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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の夏休み  作者: 橋本 直
第十三章 『特殊な部隊』の野球練習

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第34話 華麗なる守備(※サラを除く)

「じゃあ、今日は守備練習な!ピッチングマシンが使えねえし、ここを借りてる時間も打撃練習をするには心もとねえ。時間は限られてるんだ。とりあえず、レギュラー陣中心で行くからな!」


 かなめのレギュラー外しの残酷な一言にレギュラーでは無い野球部員達のブーイングが上がる。


「そんな……せっかくこんな立派なグラウンドを借りてるのに。誠ちゃんに私の『特殊な部隊のファンタジスタ』と呼ばれている華麗な打撃を見せてあげたかったのに」


 誠との投球練習を終えてレガースを外したアメリアがそう言ってふくれっ面をする。


「そうですよ。こんな広いグラウンドを使っての練習なんてめったにできないんですから……俺の長打力の見せ場が無くなるじゃないですか!」


 彼女であるサラの前で良い恰好をしたかった島田もアメリアに同意して異議を唱えた。

挿絵(By みてみん)

「そりゃあ一日中ここを借りられればそうしたかったが、なんでも午後は近くの高校生が使うらしい。それにあれだ、帰ったら浜辺でバーベキューが待ってるんだぞ。食いたくねえか?午後は自由行動で海で泳ぎ放題だぞ。泳ぎたくねえか?」


 かなめは次第にお腹が空きだした野球部員達にそう言って諦めに誘う。その言葉を聞くとアメリアはサードの位置へ、島田はセンターの守備位置に向けて歩き始めた。レギュラー以外の野球部員達もそれぞれに広いファールグラウンドでキャッチボールや素振りを始めた。


「大体アメリアが今回の合宿の幹事なんだ。アイツが言うにはうちの部員は丸一日の練習には体力不足だって言うんだ。いつもあんなにランニングに時間割いてるって言うのに。アタシとしては一日中練習ってことでよかったのによう」


 かなめは愚痴るようにショートの守備位置についたカウラとキャッチボールを始めたアメリアをにらみつける。


「そんな、この暑いのに午後もずっと練習なんてやってられないわよ。折角海に来たのに浸からずに帰るなんてかなめちゃんこそ無茶言うわね。それに今の時間からだとあと一時間くらいしか練習できないわよ。着替えたりしたら本当にお昼過ぎちゃう」


 短時間の守備練習しかできないことを責められてアメリアはそう言い返す。


「うっせえ!あのバッティングセンターのオヤジがいけないんだ!おい!そこ!菰田はもう起きたか?」


 ダグアウト前にたむろしていた補欠の野球部員達にかなめが声をかける。


「ああ、西園寺さん。俺はひよこのおかげで何とか元気してますよ」


 マネージャーの菰田は野球部員達を押しのけてダグアウトから顔を出した。


「冬合宿では東都までちゃんとしたマシンをオメエが取りに行け。ちゃんと予約はしておくから。三軸式のフォークが投げれる奴を借りる。リーグにも何人かフォークを投げるピッチャーが居るからなそれの対策だ」


 かなめの視線はもうすでに冬の合宿を見つめていた。


「ひどいですよ西園寺さん。また俺に面倒ごと押し付けて……。それにここから東都だと本当に俺一人だけここに素泊まりになりますよ!昨日のバーベキューにはA5の和牛が出たんですよ。あれが俺だけ食えないなんて不公平じゃないですか!」


 無茶な頼みをされて菰田は困ったような顔で猛抗議を始めた。


「グチャグチャ言うな!オメエはマネージャーとして野球部に置いてやっているだけで感謝すべき存在なんだ。面倒はすべてやるのがマネージャー。そんなに肉が食いたければ帰り道でステーキハウスにでも寄れば良いじゃねえか」


 かなめはいつもの自分勝手さで菰田の要求をはねつける。


「菰田、頼む。これも野球部の為だ」


 セカンドの守備位置に着いたサラにボールを投げながらカウラはそう言った。カウラの言葉で菰田の表情は急に明るくなった。


「はい!当然ですね!それはマネージャーの仕事ですから。ベルガー大尉のお役に立てるのならたとえ火の中水の中……ステーキくらいどこでも食えますよ……ベルガー大尉に会えない方が俺は嫌です」


 カウラの言葉にすっかり態度を変えて菰田はそう叫んだ。


「まあ、うちは守備が問題だからな……とりあえず守備練習の時間が取れるだけ良かったということで」


 諦め半分にかなめはそうつぶやいた。誠はマウンドの上でその様子を眺めながら菰田に少し同情していた。


 投球練習を続ける誠の前でレギュラーの野球部員達はそれぞれの守備位置についた。


「サラさんがセカンドなんですね……器用なんですか?サラさん」


 自慢のスライダーを何度も大野にパスボールされるのに飽きて、誠は隣に立つかなめに声をかけた。


「サラさんは下手だ。あの人も一応『ラスト・バタリオン』だから遺伝子レベルで体力は強化されて製造されているはずなんだが……」


 大野はため息交じりにそう言った。かなめは頭を抱えながら下手とは見えないボール回しをするサラを見守っていた。


「あの子は特別製よ。体力は普通の女の子並み。『ラスト・バタリオン』の製造は『ベルルカン第四帝国』の敗戦が濃厚になってから急ピッチで行われたから当然目指した性能を発揮できない個体も存在したわけ。それがサラ」


 こちらは補欠らしいパーラがそう言ってため息をついた。


「じゃあなんでレギュラーなんです?パーラさんとか隊の体力強化のトレーニングで僕についてこれるくらい体力有るじゃないですか。セカンドはパーラさんが守れば良いのに」


 誠は不思議に思ってかなめに尋ねるが、かなめは誠を無視してバットを片手にバッターボックスへと向かった。


「サラがレギュラーじゃなきゃ島田君が納得しないのよ。自分の良い格好を同じグラウンドで見てほしいんですって。だから、うちの守備ではサラが穴。相手もそれを知ってるからわざとサラの前にプッシュバントなんかして揺さぶりをかけるんだけど、ピッチャーの島田君はフィールディングもぴか一だからほとんど捕っちゃうわけ。それでも捕れなかったのは大体サラがよたよた走って行ってファーストに投げるんだけど、サラの肩じゃあ足の速いバッターならまずセーフね」


 そう言ってサラは外野でボール回しをしている島田を恨めしそうに見つめた。島田の非常識は今に始まったことではない。それに島田無しではこのチームは回らないだろうことくらい誠にも分かった。


「島田先輩は自分の思う通りにいかないと怒りますからね。大人になり切れていないんですよ。まだ高校生のヤンキー並みの感覚で生きてるんじゃないですか?まったく迷惑な話だ」


 誠はそう言いながらカウラとアメリアからの送球を時々落とすサラの姿にため息をついた。


「それじゃあ始めんぞ!」


 マネージャーの菰田が抱える軟球の入ったかごからその1つを取り出したかなめがバットを構えてノックの体制に入った。


「じゃあ、アメリア!行くぞ!」


 そう叫ぶとかなめは鋭いスイングでバットを振りぬいた。ノックの打球は誠がこれまで見たことが無いスピードでアメリアの脇を通過していく。

挿絵(By みてみん)

「この打球を捕れって言うの?無茶言うわね。かなめちゃん張り切りすぎよ。こんなの捕れる訳ないでしょ?ちゃんと手加減してよ。それともその義体の性能の自慢?それこそ迷惑な話だわ」


 アメリアは守備位置を一歩も動かず次のノックを始めようとするかなめに向って叫んだ。


「文句言うな!四番サードをご所望なんだろ?それこそスーパープレーの1つも見せてくれや。それじゃあ、もういっちょ行くぞ!」

挿絵(By みてみん)

 かなめはそう言うと今度は少し加減をしてわざとサードベース上フェアーゾーンぎりぎりに打球を飛ばす。アメリアはそれをジャンプ一発でつかむと、不安定な態勢のまま視線も向けずにファーストに向けて送球した。その送球はものすごい勢いでぼんやりと立っていたファーストのミットの真ん中にまっすぐ吸い込まれる。


「凄い……完全にアウトのタイミングだ。あれじゃあ四番サードにアメリアさんがこだわるのも分かりますよ。スーパープレーですよ今の!」


 その名人級の守備に誠は感心したようにレギュラーでは無いので一人ノックをファールグラウンドで見守っているパーラに声をかけた。


「アメリアはああいったファインプレーは多いのよ。ヒット性の当たりをジャンプ一発で捕って、振り向きもせずにストライクの送球をするスーパープレーは敵も警戒してるわ。でも真正面のゴロをわざとトンネルしたり、明らかに自分の守備位置に飛んだ打球に全く反応しなかったり……下手をするとかなめちゃんより我がままかもしれないわね。明らかにサードの守備範囲に転がってきたゴロを処理させられるショートを守るカウラも大変だわね」


 パーラは呆れたようにアメリアのむらっけのある守備について誠に説明した。


「じゃあ、次!ショート!」


 五球ほどなんでも無いゴロをアメリアに向けて打った後、かなめはそう叫んで視線をショートを守るカウラに向けた。


「カウラさん……ピッチャーをやるくらいだから肩は良いんですよね」


 誠はかなめが打った高くバウンドする打球をカウラが捕るところを見ながらそう言った。

挿絵(By みてみん)

 器用にバウンドに合わせてグラブの真ん中で打球を受けると、カウラは矢のような送球をファーストにした。誠の予想通りその送球は男子選手顔負けの動きだった。


「誠ちゃんの言うことは正解。というか内野の中で一番守備が上手いのはカウラちゃんね。守備位置もわざと動かないアメリアの守るサードの位置からあてにならないセカンドのサラの位置まで配球に合わせて守備位置を変えて守るんだもの……まさに名手ね」


 まるで自分が褒められているかのように得意げにパーラはそう言って笑った。


「じゃあ、次は外野行くぞ!」


 かなめはそう叫ぶとわざとフライを打ちあげようと空を仰ぎ見た。


「えー!ショートの次はセカンドじゃないの?私のノックは?」


 無視されたサラが文句を垂れるが誰もがサラの守備の向上を期待していないので、誰もサラの言葉に同調することは無かった。


 サラの言葉を無視して、かなめは再び信じられないスイングスピードでバットを振った。打球はこれも信じられない角度でセンター上空に舞い上がる。


「あんな打球見たことが無いですよ。普通の試合じゃあそこまでのフライなんて無いですよ。あそこまで上がればスタンドインします」


 なかなか落ちてこない打球を見ながら誠は苦笑いを浮かべた。島田はほとんど動かずに落ち出来た打球を受け止める。


「西園寺さん……ふざけないでくださいよ!これじゃあ手が痛いだけじゃないですか!」


 そう言うと島田は大きく振りかぶり、まさにレーザービームと言うような送球をかなめに向けて投げ込んできた。かなめはそれをほとんど動かずに素手で受け止める。


「凄いですね。島田さんの返球。自慢するだけのことはある」


 誠は島田の肩に感心しながらまたすることもなく立ち尽くすパーラに声をかけた。


「まあね、うちは島田君とアメリアとカウラで何とかしてきたようなチームだから。島田君がピッチャーじゃなくってセンターに固定できればいい試合ができるかも」


 かなめのふざけた外野フライに半分呆れながらパーラはそうつぶやいた。


 それからもかなめのノックは続いた。アメリアのわざとのエラーは別として、パーラの言う通りカウラと島田の守備と送球は見事なものだった。他のレギュラーは足を引っ張ることが確定なサラは別として、野球未経験者にしてはよくやる程度の守備だと誠は思っていた。


「そう言えばパーラさんはなんでレギュラーじゃ無いんですか?ファーストの人、さっきから何回もアメリアさんとカウラさんの送球を落としてるじゃないですか。パーラさんの方が上手いんじゃ無いですか?」


 野球未経験者らしくミットの近くの球は捕れるものの、少し外れた送球を後ろにそらすファーストの守備を見て誠はそうつぶやいた。


「私は……ツイてないから」


 悲しげにパーラはそう言った。


「ツイてない?そんなギャンブルじゃあるまいし関係無いでしょ」


 誠は自分の前にかなめが転がしたボテボテのゴロを処理すると、パーラの言う言葉の意味が理解できずにそう答えた。

挿絵(By みてみん)

「それが関係あるのよ。私ってここぞって時に限ってエラーするの。それと打つ方もそう。ワンアウト満塁でセカンドに併殺打打ったり、一点差で負けててノーアウトで前のランナーがファーボールを選んでかなめちゃんがバントのサインを出すと、二球ど真ん中のストライクを見逃してスリーバント失敗したり……だから、『ツイてない奴は使えねえ』ってかなめちゃんに言われて……だから万年控えな訳」


 かなめの理不尽なパーラの扱いに誠は憤りを感じた。ただ、自分の思う通りに行かないとすぐに銃を持ち出すかなめらしいと言えばそれまでだった。


 ノックをするかなめに守るレギュラー達から返球されてきた球を渡していた菰田が何やらささやきかける。


「時間だ!片付けるぞ!」


 ノックを止めてかなめがそう叫んだ。


「もう時間か……ピッチングマシンのトラブルがなけりゃ、もっと練習できたのに」


 誠は、かなめの足元で球を拾う菰田に駆け寄り、手伝い始めた。ファールグラウンドでキャッチボールをしながらレギュラーの守備を見守っていた補欠の部員達も球拾いの輪に加わった。


「でもさすがサイボーグよね。一時間、ずっと打ちっぱなしでも息も切らさないなんて」


 特にかなめに目の敵にされて連続で難しい打球を浴びせられて息が上がっているアメリアはそう言いながら涼しい顔をしているかなめに感心していた。


「便利だろ?この身体も。アメリア、テメエも改造するか?ああ、うちのリーグではサイボーグは試合に出れねえルールだったな。今の言葉取り消し」


 かなめはそう言うとノックに使っていたバットを取りに来たマネージャーの菰田に渡した。


「スーパープレーができるのは良いけど、試合に出れないんじゃねえ……サイボーグ化は遠慮しとくわ」


 手伝いに来たアメリアとかなめのやり取りを聞きながら誠は久しぶりの練習を愉しんでいる自分に気が付いた。


 ボールをすべてこの球場まで運んで来たかごに入れるとかなめは満足げに頷く。


「それじゃあシャワーを浴びて着替えてホテルまでランニング!早く昼飯が食いてえだろ?急げよ」


 かなめのこの言葉で野球部員達は速足でこの田舎の町が所有するには豪華すぎる球場の真新しげなシャワー室に向かった。




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