表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の夏休み  作者: 橋本 直
第二章 『特殊な部隊』を支える者達
4/58

第4話 維持費:400億、正義感:プライスレス

 ……『特殊な部隊』には、昼休みにだけ見せるもう1つの顔がある。


 技術部整備班。それは飯と技術と、違法スレスレの情熱の巣窟だった。


 そこでは金に余裕の無い整備班員達と、節約志向の高い管理部のパートのおばちゃん達が整備班員最年少の西高志兵長から仕出し弁当を受取っていた。『特殊な部隊』御用達の仕出し弁当屋はこの基地がある『菱川重工豊川工場』近辺に数ある弁当屋でも一、二を争う安さと旨さを誇る弁当屋だった。


 『菱川重工豊川工場』は斜陽の工場だった。内陸部に位置し、専用の貨物船を国鉄の路線に連結しているものの、ほとんどの物資輸送をトラックでの輸送に頼る時代遅れの物流システムがこの東和共和国建国以来の伝統を誇るこの工場の寿命を縮めていた。今では大型機械の製造など、この『特殊な部隊』のシュツルム・パンツァー、『05式』愛称『ダグフェロン』の製造を行うくらいで、大概の業務は運ばれてくる建設重機の整備やこの工場でしかできない金属の表面加工、そして重工業の工場とは思えないこまごまとした部品製造位のものだった。


 そんな工場の縮小により弁当屋の需要は減り淘汰が進んだ。高くても不味くても量さえあれば売れる時代は終わり、安くて旨い弁当屋だけが生き残った。そんな弁当屋の1つがこの『特殊な部隊』で頼んでいる弁当屋だった。


「神前曹長じゃ無いですか!今日はから揚げ弁当ですよ。250円になります!」


 元気よく誠に声をかけてくる西に誠は小銭入れから取り出した百円玉二枚と五十円玉を手渡した。西は手際よく弁当を誠に渡し、後ろの整備員からまた金を受け取り弁当を渡す。その手際の良さに誠は感服していた。


「島田先輩にこき使われていつも大変だね。たまには他の人達も代わってあげればいいのに」


 誠は弁当を持ち直しながら昼休みだと言うのに一生懸命働いている西にそう言った。人がいい割に気が利く西は首を振ると嬉しそうな表情を浮かべる。


「そんな。僕が好きでやっていることですから。僕の国『甲武国』では僕は平民ですから。あの国は貴族主義の国で階級が全てなんです。年が一番下で階級も最下位の僕がやるのが僕にとっては自然なんです。班長もその点は分かってくれています」

挿絵(By みてみん)

 きびきびと働いて並んでいる整備班員に弁当を配りながら西はそう言った。


「そう言えば島田先輩は?」


 いつもは班長特権のプリンを片手に倉庫の片隅に置かれた手の込んだバイクのわきで弁当を食べている技術部部長代理にして整備班班長、島田正人准尉の姿はどこにも見えなかった。


「第三倉庫じゃ無いですか?今度始まった『プロジェクト』が第二段階に入ったとか言ってましたから」


 サボることなく弁当を配りながら西はそう言っていつもの笑顔を誠に向けてくる。


「じゃあお仕事頑張って!」


 そう言うと誠はそのままシュツルム・パンツァーが並べられているハンガーから武装などを置いている倉庫に足を向けた。


 倉庫の扉を開くと両脇の壁にシュツルム・パンツァー専用レールガンやそのマガジンなどが積み上げられていた。薄暗い倉庫の中をどこから顔を出すか分からない気まぐれな性格の島田を探して誠はきょろきょろと周りを見回しながら歩いた。


「島田先輩!何処ですか!」


 弾薬の格納されたラックが邪魔で見通しがきかない倉庫だが、9メートルの大きさを誇るシュツルム・パンツァー向けの武器を置いてあるだけあって、あちこちに人が入れる程度の隙間がある。島田は時々気まぐれを起こしてそこで眠っていることもあるので油断ならなかった。


 薄暗い倉庫の向こう側に光がさすのが見えた。


「おう!俺を呼んでるのは神前か!ここだここだ!」


 最後のラックの向こう側の広くなっているあたりで島田の叫ぶ声が響いた。


「今行きます!それと『プロジェクト』って何ですか?」


 手に弁当を持ったまま誠は島田の声のする場所を目指した。誠は島田が始めたという『プロジェクト』の内容に興味を惹かれて自然とその足取りは早まった。


 最後のラックを抜けた誠が目にしたのは、まだボディーもエンジンもついていない自動車とそれに群がる島田の部下の数名の整備班員達の姿だった。全員が難しい顔をしてその未完成の車を見つめて話し合っている。


「だからだ。エンジンの馬力を考えてギアの素材には気を使わねえとな。次来るシャフトには色々注文を付けといたから、連中も考えて納入してくるだろう。菱川の技術屋には俺から連絡しておく。それとこのリベットだ。一本ずつ手打ちでやるんだよ。機械でやると、剛性は出ても振動吸収がダメなんだよ。……まあ、こだわりって奴よ。俺達はこの車を一から作ってる。採算なんて関係ねえ。望まれてるのは、ちゃんと動いて壊れない車。それだけだ。じゃあ昼にすんぞ。俺の弁当取って来いよ」


 整備班員の中央で島田がそう言って指示を出した。どうやら島田が始めた『プロジェクト』はこの車をフルスクラッチすることらしい。誠はそう理解すると未完成の車の周りを一周した。誠も理系出身なので、今島田達が作っているのがかなりの馬力を誇るスポーツカーであることくらいは予想がついた。


「島田先輩!『プロジェクト』……って車を作ることですか。それもうちの仕事なんですか?」


 まだ骨組みだけのスポーツカーらしい車を前に誠はそう言った。誠の言葉に整備班員達はあきれ果てたようなため息をつく。

挿絵(By みてみん)

「技術屋はモノを作ってなんぼだ。神前、テメエのシュツルム・パンツァーが壊れたら直すのは俺達だ。この前の出撃でも右腕のアクチュエーターを無理な操縦でぶっ壊したよな?それを直したのも俺達整備班だ。その為の技術はいつも磨いておく。今は出動の機会が無くてシュツルム・パンツァーを修理する機会がねえんだ。腕を腐らせないように何か作っておくのは当然の事だろ?」


 解散した部下達を見送るとあきれ果てた調子で島田はそう言った。茶髪と着ているつなぎの上半身を脱いでその引き締められた筋肉を自慢しているようにも見える自称『硬派』なヤンキー島田の言葉としては珍しく理屈が通っていた。


「確かに『光の剣』を使ったときに無理したのは事実なんで……。でも、そんなもんですか。確かにカウラさんの『スカイラインGTR』も島田先輩達がフルスクラッチしたって言ってましたよね。で、今度は何を作ってるんです?」


 誠は好奇心に駆られてまだ全体像が想像できない程度の骨組みとタイヤしかついていない車を前にそう言った。


「20世紀イタリアが生んだ伝説の名車『デ・トマソ・パンテーラ』だ。廉価版スポーツカーとして開発された車だが、その優秀なフォード製エンジンのせいもあって商業的には結構成功して人気が有るんだぜ。オメエの好きなプラモにもあんぞ、この車」


 島田がバイクや車について語る時はいつものけだるそうな面影は消えて、まるで情熱的な少年な表情が浮かんでいた。島田は特にバイクが好きだが、機械について語る時の島田の表情はまるで純粋な少年のようだと誠は思っていた。周りの整備班員の精強クルーたちも車に夢中で誠にはまるで関心を示していなかった。


「僕は車のプラモにはあんまり関心がないんで……。店に行っても戦車かアニメの美少女フィギュアのコーナーしか行かないんで……それにしても今回作るのはなんでその『でとまそ何とか』にしたんですか?」


 誠は聞いたことの無い車の名前を覚えられずにそうつぶやいた。頭は悪いのに機械の名前を覚えるのだけは早い島田はあきれたような顔で誠を見つめた。


「『デ・トマソ・パンテーラ』だ。うちで3番目に作った車を買った地球の大富豪のご指定だ。渋い趣味してるよな……俺は嫌いじゃねえ。車はなんと言ってもパワフルなスポーツカーに限るよ。高級乗用車なんか糞くらえだ」


 島田はそう言ってまだ半分も完成していない車のシャーシに目をやった。


「売ってるんですか?ここでフルスクラッチした車。良いんですか?そんなことして。東和と地球って国交無いじゃないですか。密輸ですよ、それ。しかもここの工具って部隊の備品ですよね。それを利用して作るって……公私混同じゃないんですか」


 平然と違法行為をほのめかす島田の言葉に誠は驚いてそうツッコんだ。


「あん時は流れでそうなったの!うちで作ったのを全部売ってるわけじゃねえ!うちの部隊の隊員用に作った車も二台ある!」


 島田は無茶な理屈を立ててそう反論してきた。周りの隊員達も腕を組みながら島田に賛同するようにうなずいていた。


「これまで四台作ってうち一台を売却……そして五台目も売却用に作ってる……これって『私的流用』って言いません?普通」


 少ない語彙力を振り絞って絞り出した『私的流用』と言う難しい言葉で、同じく難しいことが苦手なヤンキー島田を追い詰めるには十分だった。


「『私的流用』?上等じゃねえか!俺達は技術でテメエ等パイロットの命を守ってやってんだ!技術を磨くことに一生懸命だって褒めてもらいたいねえ。オメエには無茶をやってまで技術を磨いている俺達を褒める義務は有っても責める権利はねえんだ。よく覚えとけ」


 そう言って島田は完全に開き直る。脳みその代わりに筋肉が詰まっている島田の論理はいつも滅茶苦茶だった。そしてその滅茶苦茶についていく整備班員の中でもエースと呼ばれる精強メンバーたちは誠達を無視してそれぞれにこの車の次の工程に関して笑いあっていた。


「確かに技術を維持するのが必要なのはわかりますけど……その点ではいつも感謝しています」


 確かに前の出動でも誠のシュツルム・パンツァー『05式乙型』に作動不良は一切起きなかった。それもこれも島田を中心とした精強メンバーのおかげである。誠はその事には感謝した。


「そうだろ?じゃあいいじゃねえか!文句は言うな!」


 コミュニケーション能力に欠陥のある誠には島田の強引な理屈をねじ伏せることなどできなかった。


「まあいいわな。俺の『私的流用』ってことにしといても結構だぜ。まあ俺の技術の師匠にあたる人が車を作るのが技術の維持に一番いいって言うんだ。それでいつも車を作ってる。バイクはちょっと構造が単純すぎるらしい」


 バイクをこよなく愛する島田としては車よりバイクの方が作りたいのだろう。明らかに島田はバイクと言う言葉に力を込めてそう言った。


「はあ……だから車を作ってるんですか」


 おつむの程度が鶏並みの島田に『私的流用』をするなどと言う知恵が自然に生まれるわけは無かった。恐らく島田の技術の師匠にあたる人がこの島田に犯罪行為をするように仕向けていると誠は思った。


「そういうことで、まず最初に作ったのはうちの運用艦の操舵手をしているいつもガム噛んでるねーちゃんが頼んできた『カローラレビントレノ』、形式名『ÄE86』だ。これも20世紀の日本が誇る伝説の名車だ生産台数はそれほどでもないがのちにリバイバル版が作られたほどの人気車だ」


 運航部のアメリアの隣の席に座っている灰色の髪を長くのばして、勤務中でもいつもガムを噛んでいるその女性隊員のことを思い出した。そして彼女が白と黒のツートンカラーの旧車に乗っていることは誠も覚えていた。


『ルカか?アイツは『走り屋』なんだ。特に峠下り、この県にはそんな峠はあまりないが野州県の北まで行くと、結構マニアが集まる有名な峠が有るらしい。まあ、私には峠攻めは興味が無いがな』


 800馬力の『スカイラインGTR』を得意げに運転しているカウラが以前そんなことを言っていたのを誠は思い出した。


「あのねーちゃん趣味がいいなあって思いながら作ったもんだなあ……今でもあのねーちゃんそいつに乗って休みになると峠を攻めてるらしい。馬力こそカウラさんの車に負けるが車体が軽いのと水平対向エンジンで車高が低いのが売りでね。峠下りとか運転技術が試される場面ではそれが生きる訳だ」


 かつて自分が作った車の性能を自慢する気満々と言う調子で島田の演説は続く。


「次に作ったのは『ランボルギーニ・ミウラ』。流れるような流線型のボディーが特徴のすげえカッコいい車だ。これは俺が『スタイルがかっこいいから』と言う個人的趣味で作ったんだが……」


『え、そんな車、見たことないけど……』


 技術部員の野郎共が給料のすべてをつぎ込んで買い込んだスポーツカーの群れの中に誠はそんな流線型のボディーの車など一度も見たことが無かった。誠が整備班員達に目を向けると彼等は明らかに後ろ暗い事が有るとでもいうように目を逸らした。


 そこまで言ったところで島田の言葉が詰まる。ただ、誠としては『かっこいい』と言う理由だけで車を作ってしまう島田の頭の単純さと技術力に感心していた。


「流線型のボディーの車?そんな車うちの駐車場で見たことありませんよ。誰が乗ってるんですか?その車……って、それを売ったんですね?」


 誠は覚えのない流線型の車を想像しながら島田に尋ねた。そしてそれが島田が欲にまみれるきっかけになったのだろうと想像がついた。


「いやあ……最初は完成したのをネットに載せて自慢してたんだ。『俺達の技術力で作れない車はねえ!』って感じで結構閲覧数とか稼いでいい気になってたんだけどな」


 また島田の言葉は急に歯切れが悪くなった。それまで今回のプロジェクトについて雑談していた整備班員達もまるでそれに合わせたかのように黙り込んだ。


「自慢してた割にどこにも無いじゃ無いですか。その『ランボルギーニ・なんとか』」


 犯罪者を追い詰める刑事気取りで誠は島田を問い詰めた。実際、島田達のやっていることは東和共和国では立派な犯罪行為だった。


「だから『ランボルギーニ・ミウラ』だって!そのネットの写真をどこで手に入れたか知らねえが地球の大金持ちが見て『それを売ってくれ』って言ってきたんだ。東和は地球圏からはネットは遮断されているはずだからどうやってそれを見たのかは知らねえが……」


『壁に耳あり障子に目あり』。誠の語彙力は少なかったが、島田の軽率な行動にそんな言葉を浴びせたい衝動に駆られていた。そして、島田と同類の馬鹿が地球にもいるのかと、いつもは地球人には恐怖感しか感じない遼州人の誠は地球に親近感を感じていた。


「ああ、班長。弁当持ってきましたよ!」


 弁当を取りに第一倉庫に行っていた島田の部下達がそう言いながら島田に弁当を手渡した。整備班員達は島田に全責任が有るとでもいうように弁当に群がり誠の会話を無視することを決めたようだった。


「あんがとな。なんだ、神前も弁当持ってるじゃねえか。一緒に食おうや」


 そう言うと島田は230ミリロングレンジレールガンのバレルの上に腰かけた。仕方なく誠もその隣に座り、弁当のふたを開けて昼食を開始した。


「そんな、話題を変えないでください。売ったんですね……でもこれ何度も言いますけど『密輸』ですよ。しかも警察がやっていいことじゃ……」


 正論を唱える誠にヤンキーである島田は相手にならなかった。


「いいか神前。『作ったら見せたい』『見せたら売れた』……そこに悪意はなかった。あったのは、技術と情熱だけだ」


 誠はごまかそうとする島田の言葉を遮ってそう言った。


「話題を変えてるつもりはねえんだが……まあ良いか。唐揚げか!俺の好物なんだ!」


 弁当箱の箱を開けた島田が嬉しそうにそう言った。誠はその歓喜の表情を見るとため息をついた。


「島田先輩!やっぱり話題を変えてるじゃないですか!『密輸』ですよ『密輸』!どうせ税関通さずに『軍事機密物資』とか名前を変えて運んだんでしょ……そんなこと警察がやっていいんですか?うちって一応『軍事警察』なんですけど」


 弁当のふたを開けて叫ぶ島田を誠が追い詰める。整備班員達はその様子を見ながら黙って弁当を食っていた。


「確かに『密輸』だよ。『軍事機密物資』ということで遼州系に駐留している米軍経由で運んだのも当たり。でも、それなりに良い金額提示してくれてたんだ。しかも、その輸送にかかる賄賂とかの諸費用も全部相手持ち。いい話じゃねえの。しかも車の本体価格はそれこそ目玉が飛び出るくらいの金額を提示してくれたんだ」

挿絵(By みてみん)

 島田は唐揚げを口に運びながら当時の金に目がくらんだ自分を反省すること無く、逆に自慢するかのように誠にそう言った。


「それにだ。テメエが以前拉致られた時にそれを指示したのはイタリアの宝飾品を密輸しているマフィアじゃねえか。アイツ等なんて銀座通りに堂々と店舗まで出してたんだぜ。それに比べたら俺達のやってることなんてかわいいもんだよ。うちは店までは出してないぜ、看板も掲げてない。隠れてやってるんだ。悪いことをしている自覚もある。随分マシだろ?連中より」


「そんなマフィアのやってることと警察のやってることが同レベルだったら世の中おかしくなっちゃいますよ!」


 誠は島田の自分勝手な理屈に文句を付けながらも、誠が部隊に最初に迷惑をかけた自分が『法術師』狩りをやっていたマフィアに拉致された事件のことを持ち出されると、照れ笑いを浮かべた。それでも誠は持ち前のまっすぐさから目の前のヤンキーに騙されまいと追及を続けた。


「それはそれ。これはこれです。それにうちは一応『武装警察』でしょ?警察官が自ら『密輸』なんてして許されるんですか?許されないでしょ?それにですよ。地球圏ではガソリンエンジン車の使用が禁止されているはずです。その買った人は何に使うんですか?」


 真剣な様子で誠は矢継ぎ早に弁当を掻きこむ島田に向けてそう尋ねた。島田は唐揚げをのどに詰まらせて(むせ)ながら誠の話を聞いていた。


「そりゃああんだけの大金を現金で用意できるなんてご仁だ。自分の家の庭にサーキットでもあるんじゃねえの?地球圏だって私有地でガソリン車乗るのは自由だって聞いてるぞ」


 部下が差し出すお茶を飲んで一息つくと島田はそうつぶやいた。その部下も誠の詰問から逃れるべくすぐにその場を立ち去った。


「結局その売り上げた大金っていくらだったんです?入ったお金に対して税金は払いました?『密輸』ですよね。払ってないでしょ。それこそ警察が所得税の脱税までしてたらシャレにならないですよ」


 誠は梅干を口に運ぶ島田を詰問した。


「運送費と諸経費込みで1,200億円。税金は払った!しっかり取られた!800億も!ひでえ話じゃねえかこれじゃあ手元に400億しか残らねえ。ひでえはなしじゃねえか!」

挿絵(By みてみん)

 本来は『部隊の技術の向上のため』に始めたはずなのに島田の頭の中は金のことで一杯になっていた。誠が周りを見回すと整備班員達の目にドルマークが浮かんでいるように見えた。


「それでも400億もあるじゃないですか。そのお金……どうしたんです?全部島田先輩が個人的にバイクの部品に使ったんですか?使いきれないですよね?どうしたんです?」


 誠は司法局の一員らしく、犯人を自白させるような気分で島田を追い詰めた。


「いやあ、隊長に税金のことで相談した時にクバルカ中佐に事がすべてバレてね。『俺達の金だ』って言ったのに『これを作るのには部隊の備品を使ってる!この金は部隊の金だ!』って言われちゃって……そのままその日は一日中ハンガーで全員正座。しかも竹刀を持ってたるんでるとか言って中佐がそいつをどつきまわすんだ。あれは拷問だぜ……ここは何時から禅寺になったんだ?あの人は何時から禅坊主になったんだ?」

挿絵(By みてみん)

 意外な話だったが、いかついヤンキーにしか見えない島田はあの『永遠の8歳児』クバルカ・ラン中佐には頭が上がらなかった。島田が時々しでかすバイク泥棒をはじめとする違法行為をすべてランがもみ消していてくれるおかげで島田はまだ娑婆(しゃば)で生活することができていた。


「結局、クバルカ中佐に取り上げられたんですか……それにしてもそんな大金があるのに何でうちは予算が無いんです?400億あればシュツルム・パンツァーの中古くらい買えますよ」


 誠は何かあると予算不足だと言われて諦めさせられていることを思い出してそうつぶやいた。


「その金は一般予算には組み込まれてねえよ。『福利厚生費』の『予備費積立金』としてプールされてる。だからこうしてこうして次の車を作ることができるんだ。今回の西園寺さんとアメリアさんの企画した合宿の半分もそこから出てるんだぜ。野球部の一員のオメエには感謝してほしいくらいだ」


 島田は今度は恩着せがましい調子で誠に向けてそう言ってきた。


「……維持費400億。『正義感』はプライスレスってか……。誰かに怒られないと、俺たち本当に腐りきるな……」


 それは、誠がこれまでに聞いた中で最も『現実味のない福利厚生費』だった。400億円。それが『福利厚生費』として眠ってる……?誠は思わず弁当の箸を止めた。胃が動くのをやめたような、目に見えない手が背中を撫でていったような、そんな感覚が誠を包み込んだ。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ