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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の夏休み  作者: 橋本 直
第十三章 『特殊な部隊』の野球練習

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第33話 監督の無茶振り、投手の悲鳴

「やっぱ、安くあげようとすると駄目か。来年は菰田に東都まで行ってもらってちゃんとしたの借りるわ。打撃練習は取りやめだ!こいつを運び出すまでそれぞれキャッチボール!特に神前は島田と組んでみっちりとキャッチボールだ!神前!ちゃんと肩作っとけよ!」


 さすがのかなめも菰田の事故でピッチングマシンをあきらめてそう言った。部員達は一連の騒動がまるで想像通りだったというように平然とグラウンドに散らばってキャッチボールを始めた。


「島田先輩、よろしくお願いします!」


 誠は、かつてエースだった島田に向かって、丁寧に頭を下げた。


「新旧エースの投げ合いか。こっちこそよろしくな」


 誠はサラとじゃれあっていた島田に声をかけるとさすがの島田も真面目な顔をしてそう返してくる。

挿絵(By みてみん)

 二人は町営のグラウンドとは思えない両翼122メートルの広い外野を球を投げあいながら進んだ。


「しかし、そんなに違うのか?硬式と軟式って……肩壊したことあんだろ?大丈夫か?」


 キャッチボールを始めると野球は軟式しかしたことが無い島田が硬式野球の経験の長い誠に尋ねてきた。


「そうですね。球が軟式の方が軽いですから。硬式は今投げたら120キロも出ないと思いますよ」


 誠は久しぶりに握るボールの感触を楽しみながら島田に向けて軽く球を投げた。


「だって芸能人が始球式の時120キロ出たら大騒ぎだろ……それなりに凄いんじゃねえの?」


 次第に間隔を広げながら島田はそう言った。


「そりゃあいつもは練習してない人がそのスピード出せたら凄いですけど、僕は本式で野球の練習してたんですから。非公式ですけど都の大会では155キロ出てたみたいですよ、僕」


 ここは先輩の意地を見せようと鋭い球を投げてくる島田に誠はそう返事をした。


「155キロ?高校生で?それこそプロ並みじゃねえか!スカウトとか来ただろ」


 島田は驚いた様子を浮かべて誠の投げた球を器用に捕球する。


「確かに何人か来ました……でも、高校生でも全国大会出るようなバッターには球速だけじゃ通用しませんよ。僕が負けた対戦相手のピッチャーも同じくらいの球速出してましたし……彼は今は社会人で野球を続けてるんじゃ無かったかな?」


 投げ込む球の力が入っているのか、島田の投げるボールに誠のグラブをした右手が痛んだ。


「もっと距離取るか。俺、外野だったしな。お前も軟球なら投げられるだろ?」


 挑発するような調子で島田が言ってくる。


「はい、いい感じで温まってきましたから大丈夫ですよ」


 そう言うと誠はそのままの格好で後ろに走り出した。


「そんなもんで良い!じゃあ行くぞ!」


 ライトとレフトの守備位置に陣取った二人は遠投を開始した。最初は山なりでゆっくりしたペースで行われた遠投合戦だが次第に熱を帯びて鋭い球が飛び交うようになる。


「なんだ、神前の肩は壊れてるんじゃねえのか?」


 キャッチボールをする部員達を見回ってきたかなめはそう言って誠の隣に立った。


「軟式だからできるんですよ。それより肩の筋肉の損傷よりメンタルの問題だって高校の時に受診したスポーツ医の先生は言ってました」


 誠は大きく振りかぶりながら島田へと水平で届く速い球を連続で投げた。


「メンタルの問題か……それはオメエの場合仕事でもそうだな。敵を撃つときに躊躇(ちゅうちょ)する。その癖、どうにかした方が良いぞ」


 強気が暴走するかなめにそう言われると誠はムッとした表情を浮かべた。


「言われなくても分かってます!」


 見守るかなめを横目に見ながら誠と島田は新旧エースらしい鋭い球を投げあった。


 そのまましばらくはウォーミングアップのキャッチボールが続いていた。その間に、使えないことが証明されたピッチングマシンはマウンドから撤去されていた。


「じゃあこんくらいで良いだろ。早く見てえんだ、神前のピッチングが……アメリア!」


 タイミングを見計らってキャッチボールを切り上げる宣言をすると、かなめは再びアメリアを呼んだ。


「また私?まあ良いわよ。誠ちゃんのピッチングが見たいのはかなめちゃんだけじゃないもの。ちょっと待っててね」


 アメリアはそう言うと脱いでいたレガースを取りにダグアウトへと姿を消した。


「私も見てみたいものだな。プロのスカウトが目をつけるようなピッチャーの球は菱川重工豊川のOBの球しか見たことが無い」


 パーラを相手にキャッチボールをしていたカウラがそう言って誠に笑いかけた。


「そんな。都市対抗野球の選手と一緒にしないでくださいよ……高校生と社会人じゃ基礎体力も技術もレベルが違いますから。あっちの方は即戦力でレギュラーを期待されるくらいですから。普通は高校生はドラフト一位で入っても数年は二軍で体力作りですよ」


 誠は野球経験者らしくそう言って謙遜した。


「そんなことは無いぞ。所詮はOBはOBだ。現役時代の勢いはない。その点貴様は若い。可能性なら貴様の方が上だ」


 カウラに買いかぶられて照れ笑いを浮かべながら島田から受け取ったボールを手に誠はマウンドに登った。

挿絵(By みてみん)

「はい、こちらも準備OK。最初はストレートから……手加減してね」


 レガースを付けなおしたアメリアがホームベースの後ろからそう言うとマスクをかぶった。


「じゃあ行きます!」


 誠は高校時代を思い出すように大きなモーションで利き手の左腕を振り上げてストレートを投げ込んだ。


 誠の球は、想像以上のスピードでアメリアのミットに突き刺さった。


 その誰者想像を上回る初球を見た瞬間、それまで半ば遊び気分だった部員たちの表情が変わった。

 

「……あれ、マジでエースじゃん」


「班長の球は速いとは思ってたけど……こんなの見た事ねえよ」

 

 ざわつく空気の中で、誠は平然と次の球を構えていた。


「早え……本当に手加減してるのか?」


 球速だけは自慢だといっていた島田が誠の球に唸り声をあげた。


「手加減してますよ。あんまり手首を使うと軟球は硬球と違って浮いちゃってコントロールが付かなくなるんで。じゃあ次は本気で投げます」


 誠は意外と早く勘が戻りそうな予感を感じながら再び振りかぶった。


「今のが本気じゃなかったの?球速でも島田君を超えてくるかも」


 ミットを持った左手に痛みを感じながらアメリアが再びど真ん中にミットを構えた。


 誠は今度はクイックモーションでコンパクトに左腕を振り切って球を投げ込んだ。放たれた球は確かに先ほどより早くアメリアのミットに大きな音を立てて吸い込まれた。


「クイックモーションも出来るのか?どこかの誰かさんみたいにファーボール連発でそのランナーに走られてばかりってことは無い訳だ。島田よ、いくらセットポジションにしても投げるのが遅かったらランナーは走るんだぞ。分かったか?」


 かなめは監督らしく島田の投球の欠点を指摘して見せた。


「その言い方は無いですよ!西園寺さん。俺は隊に入って初めて野球のルールを覚えたんですよ。その割にはよくやってると褒めてくださいよ」


「負け投手を褒める趣味はねえ」


 誠の器用さに島田の不器用な投球を重ねてこき下ろしてくるかなめに島田はそう泣き言を言った。その泣き言をかなめは一言で切り捨てる。


「元々、僕は腕の振りが大きすぎるんです。それで練習試合とかではよく走られたんでクイックも覚えました。牽制球の練習もします?」


 調子に乗って誠は満足げな表情を浮かべるかなめに尋ねる。受けるアメリアを始め、部員達はこれまでチームにいなかった才能に度肝を抜かれながらその投球に見入っていた。


「それはいい。オメエが器用なのはよくわかった。で、球種は何がある?」


 ご機嫌なかなめは誠にそう尋ねてくる。


「そうですね。縦に落ちるカーブとブレーキのかかるあまり曲がらないカーブ。それにスライダーが縦と横の二種類。それにフォークなんですが……」


「そんなに投げられるのか?」


 ストレート一本勝負の島田が驚いたような声を上げる。


「最後まで聞いてくださいよ。フォークは投げられるんですが、落ちすぎるんで上手なキャッチャーじゃないとパスボールをしますよ。都大会の3回戦で負けたのは急造キャッチャーがフォークと縦のスライダーをエラーしてばかりだったのが原因ですから」


 誠にとってフォークボールはあの時封印した球だった。


「確かにな……アメリアなら捕れるかもしれねえけど、うちのキャッチャーはどこ行くか分からないストレートしか投げない島田とアンダースローで横への変化しかないカウラの球しか受けたことがねえからな……」


 がっかりした調子でかなめはそう言った。


「カウラさんってショートじゃ無かったんですか?」


 少し離れたところで感心しきりの表情を浮かべて誠の投球を見守っていたカウラに誠は驚いた調子で尋ねた。


「私は身体が柔らかいからな。それを生かしてアンダースローで投げることにしたんだ。島田がストライクが入らなくなって一杯一杯になった時はリリーフでマウンドに上がる。島田が正統派の速球ピッチャーだから私はアンダースローでカーブやシンカーを投げる軟投派になろうと練習した。まあ貴様から言わせればお遊び程度かも知れないがな」


 カウラは謙遜半分でそう言って誠を見つめてくる。


「なんだ。僕一人で完投させられるものと思ってましたが……」


 エースを任せられる。誠はそれが完投を強制されることだとずっと思いこんでいた。


「私と島田が後ろにいる。安心しろ。それより、貴様の変化球を見てみたい」


 いつもの無表情でなく笑顔のカウラがそこに立っていた。


「じゃあ、僕自慢の縦に落ちるスライダーから!」


 そう言うと誠は再び大きなモーションでミットを構えるアメリアに向けて投球を開始した。


 放たれた球のスピードは最初に本気ではないと誠が言ったストレートと同じ速度で進み、ホームベース手前で大きな落差で落ちるとワンバウンドしてアメリアのミットに収まった。


「すげえ落差。あの投げ方じゃストレートが来るかスライダーが来るか相手には分からねえぞ」


 驚きを隠せないという表情を浮かべるかなめの隣で誠はアメリアが投げ返してきたボールを受取った。


「じゃあ次はカーブ。これも落ちる奴で」


 そう言うと誠は今度はクイックで投げ込んだ。


 球速を殺した落差のあるカーブがアメリアのミットへと入る。


「これは上級者なら腕の振りでカーブが来るって分かるかもしれないわね。でも、最高スピードがあれだけ出るんだからその差で面食らって打ちにくいかも」


 誠の球を受けることに慣れてきたアメリアはそう言って受けた球を誠に投げ返した。


「じゃあ次は久しぶりに……フォークを」


 覚悟を決めたかのようにそう言うと、誠は静かに大きく振りかぶった。

挿絵(By みてみん)

 ゆっくりとした誠独特のモーションから投げられた球は、ストレートとほとんど変わらぬ速度でホームベース上まで進むと縦のスライダーを超える落差で落ちてワンバウンドした。さすがのその落差にキャッチングに定評のあるアメリアも捕り損ねて身体で球を止める。


「確かにこれはうちの急造キャッチャー相手ではパスボール連発になるな」


「使えねえのかよ……この球があれば菱川重工豊川に一泡吹かせることもできるのに」


 急造キャッチャーしかいないこのチームで再び封印されることになるフォークを見たカウラの言葉に、監督のかなめは悔しそうに唇を噛んだ。


「さっきから急造キャッチャー扱いされて……俺達にも意地があるんですよ」


 そう言って誠の投球を見守っていた野球部員達を割って出てきたのは誠が部隊について最初に出会った大男の技術部員だった。


「先輩名前は?」


「大野だ。それより、クラウゼ中佐、代わってください」


 大野はそう言うとレガースを脱ぎ始めたアメリアに声をかけた。


「本当に大野君に捕れるかしら?あのスライダー。初速はストレートと一緒なのにかなり落ちるわよ」


 挑発するようにそう言うアメリアに怒り心頭の表情で大野はレガースを付ける。


「それじゃあ、得意のスライダー。投げてみろ!」

挿絵(By みてみん)

 レガースを付け終えマスクをした大野はそう言って誠を挑発した。


「行きますよ!」


 誠はそう言うと大野に分かりやすいようにゆっくりと振りかぶってスライダーを投げ込んだ。


 誠の投げた球はそれほど変化することも無く大野のミットに収まった。


「神前!手加減してるな!さっき見たのと落差が全然違うじゃないか!」


 大野は誠に手加減されたことに自分が馬鹿にされているように感じてそう叫んだ。


「たぶんさっきの落差の球は普通の人にはいきなりじゃ捕れないと思って少しは慣れてもらおうと思って……いきなり僕のスライダーを捕るのはかなり上級者じゃないと無理ですよ」


 誠の気弱な口調の気遣いの言葉にプライドを傷つけられた大野は歯ぎしりしながらレガースを締め直した。


「手加減は良い!本気で投げろ!」


 大野にそう言われるとムキになった誠は今度はクイックモーションで得意のスライダーを投げ込んだ。


 ホームベース上で落下を開始した球は大野の目の前でワンバウンドするが、それを大野は止めることができずに後ろに後逸する。

挿絵(By みてみん)

「やっぱだめだな。だから急造キャッチャーって言われるんだ。アメリアはさっきアレをミットで抑えたぞ」


 かなめは不機嫌そうにそう言うとぼろぼろのレガースを付けている控えのキャッチャー陣に目を向けた。


「オメエ等じゃ神前の相手は務まらねえ。決め球のスライダーが投げられなきゃ菱川重工豊川は抑えられないぞ……大野。オメエは隊に帰ったら残業代わりに神前とスライダーを捕る練習だ。ちゃんと捕れるまで帰らせねえからな」


 残酷にそう言い放つかなめを見ながら誠はマウンドを降りて投球練習場へと足を向けた。


「望むところですよ、なあ神前」


 かなめの挑発に乗って大野は誠にそう言った。


「僕も帰れないんですか……そんなの聞いてませんよ……」


 誠は残業代わりに投球練習をさせられると聞いて肩を落とすしかなかった。




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