第46話 法術特捜、始動
「ふうん、そう。かなめと誠君がマブでラブラブねえ」
「まあ仕方ないのではないか?神前は胸が大きい女が好きなようだからな」
誠はかなめの腕からすり抜け、振り向いた。そこにはアメリアとカウラが腕組みをして立っている。
「おお、いたのか。聞かれちまったら仕方がねえな。そういうわけだ。諦めろ、カウラ。それとおばさんにも興味ないみたいだから。アメリアも駄目だな」
「西園寺さん!」
かなめはサングラスを外してアメリアとカウラをにらみつける。誠は半泣きの状態でおろおろとしていた。漂う殺気に誠は少しずつ後ずさりする。一ヶ月間、彼女達の部下をやってきたのは伊達ではない。
「どうされましたの?誠さん」
不思議そうな視線が茜から誠に注がれている。
「おい、神前!何とか言えよ!」
誠のシャツの襟首をつかんでかなめが迫る。
「力で脅すなんて下品ね」
「西園寺の行動が短絡的なのはいつものことだ」
かなめを責めているはずの言葉だが、アメリアとカウラの視線は冷や汗を拭っている誠に向けられている。茜は落ち着いた表情で誠の肩に手を当てる。
「お父様がおっしゃっていた通りですわね。あの誠さんがモテモテだって……」
「こいつがモテモテ?ちげえよ!ちょうどいいおもちゃなだけ!」
そう言うとかなめは誠に荷物を投げつける。
「茜さん。席は用意してあるから、誠君は補助席ね」
「クラウゼ中佐、お気を使わせてしまったみたいで」
茜はそう言うと歩き始めたアメリアとカウラの後ろに続いた。
「それ持ってもっときびきび動け!行くぞ神前」
そう言うとかなめ達は誠を置いてバスに向かって早足で歩き出した。足元に転がるかなめとアメリアのバッグが置き去りにされている。
「まったく、いつもこうだ」
そう愚痴りながら誠は二人の分の荷物も一緒に担いで駐車場の一番奥に止めてあるバスへ急いだ。
「遅いっすよー西園寺さん!」
バスの横の荷物入れの前に立っている島田が叫んだ。そしてその目が誠に向くと明らかに何か含むような笑顔に変わった。
「済まねえ!あと一人は乗れるだろ?こいつ乗せてってくれ」
そう言うとかなめは後ろに続く茜を指差した。
「隊長のお嬢さんですか?まあ乗れますけど……なんでここに?」
島田達は不思議そうな視線を茜に送る。
「ちょっとしたご挨拶ですわ。かなめさん、誠さんが遅れてますけど、よろしいのですか?」
「いいんだよ。あいつなら」
そう言ってかなめはバスに駆け込む。カウラとアメリアがその後に続く。ようやく肩で息をしながら荷物を抱えて走る誠が現れる。
「何だってこんなに重いんだよ」
ようやくバスのところまでやってきて、誠はそのまま路上に腰を下ろした。島田は誠の足元にあるかなめのバッグを拾い、一瞬驚いた後、誠を見つめた。
「これ西園寺さんの荷物か。この格好はサブマシンガンでも入ってるんじゃないのか?」
そう言いながら荷物を客席下の空間に島田が詰めていく。誠はへたり込んだままじっとそんな島田を見上げていた。
荷物を積み終えて扉を閉める島田の前で息を整えようと座りなおしている誠がいた。
「神前。なんか顔色悪いけど大丈夫か?」
心配そうに手を出した島田の助けを借りて誠は立ち上がった。身体の奥、胸の裏側あたりが焼けるように熱い。
視界がかすみ、耳鳴りが遠くで鳴っている。
「……これが、『力』の反動……か」
誠は、自分が『普通ではなくなりつつある』ことを、初めて実感していた。
「とりあえず、バスに乗るぞ」
その様子に少し真剣な顔をしながら、島田は誠を抱えるようにしてバスに乗り込んだ。
「なんだ?どこかおかしいのか?」
島田の肩を借りてようやく立っている様な有様の誠に運転席のカウラが尋ねてくる。
「平気です、何とか……」
島田の手から離れて元気なところを見せようとする誠だが、その足元は誰が見てもおぼつかないものだった。
「かなめちゃんに殴られたの?」
サラが冗談でそう言うが、やりかねないかなめだけに車内の一同が大きくうなずいた。
「うるせえ、サラ!何でいつもアタシがぶったことになるんだ?アタシだったらぶっ叩いたりしねえ。射殺するだけだ。それにぶっ叩くのはランの姐御の専売特許だろ」
もうすでにバスに置いたままだったラムの入ったフラスコを口にしているかなめが叫んだ。
「日ごろの行いだよ、この外道!」
かなめとは犬猿の仲の小夏がそこでかなめを罵る。
「小夏!テメエ表に出ろ!ガキだからって容赦しねえからな」
小夏が席から身を乗り出して後部座席にふんぞり返るかなめをにらみつけていた。
「静かに!」
アメリアの一言で二人は落ち着いて椅子に腰を落ち着ける。騒ぐ要素が無くなった車内が静まり帰った。そうなると明らかに様子がおかしい誠に周りの目が集まる。
「誠ちゃんは具合が悪そうだから奥で寝かせてあげましょう」
アメリアはそう言うと立ち上がって後ろを見た。一番後ろの席で菰田達ヒンヌー教徒から酒を押し付けられていた西と目が合った。
「さあ、神前曹長が大変ですよ!」
にこやかにそう言うと肩を貸していた島田は眼力で西を前の座席に移動させて誠を一番後ろの座席に連れて行く。
「大丈夫?誠ちゃん」
アメリアはそう言って誠の手を取る。横たわった誠が薄目を開けると夕日の赤に染められて紫色に輝くアメリアの長い髪が見えた。
「平気だろ?前だって力を使ったときそのまま気絶したこともあったじゃねえか。たぶん同じ理屈なんじゃないか?まあ叔父貴に後で報告する必要は有るかも知れねえがな」
淡々とそう言うとかなめは菰田達をにらみつける。さすがに命が惜しいので菰田も席を立ち空いている前の席に移る。島田から誠を支えるのを引き継いだかなめがゆっくりと青ざめた表情の誠を寝かせて彼の前の席に陣取った。
「あの程度の力の発動で体調を崩すなんて、誠さんは法術発動の効率が悪いかも知れませんわ。わかりました。しばらくは私が訓練の相手をさせていただくわ。それと誠さんの体調不良の看護。すべて私に任せていただくと言うことでよろしくてよ……法術発動の反動。私も多く経験しておりますの。その対応も私は熟知しております。かなめお姉さま達は後ろの席でその様子を見て学んでくださいな。私は法術特捜の首席捜査官。『特殊な部隊』の一員ではありませんわ……いずれ同じような処置をかなめお姉さま達にもお願いする事が有ります。その参考にでもしていただければ幸いですわ」
いつの間にかかなめの隣にちょこんと座っていた茜にかなめとカウラは驚いた。
「嵯峨茜。貴様が訓練をするというのか?法術師だからと言ってその扱いは横暴としか言えないぞ」
カウラの言葉に棘がある。誠は倒れたままそんなカウラと茜を見上げていた。
「仕方がないことではありませんの?現在、法術特捜の構成員は二人ですわ。とてもこれから多発するであろう事件に対応するには手が足りない状況ですもの。誠さんのお力も借りなければなりませんから。当然お父様もそのおつもりですわよ」
明らかに誠の占有を宣言した茜の態度に不愉快そうにかなめは再びラムをあおった。
「オメエ、基地に常駐でもするつもりか?」
あざ笑うつもりで言ったかなめの言葉に無言で茜がうなずく。そして彼女が冗談を言うような人間ではないことを知っているかなめはただ呆れたように口に咥えていた酒瓶を座席横に置いた。
「仕方ないですわね。上層部は現在法術特捜に必要な人材を集めている最中。しばらくは比較的暇なお父様の『特殊な部隊』の応援で仕事をすることになりそうですわね。それにしても……ガサツな誰かさんと年中顔を合わせることを想像するとうんざりしますわね」
再び皮肉を炸裂させて切れ長の目で茜はかなめを見つめる。その余裕のある態度がさらにかなめをヒートアップさせた。
「何だと!コラ!」
思わず立ち上がったかなめは隣のカウラと誠に付き添っているアメリアに取り押さえられる。
「静かにしないとだめよ!病人がいるんですから!」
再び前の席からアメリアの叫び声が聞こえる。その言葉に間違いが無いので仕方ないと言うようにかなめはうなだれる。一方一人余裕で茜は手にした剣を握りなおしている。
「それにあなた達では神前君の本来の能力を開発することは出来ませんわ。その資格があるのはお父様かクバルカ中佐……それに私だけ」
かなめはその言葉を聞くとうつむいてしまった。誠は二人のやり取りを黙って横になったまま見上げていた。そしてどちらかと言うと冷徹にも見える茜の言葉に一言言いたいと思いながらも自由にならない自分の体を呪っていた。
「出ますよ!座ってくださいね!」
島田の声が響く。バスはゆっくりと動き出した。
「茜さん」
誠はようやく言葉を搾り出せる程度に回復していた。
「何かしら?」
「これからもこんなことが続くんですか?」
誠のその言葉に一同は静まり返った。誠の法術の力を狙っての襲撃事件。二月で2回というのは明らかに多い頻度なのは全員が知っている。
「そうなるわね。私がお父様からいただいたシミュレータと実機の起動時に発生させた法力の展開に関するデータを見させていただいた限りでは、誠さんの潜在能力の高さは驚異的と言っても過言ではないレベルですわ。それこそ数千万人に一人いるかどうか」
「僕が、ですか」
誠はその言葉にうなだれた。一月前にはただの射撃が下手な幹部候補生に過ぎなかった自分がそんな重要な存在になっていた事実に打ちのめされた。
「そして、その精神的弱さも矯正する必要がありますわね」
大きすぎる自分の力。それに振り回されているようで何も出来ない自分。無力感にさいなまれて目をつぶった。茜の指摘するように自分の弱さはメンタルにある事は誠が一番わかっていた。それがどうにかなれば茜の助けを待つことなくあの『革命家』を名乗る男を駆逐することが出来ただろう。そんな想像がさらに誠の心を追い詰めた。
「……寝て起きたら、また誰かを救える自分になってますように」
そう願って、誠はまぶたを閉じた。
誠は目をつぶる。彼を囲むかなめ、茜、アメリアが小声で話し合っているのが聞こえてくる。かなめが声を荒げようとするたびに、アメリアがそれを制している。振動が適度な子守唄となり、交代でカラオケを歌い続けているサラとパーラの歌声が次第に誠の意識を奪っていった。
車内のざわめきが、眠る誠から遠ざかっていく。その隣で、茜は剣に手を置いたまま、窓の外の赤く染まる雲をじっと見つめていた。
「『守る』と決めたからには……私も、譲るわけにはいきませんわね」
その茜の小さな独白は、誰の耳にも届かず、静かに風に流れていった。




