第49話 遼州の英雄譚、再び
「それよりだ。神前に話が有るんだよ、俺は」
嵯峨はそう言うとほこりにまみれた壁に向かって進み、その先にあるロッカーを開けた。紫色の布で覆われた1メートル強の長い物を取り出すと誠に差し出した。
「まあ『ブラッドバス』を作る趣味のあるド変態どもを追っかけるのは安城さん達に任せて」
嵯峨は取り出した紫色の袋の紐を解いた。抜き出されたのは朱塗りの鞘の刀だった。
「刀ですか」
「そう、刀」
そう言うと嵯峨はその剣を鞘からゆっくりと抜いた。厚みのある刀身が光に照らされて光る。明らかに美術刀や江戸時代の華奢な作りの刀ではなく明らかに人を斬るために作られたとわかる光を浮かべた刀だった。
「お父様。それは『賊将の剣」じゃないですか?なんでそんなものを……確かに『光の剣』を使える誠君ならその刀の真の力を引き出すことが出来るかもしれないですけど」
茜がその刃を見ながら言った。聞きなれない響きの言葉に誠達は真剣な表情の嵯峨親子の視線を追った。
「『賊将の剣』……遼州独立の英雄『賊将』バカブが差していたという名の通った業物だ。『賊将バカブ』。遼帝国の開祖女帝遼薫の夫だった人物。神前。お前さんは神前と言う苗字を名乗っているということはお前さんのご先祖様に当たる人だぞ。名前ぐらい覚えておけ。遼州に地球から鉄器が伝わった初期に鍛えられた名刀……まあこの星には鉄とカラシニコフライフルが同時に伝わったわけだからあまり役には立たなかったみたいだけどね。でも『賊将』バカブはこの剣一本で歴史を変えた……バカブは神前と同じ『光の剣』の使い手だと俺は聞いている。ただの地球人の成金を襲うだけのチンピラ盗賊団を率いていた少年が後に将軍として遼帝国の柱石となり遼帝国初代皇帝遼薫を公私にわたって支え、その夫となった男……つまり、神前のご先祖様だ。その戦果は俺もその目で見たわけじゃ無いから分からないけど俺が知ってる範囲ではそれは飛んでも無いものだったという話だ。それほどの遼州人……特に同じ『光の剣』の使い手の神前にとっては因縁深い剣なんだ」
そう言うと嵯峨は電灯の光にそれをかざして見せた。
「一応、神前一刀流の跡取りだ。こいつがあれば心強いだろ?丸太ぐらいは斬ってたもんな、中学生くらいの時には、小学生時代には県大会の優勝常連者だったみたいじゃないの。お前の母さんも鼻が高いと自慢してたよ、あの頃お前さんの家に行くと」
そう言うと嵯峨は剣を鞘に収めた。そのまま袋に収め、紐を縛ると誠に差し出した。
「しかし、東和軍の規則では儀礼用以外での帯剣は認められていないはずですよ……それにそんな貴重な刀……どこで手に入れたんですか?」
自分が射撃で信用されていないことは知っていたがこんなものを渡されるとは思っていなかった誠はとりあえず言い訳をしてみた。
「ああ、悪りいがお前の軍籍、甲武海軍に移しといたわ。俺の甲武での最初の友達に忠さん……ああ、そんなこと言っても分からないか。甲武第三艦隊提督赤松忠満中将ってのが居てね。アイツは俺は餓鬼の頃からの付き合いで色々俺に弱みを握られてるから多少の無理は聞いてくれるんだ。それにアイツは甲武で義兄貴が政権を取ることが出来た戦いである『官派の乱』の時の『民派』の重鎮として海軍内部で忠さんに逆らえる人間はいない。だからこんなウルトラCも簡単にできちゃうわけ。甲武海軍では勤務中は帯剣してもよいという決まりがある。いわゆる『出向』って奴。それとこいつの入手経路は秘密……今のところはだけどね。そのうち話すよ、そのうちね」
嵯峨はあっさりとそう言った。確かに甲武海軍は士官の帯剣は認められている。誠の階級は曹長だが、幹部候補教育を受けていると言うことで強引に押し切ることくらい嵯峨という人物ならやりかねない。
「そんなもんで大丈夫なんか?第一、コイツは法術を発動するとその度に気絶すんぞ。役に立つかよ、そんな剣一本。それよりコイツの銃を新しいのにするとかの方が良くないか?ああ、神前の射撃は期待値ゼロだったな。言ったアタシが馬鹿だった」
かなめは当てにしていないと言うように嵯峨にそう言った。
「無いよりましと言うところか?それにあちらさんの狙いは誠の勧誘だ。例え捕まってもそれほどひどいことはしないんじゃねえの?だったら多少弱い相手ならその剣で普通に戦って、強い相手なら逃げる。丸太を切るくらいだもん。神前よ、格闘戦は得意だったよな?というか、それ以外は何のとりえも無いってランが言ってるよ」
半信半疑の表情のかなめを見やりながら嵯峨はそう言って再び机の端に積み上げてあったタバコの箱に手をやった。
「でもこれ持って歩き回れって言うんですか?こんなものを持って生活してたら不審者そのものじゃないですか!僕をそんなに島田先輩みたいに警察に捕まる常習犯に仕立て上げたいんですか!」
誠は受け取った刀をかざして見せる。
「まあ普段着でそれ持って歩き回っていたら間違いなく所轄の警官が署まで来いって言うだろうな。そうなりゃ島田と同じ警察のお世話になる常習犯になる」
「隊長、それでは意味が無いじゃないですか!」
突っ込んだのはカウラだった。誠もうなずきながらそれに従う。
「そうなんだよなあ。任務中ならどうにかなるが、任務外では護衛でもつけるしかねえかな……困ったな……どうしようか?」
どこか含みのある笑みを浮かべながら嵯峨は誠達を見回した。その何かを待っているような表情が誠には何かの前触れを示しているように見えた。
「叔父貴!下士官寮に空き部屋あったろ!」
急にかなめが頭を突き出してくる。それに思わず嵯峨はのけぞった。
「いきなりでかい声出すなよ!ああ、あるにはあるがどうしたんだ?」
タバコに火をつけようとしたところに大声を出された嵯峨がおっかなびっくり声の主であるかなめの顔を伺っている。
「アタシが護衛に付く」
全員の目が点になった。
「護衛?」
カウラとアメリアが顔を見合わせる。
「護衛……護衛?」
誠はまだ状況を把握できないでいた。
「隊長、それなら私も護衛につきます!」
言い出したのはアメリアだった。宣言した後、アメリアはかなめをにらみつける。
「一人だけ良いカッコなんてさせないわよ」
珍しく対抗心むき出しのアメリアに誠はただあきれていた。
「私も護衛に付く。西園寺は相手を殺しかねない。それを防ぐ意味でも私が護衛に着く必要がある」
カウラの言葉にかなめとアメリアの動きが止まった。
「カウラちゃんが?」
「ベルガー!気は確かか?」
アメリアとかなめがまじまじとカウラの顔を見つめた。カウラは動じることなく自分を納得させているかのようにうなずいてた。
「そうかその手があったか」
嵯峨はそう言うと手を叩いた。しかしその表情はむしろしてやったりといった感じに見えた。その顔にはこれまでの嵯峨の一連の行動がすべて嵯峨の計算通りだったということを証明するような満面の笑みが浮かんでいた。
「隊長!」
誠の声に泣き声が混じる。女っ気が増えるとあって寮長の島田は大歓迎するだろう。その他の島田派の面々は有給とってでも引越しの手伝いに走り回るのはわかっている。
部隊の人員でもっとも多くのものが所属しているのが技術部である。当然、技術部部長代理である島田正人准尉が事実上の技術部の最高実力者と呼ばれるようになっていた。
変わって部隊の男子の第二の勢力と言える管理部だが、こちらは主計曹長の菰田邦弘がまとめ役についている。
ノリで生きている島田と思い込みで動く菰田。数で勝る島田派だが、菰田派はカウラを女神としてあがめ奉る宗教団体『ヒンヌー教』を興し、その厳格な教義の元、結束の強い信者と島田の鉄拳制裁に耐えかねて島田への個人的な恨みに燃える一部技術部員を巻き込み、勢力は拮抗していた。
カウラを『貧乳の守護女神』として信仰する謎の組織、それが『ヒンヌー教』だった。
菰田がその代表を務め、カウラの為なら命も惜しまない変態集団。その犯罪すれすれのカウラへのストーキング行為は時にアメリアのような巨乳女子の嫉妬と怒りを買い白い目で見られ、ランの叱責や鉄拳制裁にもめげず活動を続ける不屈の理解不能な宗教団体とされていた。
寮に三人が入るとなれば、必然的に寮長である島田の株が上がることになる。さらに風呂場の使用時間などの全権を握っている島田が暴走を始めればヒンヌー教徒の妨害工作が行われることは間違いない。
「どうしたの?もっとうれしい顔したらどう?こんな綺麗なお姉さんが三人も来るっていうのよ?」
アメリアがそう言って誠に絡み付こうとしてかなめに肩を押さえつけられる。寮での島田派、菰田派の確執はここにいる士官達の知ることではない。
「ちょっと待ってね。あそこの教育方針は隣の偉い先生の許可が無いと」
嵯峨はそう言うとこの様子を黙って見ていたランに目を向けた。
「まー仕方ねーんじゃねーの?相手が干渉空間を展開できるうえに銃を持ってるとなれば島田の拳でどうにかなる相手じゃねーだろーし。オメー等だったら信用できる」
意外にもあっさりとランは三人の入寮を許可した。
「じゃあとりあえずそう言うことで」
そう言うと嵯峨は出て行けとでも言うように電話の受話器を上げた。結局、この剣も、護衛も、全部嵯峨の手のひらの上で用意されていた……誠はただ苦笑するしかなかった。
「そうですわね。私も色々と着任準備がありますのでこれで」
そう言うとさっさと茜は部屋を出た。
「置いてくぞ!神前!」
かなめが叫んだ。茫然と立ち尽くしている誠を置いてカウラとアメリアが隊長室の扉を出ていった。
「まあね、神前の周りがすこーし騒がしくなるのは俺の計算のうちなんだけどね。まあ、騒がしくなり過ぎて神前の野郎が死なれると俺としても後味悪いからあの剣を渡したわけだが……第二の『賊将』となれるかどうか……俺も生暖かい目で見守ってあげるよ」
嵯峨はそう言うとしてやったりの笑みを浮かべた。




