第48話 帳簿が語る真実
「それがねえ……」
頭をかきながら嵯峨は隊長用の机の引き出しを漁る。1つのファイルをそこから取り出した。
「遼帝国、特務機関一覧?隊長。なんでいきなりそんなものを出すんですか?」
カウラが古びたファイルの見出しを読み上げた。
「この字は隊長の字ですね。それにしてもずいぶん古いじゃないですか。確かにカウラちゃんが言う通りですけど今度の誠ちゃんの襲撃事件とこの古いファイルとどんな関係が有るんですか?」
うっすらと金属粉末が積もっているファイルに目を向けながらアメリアがそう言った。
「まあな。俺が甲武国東和大使館付き二等武官だった時に作ったファイルだ。今回の件……俺の見たところ関係があるような気がするんだよね。だから見せたの」
誠も目の前にいるのが陸軍大学校を首席で卒業したエリート士官の顔もある男であることを思い出した。配属先が東和大使館だったと言うことは嵯峨が当時は軍上層部から目の敵にされていた西園寺家の身内だった為、中央から遠ざけられたと言う噂も耳にしていた。
「そんな昔の話聞くためにここに来たんじゃねえよ!関係がある?じゃあはっきり説明して見せろよ!いつもみたいに誤魔化してお終いなんて言うのは無しだかんな!」
かなめはそう言うとくみ上げた拳銃をまた分解し始めた。
「まあそう焦るなって。10年前の内戦の終結で遼南共和国が遼人民国に名前が戻った時に俺はそこの情報部にコネがあってね、当然そこにある特務機関の再編成をやることになったわけなんだが……カウラ125ページを開いてみろや」
そう言われてファイルを取り上げたカウラが言われるままにファイルの125ページを開く。かなめ以外の面々がそのページをのぞき込んだ。
「『法術武装隊』」
その項目の題名をカウラが読み上げた。
「俺や茜、誠の力をとりあえず『法術』と呼称している元ネタは遼南共和国の特殊部隊の名称から引っ張ってきてるんだ。神前や俺達の力が『法術』と呼ばれる理由についてお前さん達も興味が有るんじゃないかなあと俺なりに気を使ったの」
いかにもどうでもいいことというように嵯峨が吐き捨てるようにつぶやく。
「そんな力の名前がどうこうした話を聞きに来たわけじゃねえ!」
かなめはさすがに勿体つけた嵯峨の態度に怒りを表して手にしていた拳銃を机に叩き付けた。
「じゃあ率直に言おうか?他の特殊部隊、秘密警察の類は関係者と接触を取ることができた。必要な部隊は再編成し、必要ない部隊は廃止した。だが、法術武装隊の構成員は一人として発見できなかった。俺が独自に調べた範囲じゃ大統領命のみで動き、かつて遼州全土で秘密裏に動いていた、法術を前提とした対テロ・対諜報戦専門部隊だったらしい。存在自体が公式には『無かったこと』にされている。その存在を俺が知ることが出来たのも奇跡みたいなもんだ」
姿を消した法術師たちの存在。誠はそれが今回の襲撃とどうつながるのか理解できなかった。
「アタシは遼南共和国軍に居たが、法術師の専門部隊の存在なんて知らねー。軍からも秘匿されていたんだ。当時の大統領のガルシア・ゴンザレスくらいじゃねーかな、その存在を知っているのは」
ランは先の内戦では敗戦側の共和国軍のエースだった。その彼女が知らないなら、相当に秘匿性の高い組織だったと誠にも想像がついた。
「調べ方が甘かったんじゃねえの?大統領は知ってたんだろ?当然、大統領が直接結成したわけじゃねえんだからその設立に関して知ってる役人もいる。そいつ等を徹底的に調べるってことは考え付かなかったのか?」
嵯峨の言葉にすぐさまそう応えてかなめは挑戦的な笑みを浮かべる。隊長の椅子に深く座った嵯峨は大きく伸びをした。
「やったよそんなこと。俺も遼人民国側で戦っててそれなりの地位に居てそれこそ法術の重要性は遼人民国軍の中でも一番知り尽くしていたんだから。それがね、関係者全員の足取りが見事に消えてんだよ、終戦と同時に」
誠は嵯峨が遼大陸で10年前に起きた内戦に関わっていたなどと言うことは知らなかった。その驚きを消し去るくらい、その足取りが消えた法術関係者について興味を惹かれた。
「足取りが消えている?意味が分かりませんが……」
カウラはそう言ってダルそうな嵯峨をにらみつけた。
「死んだなら墓とか遺体とか……最低でも知り合いに死んだという連絡があるはずだが、それが無いんだな、これが。遼帝国が軍を握っていたガルシア・ゴンザレスのクーデターで潰れて内戦が始まった20年前から一人、また一人と姿を消して10年前の終戦の時には誰一人その存在が分かる人間が居なかった……不思議だよね。そもそもそんな組織何のために作ったの?内戦の最中で一番ゲリラ狩りで連中が必要とされている時期だよ……それなのに法術武装隊の活動記録自体がまるで残ってない。つまりこの組織は『設立はされたが何もしなかった』という組織なんだ。不思議な組織だよね」
そう言うと嵯峨は机越しに誠達を見つめた。
「遼の軍人は根性がねえからな。逃げたんじゃねえの?しかし……それにしても……どっかで野垂れ死んだわけでもないだろうな……連中はまだ生きていると?」
かなめはそう言うといつもの癖の左わきの銃の入ったホルスターを叩く動作をする。
「メンバーの名前と顔以外は分からないからそこんところまでは分からないんだ。ただ、『法術武装隊』とか言う組織が俺達みたいな法術を使用する軍事警察だったと推定すればその可能性は高いな。そうなると連中はどこへ消えたのか……距離の概念の無い遼州人にとってはどこに消えるのも自由自在……今どこに居るのかは誰にも分からない。だからこの話はお終い」
そう言うと今度は机の上に乱雑に置かれた書類の山から一冊のノートを取り出してかなめに投げた。
「日記?」
そう言うとアメリアがページをめくる。誠が横目で見るとそこには多くの数字が書きつけられていた。
「違うな。帳簿だろ?手書きってことはどこかの裏帳簿だな」
アメリアから古びたノートを奪ったかなめはぺらぺらとそのページをめくった。誠は古いファイルの次に帳簿を出して来る嵯峨の真意が分からずにいた。
「金の出入り……まあ、一見して分かるようなら裏帳簿の意味はねえ。入金元、振込先。全部符号を使って書いてある。叔父貴、こいつはどこで手に入れた?そしてそんなものをなんでアタシ等に見せた?理由を言ってみろ」
嵯峨はノートの数字を眺めているかなめ達を見ながらタバコに火をつけた。
「『近藤資金』を手繰っていった先、東モスレム解放戦線の公然組織とだけ言っておくか……知ってるでしょ?かなめ坊も。遼帝国で西モスレムの編入を目指してテロ活動を行っている組織。同盟司法局でもいの一番にその危険性が指摘されてる組織だよ。当然お前さん達も知って無きゃいけない組織の名前だ。俺達は『司法組織』なんだから」
嵯峨は誠達が知っていて当然という顔でそう言った。
「東モスレムって。遼帝国西部の西モスレムと昆西山脈を隔てた広大な乾燥地帯ですよね。均田制で重農主義の遼帝国には価値は無いですが北の遼北人民共和国との領土争いを続けている西モスレムにとっては地政学的な価値があると思われてる地域……私も運用艦の艦長で運航部の部長です。当然そんなことは知ってます!」
アメリアは強い調子でそう叫んだ。東モスレムは仏教徒と遼州古代精霊を信仰する人々が多数を占める遼帝国にあって特異な地域として知られていた。イスラム教徒の多く住むその地域は西モスレムへの編入を求めるイスラム教徒と遼帝国の自治区になることを求める仏教徒と遼州古代精霊を信仰する人々との間での衝突が絶えない地域だった。
同盟設立後は西モスレム、遼帝国の両軍が軍を派遣し、表向きの平静は保たれていたが、過激な武力闘争路線を堅持している東モスレム解放戦線によるテロが週に一度は全遼州のテレビを占拠する仕組みになっていた。
「だったら早いじゃねえか。司法局公安機動隊長の安城秀美の姐さんにでも頼んで片っ端からメンバーしょっ引いて吐かせりゃ終わりだろ?」
そう言って笑うかなめを嵯峨は感情のない目で見つめていた。
「それが出来ればやってるよ。なんでこいつが俺の手元にあるかわかるか?」
物分りの悪い子供をなだめすかすように嵯峨は姪を見つめる。見つめられたかなめはこちらも明らかにいつでも目の前の叔父を殴りつけることができるのだと言うような顔をしていた。
「もったいぶるなよ。そうできない理由が有るんだろ?あれか?そのバックに居る西モスレム首長国連邦の横槍でも入ったのか?」
そう言うかなめの目の前で嵯峨は煙を吐く。タバコの煙が次第に部屋に充満し、非喫煙者のアメリアが眉をひそめる。
「まあお前等が知らないのは当然だな。報道管制が十分に機能している証拠だ。4時間前、その組織は壊滅した。俺達のやり方が甘かったのかもしれん。あそこまで徹底的にやられるとは思わなかった。どこかで止められると思ってた。……甘かったな。きれいさっぱり。それこそスポンサーの西モスレムの助けも秀美さん達の確保も間に合わないほど迅速にだ」
相変わらずのとぼけた調子でそう言った嵯峨の言葉に一同は動揺した。
「どういう事だ?じゃあ何でその帳簿が叔父貴の手元にあるんだ?」
机を叩きつけるかなめの右手。嵯峨の机の上の金属粉が一斉に舞い上がり、カウラと茜がそれを吸い込まないように口を手で押さえる。
「夕方、安城さん達の助っ人で出張ってね。東モスレム難民の東和における支援を名目に設立された法人が入っているビルに行ったわけだが、酷いもんだったよ。生存者なし。ああ言うのを『ブラッドバス』って言うのかね。壁と言い床と言い人肉の破片が飛び散っちゃってまあ見られたもんじゃなかったよ」
かなめからノートを取り上げた茜がそれに目を通す。
「この帳簿の符牒の解読を隊長に依頼するためにここに運ばれて来た訳ですね。暗号解読は隊長の十八番ですからね」
アメリアは自分が知りたかった情報はすべて理解したと言うようにうなづいている。かなめやカウラはただ眉をひそめて嵯峨を見つめる。誠は黙り込んで次の嵯峨の言葉を待った。
「その帳簿の出所も含め、私の方でも裏付けを進めておきますわ。法術特捜としても黙ってはいられませんもの。これは機動兵器の出番を要する任務ではありませんわ。まさに足を使って調査を進めるべき事件。法術特捜の真価を発揮すべき事件です」
茜は自信ありげにそう言い切った。
「まあ、こいつと神前に首っ丈の遼州解放をうたう遼州民族主義者達のつながりがあるかどうかは俺もわからん。だが、その手の組織が存在すると言うのは同盟首脳会議でも何度か話題には出てる。そいつらが資金目当てに『近藤資金』と接触することも十分に考えられる話だ。そして今、連中が動き出したと言う理由もわかる……消えた『近藤資金』の幾ばくかを手に入れて活動資金の潤沢なうちに敵対組織を叩いとこうというところなんだろ」
「そうなると一番に対抗して動き出すのは司法局実働部隊。つまり我々です。そしてその機先を制するべく動き出した」
カウラがそう言うと誠の顔を見た。
「そう考えれば帳尻が合う……俺としては避けて通りたかった道なんだけどねえ……面倒くさいんだよな……そういう連中は」
『これらの『大虐殺』の切っ掛け……僕が……引き金だった?』
誠は聞きなれない『ブラッドバス』と言う言葉の意味に取り残された感覚を覚えながらそう思った。
『また自分が渦中にいる……僕の『力』が多くの人の命を奪っている……僕の力の及ばない範囲で……』
口には出さないが、誠の心には冷たい汗が流れていた。
そんな誠の思いとは裏腹に、嵯峨はタバコを押しつぶしたあと、面倒くさそうに椅子をきしませて立ち上がった。




