第35話 自分本位なサイボーグ
「はい!到着。ああ、お腹空いた。まったくかなめちゃんの身勝手にも困ったものだわ。いくらお姫様だって一般人をこんなひどい目に遭わせて……いずれは甲武でも革命が起こってマリー・アントワネットみたいにギロチンにかけられちゃえばいいのよ!」
町営球場からの五キロのランニングを終えて、アメリアはホテルの前で腹立ちまぎれにそう言って立ち止まった。
「この暑い中人を走らせておいて自分はクーラーの効いたワゴン車で移動する。西園寺は鬼だな。今回ばかりは何時も無茶ばかりのクラウゼの言うことに同意せざるを得ない」
珍しく感情をあらわにしてカウラがそう言った。それは午後の自由時間に趣味のパチンコができないイライラがそう言わせているのであろうと誠は思った。
「じゃあ海ですから。水着に着替えますんで部屋に行って荷物取ってきます!」
誠はそう言うとランニング用のジャージから着替えるべく宿泊しているホテルに向けて走り出そうとした。
「おい、神前。オメエは俺の舎弟だよな?じゃあ俺の分も頼むわ。菰田の分はいい。アイツはマネージャーだから自分のことは自分でしろ。あんな奴の為に未来のうちのエースの肩を使うのはもったいねえ」
誠は自分勝手でいつもヤンキー気取りで自分を舎弟扱いして来る島田の言うことにはもう慣れてきていたのでそのままにホテルのロビーに向けて走り出した。
誠は相変わらず豪華すぎるホテルの建物に入り、ロビーに駆け込んだ。
「304号室のカギください」
誠は受付でそう言うと上品な初老の受付からカギを受取り、そのまま廊下を速足で歩いた。
「冬にもここに来るのかな……そうなると豪華なホテルもしばらくは見納めか……でも冬には何をするんだろう?キャンプファイアーでもするのかな?」
エレベータで三階まで上がり、誠達には上品すぎる部屋に入ると島田の旅行バッグと自分のバッグを両手に抱えてそのまま元来た道を引き返した。いつも秒刻みで命令を出して来る島田に合わせて誠はそれは必死になって急いで行動した。
「さすが神前は早いんだな。野球部以外の連中と月島屋の女将が海水浴場のバーベキュー場で昼飯の準備をしているはずだ。海に行くぞ」
かなめはそう言ってまだ部員全員が集まっていないというのに誠と島田だけを連れて海岸に設けられているというバーベキュー場に向けて歩き始めた。
「冷たいですね、西園寺さん。たまにはカウラさんたちも待ってあげたら?」
自分もカウラ達を待たずにかなめに付いて歩き出しておきながら誠はそんなことを口にした。
「良いの良いの。飯は逃げねえから。それに空腹は最大のソースって言うだろ。ああ、早く泳ぎたいなあ」
こちらも能天気な島田は彼女のサラを待つことなく先頭を切って海に向けて歩き出す。
「酒の用意はあるんだろうな……。海じゃあアタシには他に楽しみなんてねえぞ。沈む身体で海なんて……他に何の楽しみが有るんだよ」
海に入ると沈むサイボーグの身体の持ち主のかなめはそう言いながらノロノロと歩き始めた。
「西園寺さん、サイボーグだから沈みますよね。でもだからと言って他人に酒を勧めるのはダメです。他の人は泳ぐんですから。事故の元です」
誠はいつも通り知っている海のマナーを言ってのけるが、誠自身『もんじゃ焼き製造マシン』と呼ばれるくらい車の移動に弱いので海水浴場に行ったことが無かった。それでも飲酒しての海水浴で水死する事件があることくらいの知識は持っていた。
「いいじゃんいいじゃん。俺達は『特殊な部隊』って呼ばれてるんだ。そんな俺達に社会常識が通用するか!」
こちらも社会の正道とは常に反した行動を取ることに慣れている島田がそう言って誠の肩を叩く。
「全く……何が起きても知りませんよ」
誠はかなめと島田なら何をしてもおかしくないと半分諦め気味にそう言った。
「何かが起きた時はアメリアが責任をとりゃあいい。アイツが一番階級が上だ。しかも今回の旅行の幹事。責任を取るのは当然だろ?」
かなめは調子よくそう言った。誠はかなめの自己中心的な態度に呆れながら坂道を下って堤防の向こうに見えてきた海に目をやった。
誠達が到着した浜辺にはすでに観光客達がそれぞれにビニールシートやビーチパラソルを用意して場所を確保していた。
「留守番組……ちゃんと場所は取ってあるのか?」
島田が先導した先はバーベキュー場ではなく海水浴場の浜辺だった。
「西園寺さんも心配性だなあ……月島屋の女将がついてるじゃないですか。平気ですよ。きっと最高の場所を確保しているはずです」
ぎっちり場所を占拠している海水浴客達を見ればかなめの心配も当然だった。
「でもあれだけのホテルで、ホテル自体が西園寺さんが来るために建てられたんでしょ?じゃあ『プライベートビーチ』くらいあっても良いんじゃないですか?」
誠はかなめのお姫様ぶりを見せつけられてきたのでためしにそう言ってみた。
「最初は被官からそう言う提案もあったんだ。でもなあ……」
苦笑いを浮かべながらかなめはつぶやいた。
「でもなんですか?」
「庶民派で売ってる政治家の娘専用の施設を建てようってだけで甲武国では色々波風が立つんだ。そこにプライベートビーチを作るなんて言ったら問題になるだろ?アタシなりに親父には気を使ってんの!神前も少しは考えろ」
かなめはたしなめるように誠にそう言った。
「西園寺さんはお父さんを気遣ってその申し出を辞退したんですか?偉いですね。なんやかんや言いながらお父さんの事、尊敬してるんじゃないですか?」
珍しく誠はかなめの言葉に感心してそう言った。
「まあ、それは口実。アタシは根っからの庶民派でね。プライベートビーチなんて気取った物は嫌いなの。イモ洗いになってる海水浴客を見ながらのんびりと酒を飲む。それがアタシの楽しみ。こっちが泳げないのを良いことに優雅に海水浴を楽しんでる様を見せられるなんてうんざりだ」
それはかなめの他人に対する嫉妬がもたらした歪んだ意見だった。
「なんだか歪んでますね、その考え方。西園寺さんももっと他人に優しくした方がいいですよ」
「うっせえな!バーカ!」
誠は他人の不幸を肴に酒を飲もうというかなめの魂胆に心底呆れながらそう言った。
「それにしても留守番の連中はどこ取ったんだ?目立つだろ、うちのパラソル。ってどこも派手なパラソルばっかだな……これは探すのは骨かな」
海岸線沿いの道路。一同は歩きながら浜辺のパラソルの群れを眺めていた。赤と白の縞模様のパラソルを5つ備品として保存されていたものを倉庫から引っ張り出してきていた。
「どれも同じ様なのばっかりじゃん。分からないっすよ」
島田が一番にあきらめて歩き始める。誠もどうせ分からないだろうとそれに続く。
「月島屋の女将は……結構几帳面ですから、いい場所取ってるんじゃないですか?」
いつも通っている月島屋で注文1つ間違えない女将の手際を思い出しながら誠は砂浜を見渡した。
「あれじゃねえか?……バッカじゃねえの?」
かなめが指差した先には、『必勝遼州同盟司法局』というのぼりが踊っていた。野球チームの用具部屋の奥にあったそれである。
「アホだ……」
思わず誠はつぶやいていた。
「誰も止めなかったのかよ、あれ」
そう言うとかなめは足を速めた。さすがにいつもより心の広いかなめでも恥ずかしくなったようだった。
「島田先輩、何とかしてくださいよ」
さすがに誠も留守番組の暴走にはあきれているようだった。とりあえず目的地がわかったことだけを考えるようにして海に沿って続く道を進む。
「やっぱ菰田がピッチングマシンを返しに行ったワゴン車にここまで乗せてもらえばよかったかな?」
暑さに閉口したかなめが思わずそう口にしていた。
「ずるいですよ、西園寺さん。でもこれだけ暑いと……アイスでも食べたくなりますよね」
そんな誠の言葉にかなめの視線が厳しくなる。
「それはお前が買え。アタシはあそこまで行ったら誰かが隠れて買ってきた缶ビールを奪い取ってその場で飲む」
かなめらしい発言に誠は思わず苦笑いを浮かべた。
「しかし暑いですよねえ……」
浜辺の照り返しのまぶしさと熱気が誠の口からそんな言葉を吐かせた。
「他に言うことねえのかよ?話は変わるが気をつけろよ」
急に緊張した面持ちでかなめはそう言って誠に向けて向き直った。
「何がですか?」
少しうつむき加減にかなめがサングラスをはずす。真剣なときの彼女らしい鉛のような瞳がそこにあった。
「今日のアンとか言う少年兵だ。ベルルカンの少年兵上りとなると結構扱いが微妙だぞ」
誠は残ったビールを一気に流し込むようにして飲むと、缶をゴミ箱に捨てた。
「でも……おとなしそうないい子じゃないですか」
大人しそうで真面目な少年。アンに対する誠のイメージはそんな感じのものだった。
「見た目はそうだな。でも民兵に軍の規律は通用しねえ……自分が生き残るためには何をするかわからねえ連中だ……『仲間』だと思ってると痛い目見るぞ。東都戦争じゃそれで痛い目見たことがあるからな……『少年兵上がりは危ない』ってのが戦場の常識だ」
それだけ言うと、かなめは再びサングラスをかけた。
「まあそれぐらいにして……今日は仕事の話は止めようや。とっとと付いて来いよ!」
そう言うとかなめは急に駆け出した。
「西園寺さん!待ってくださいよ」
かなめと一緒に駆け出した島田の姿を見て誠は必死になってその後ろを駆けていった。
「西園寺さん早いんですね……って三人だけですか」
荷物をバンに積んでいたため先に着いていたひよこはピンク色のワンピースの水着姿に着替えを済ませていた。
「迎えに来たんだ……ちょうどいいや。アタシも着替えるわ」
身勝手なかなめはそれだけ言うと海の家に向けて歩き出した。
「西園寺さん置いて行かないでくださいよ!僕も着替えます」
誠は持っていた自分の荷物を抱えたまま、ひよこに預けていた自分の荷物を持って海の家に走るかなめを見て、手にしていた島田の分の荷物も左手に持ったままかなめの後に続いた。




