き込み力』な。お前だって引き戻されたろ?あの時、『覚悟を決めろ』って言われてよ。あの人は自分勝手だから自分が良いと思ったら人に勧めて一歩も引かねえんだ。それで今回の事態が発生したんだ」
かつて除隊を決意した誠を強引に連れ戻した強情なかなめの行動様式を思い出して誠は苦笑いを浮かべた。確かに自己中心的で、自分が思ったら誰であろうと巻き込むようなところがかなめにはある。誠にもそれは理解できた。
「西園寺さんが言うには『今回のGⅡのアタシの予想は確実だ!GⅠじゃねえから疫病神のアイツも来ねえ!絶対勝てる!』って技術部員の金に困ってる連中に声をかけて回ったんだ。わざわざ早朝に起きて、競馬好きとして知られている奴の部屋をノックして無理やり押し込んで連れ去るんだ。あの西園寺さんが『絶対来る』って言うんだぞ……怖くてついていかないわけにはいかないだろ?しかも、西園寺さんはオッズが動く位の大金をつぎ込むんだ。連れていかれた全員は持ってた有り金全部そのレースに突っ込む羽目になった」
……さながら、ターミネーターのように。『絶対来る』と言って回り、隊員達を一人ずつ競馬場へと連れ去っていくかなめ。誠はいつも銃を片手に人に銃口を向けることをためらわないかなめにそんなことを言われた技術部員に同情した。
「それで負けたんですね……付き合った人も災難だなあ」
結論は最初から分かっていた。島田を筆頭とする整備班員はほぼ全員が金遣いが荒い。当然金を持ってる隊員など数えるほどしかいない。そうなると整備班員のほぼ全員がかなめに拉致同然に競馬場に連れていかれて有り金全部失ったということは容易に想像がついた。
「あの人の運の悪さはGⅠの度に負けて帰ってくるときに行く西園寺さん『唯一のお友達』のせいじゃ無かったんだ。当然、レースは大荒れで西園寺さんが間違いないって言った本命が落馬で失格してすべてがパー。西園寺さんに脅されて有り金前部突っ込んだ連中はサラ金に金借りて生活費をあがなっている有様だ」
自分では金を貸さず、サラ金を頼れと言うあたりがいかにもかなめらしかった。
「……あの人に『自信』がある時が、一番危ない。実感を込めてそう思います。そう言えば最近、朝に食堂で泣いてる人が居るのはそんな理由が有ったんですね……」
誠できる最大の慰めはそんな言葉を口にすることくらいだった。
「ひどい話だがうちではよくある話だ。それにしてもオメエが声をかけられなかったとは……不思議だな」
「確かにそうですね。僕はギャンブルはしない主義なので。その点についてはカウラさんもかなめさんも理解してもらっています」
誠は目の前に二人もギャンブル狂の女性上司が座ってる事実を知って驚愕した。
「そうだな。どっちかと言うとオメエはちまちま貯金するタイプだもんな。顔に出てるよ、『僕はギャンブルはしません』って。まあ、お前みてえな真面目なやつが1人くらいいねえと、うちはマジで沈むぞ」
島田は好物のから揚げを頬張りながらそう言った。
「……それ、褒めてます?」
島田の軽い口調に誠は嫌な気分になりながらそう返した。
「褒めてんだよ。感謝しろっての」
『スプリットにギャンブル。どっちも『勝ち』を狙ってるけど、俺はたぶん、どっちにも勝てそうにない……』
誠のそんな思いを他所に、島田は笑いながら弁当のごま塩飯を掻きこんだ。かなめの悪行の内容と島田に自分の本質を突かれて誠にできることは照れ笑いを浮かべることくらいだった。