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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の夏休み  作者: 橋本 直
第九章 『特殊な部隊』の大浴場風景

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第22話 湯けむりと少年と戦争の跡

「ここが男湯か……パーラさんに狭いって言われてたけど……広いじゃないか……ってことは女風呂はどんだけ広いんだよ!こりゃあとんでもないところに来ちゃったみたいだぞ」

挿絵(By みてみん)

 手前に有った女風呂の入り口の派手さに比べると貧弱に見える男風呂の暖簾をくぐり脱衣場へと向かった。


 誠も銭湯には行ったことが有るので、脱衣場のムシムシした不快感にロッカーをすぐに見つけて着替えを押し込むと来ているTシャツを脱ぎ始めた。


「でも、大浴場って名前だから町の銭湯よりずっと広いんだろうな。檜のお風呂っていい香りがするって聞いたことがあるから……楽しみだな」


 誠は自分自身にそう言い聞かせると、裸にタオル一枚で浴場の引き戸を開いた。


 確かに大浴場の名に恥じないそれなりに広い温泉に誠は息をのんだ。女湯より狭いというが町の銭湯しか知らない誠には檜の香りがしっとりと漂う、静寂に包まれた空間は心湧きたたせるものが有った。


「それにしても今の時間って空いてるんだな。僕以外誰も居ない……他の人達はもう入っちゃったのかな?この時間に入るってどんだけ温泉が楽しみなんだよ、まったく」


 そう思って湯船から手桶でお湯を頭からかぶって湯に入ろうとした誠の目には人影らしいものは見えなかった。


「こんな風呂を貸し切りなんて……今の時間に来てよかったよ。もし時間がずれて『ヒンヌー教団』と一緒に入浴なんてことになったら最悪だし。菰田先輩と一緒にお風呂なんて御免だよ」


 誰も話し相手が居ないというのにお湯につかりながら誠はそう独り言をつぶやいていた。


 誠は広い浴場の柱の影を探検する気持ちで移動すると、そこには先客が湯船に浸っていた。


 浅黒い肌の小柄な少年だった。かなめが言うには誠達が貸し切りのはずだったこのホテルに誠の知らない少年が泊っていることを誠は不思議に思った。


 少年は誠を見ると軽く会釈をした。会釈を返した誠の視線の中、少年は少しのぼせたような顔をしながら天井を仰いでいた。その雰囲気は風呂と言うものにあまり慣れていないようで、長く湯に入りすぎてのぼせているように誠には見えた。


 誠は実はこの広さに任せて泳いだり自分の声の反響を楽しんだりして暴れてやろうと思っていたので、気分を変えようととりあえず体を洗おうと洗い場に腰を落ち着かせた。


 時折、少年からの視線を浴びながら誠は体を洗った。誠も明らかに湯に漬かりすぎてのぼせてきている少年の事が気になって時々振り返った。


「ここは今日は貸し切りのはずなのに、それを無理を言って子供が一人で入っているなんて……お母さんと一緒に来たのかな。確かこのホテル相当高いからお金持ちの御曹司とかなんだろうな……お湯に入りすぎで出て少し休んだ方が良いよって言いたいけど、脅かしちゃ悪いよな。ここは大人の僕が気を利かせよう」


 誠はそう言いながら身体を終わり、頭から湯を浴びて誠はシャンプーに手を伸ばした。


 とりあえず他にすることもないので再びお湯でも楽しもうと頭を洗い終えて振り向いた時だった。


「『カミマエマコト』曹長ですね。『近藤事件』でのご活躍……見事の一言に尽きますね」 


 湯船から湯にあたったらしくふらふらした足取りで、半身を乗り出して少年が話しかけてきた。


 褐色な肌はどう見ても東和共和国民には見えなかったが少年の話す言葉は流暢な日本語だった。そのアンの褐色の肌はどこか滑らかでよくできた陶器のような光を放っていた。少年というよりは、……少女に見間違えてもおかしくない。誠はその肌と少年の面差しを見てそんなことを考えていた。


「え?ああ、よく間違えられるけど……『シンゼン』って読むんだ……『シンゼンマコト』……ってなんで僕の名前を……」 


 誠はそそくさと湯船に足を入れる。少年はどこか親しげな姿を装うことを決めたかのような笑顔で近づいてくる。


「すみません……僕、漢字はあまり読めないんで……戦争で学校に行ったことが無かったから」 


 そう言う少年の頬に傷があるのが誠の目に入った。


 そればかりでは無かった。体中に無数の銃創(じゅうそう)がある。誠は思わず息をのんだ。


「僕のこと知ってるなんて……君は?」


 誠は思いもかけず言葉が少し震えているのが自覚できた。銃創などと言うものは地球人がこの星にやってきて以来戦争をしていない東和共和国では見ることが無い代物だった。誠も少年の体中の傷跡が銃創だとわかるのは誠が軍の教育課程を経てこの『特殊な部隊』に配属になったからだった。


「アン・ナン・パク。軍曹です。……曹長の名前は、僕の国でもけっこう噂になってますよ。あの『近藤事件』の英雄、ってね軍・警察関係では神前曹長はちょっとした有名人……いやほとんど『超人』として扱われていますから」


 少年は軍隊で長く務めた人間特有のはっきりとした口調でそう言った。


「へ?軍人なのかい?しかも階級は軍曹……僕より1つ下だね。君はいくつ?」


 平和な東和共和国では見たことが無い『少年兵』であるアンの言葉に誠は戸惑った。少年兵が居ると言うと東和の東に浮かぶ『修羅の国』として知られるベルルカン大陸の失敗国家のどこかの出身らしいことは、いつも誠の社会常識の無さを気遣ってくれているランの社会常識講座で彼女の物覚えの悪い誠を罵る罵声とともに最近覚えた知識だった。


「十七です……見えませんか?」


 アンは時折誠の股間に目をやりながらそう言った。


「いや……正直、十二、三歳かと……」


 誠は小柄なアンを見てそのくらいの年だと思い込んでいた。


「東和に来てからは良くそのくらいの年だと言われます。それと一応僕は男ですよ。よく女の事間違えられますけど間違いなく男です。証拠を見せましょうか?」


 アンの言葉を聞いても誠は彼が十七歳にはとても見えなかった。小柄で浅黒い肌の少年の姿はどう見ても中学生程度にしか見えないものだった。確かにその面差しは中性的で女の子にも見えなくもない。しかし、考えてみれば内戦ばかりで食料の奪い合いに明け暮れているベルルカン大陸の失敗国家で子供に与えられる食糧で誠のように大柄に成長することなどありえなことだと誠にも分かった。


『まるで女の子みたいだな……』


 誠はアンに見つめられながら、一瞬、そんなことを思ってしまった。慌ててその考えを追い払った。


『男だって、本人も言ってたじゃないか……』


 そんな妄想に囚われていた誠に笑みを浮かべるとアンは股間のタオルを外した。アンの股間には確かに男の証がぶら下がっていた。


「僕の国……ベルルカン大陸の『クンサ共和国』って言うんですが……貧しい国なんです。食べるものもろくにないのに内戦ばかり続いて……一昨年なんとか停戦合意が発効して遼州同盟に加盟したんです。いずれ、お会いする機会が増えると思います。……その時までに、少しでも僕のことを……知ってもらえたら嬉しいです」


 そこまで言うとアンは突然口をつぐんだ。


「お会いする機会が増える?それってどういう意味?」


 誠に尋ねられるとアンは誠の視線が何かを刺激したように真っ赤な顔を赤らめてそのまま湯船を飛び出し、脱衣所へと姿を消した。アンが去った後、檜の香りの残る湯船には、妙に甘い残り香が漂っていた。なんだか……胸の奥がざわついて、誠は湯に沈み込むように目を閉じた。


 誠は何か少年の気に障ることを言ったのかと気にしながら頭を流しながら、ふと我に返った。


「十七歳で戦場に……そうか……この遼州でもまだ戦争をしている国があるんだ……この東和だけが平和で……確かに東和の海を隔てて西にあるベルルカン大陸ではいつも戦争してるって学校の先生が言ってたからな。そこでは僕の知らない戦場が有るんだ」


 以前、アメリアに言われた『東和だけの作られた平和』についての話を思い出した。


 電子戦兵器とアナログ量子コンピュータが作り出した閉鎖されたネットワークが生み出した人工的な平和。それが誠が生きてきたこの東和共和国の平和の正体だった。そのことを思い出すと誠は少し悲しくなってきた。


 そしてその東和共和国だけの平和を望むこの国を統治しているらしい超存在『ビッグブラザー』と呼ばれる意志。その意志は他国の戦争に一切東和が関わらないようにと情報統制と経済操作でこの世界を操っているとアメリアは言った。


 そんな自分の思いとは関係が無いように思える様々な意図に思いを巡らせながらアンが何を言い残そうとしたのかを考えつつ誠はゆっくりとお湯につかることにした。 


 檜が香る湯船の中。誠の頭の中にはアンの体中に残された銃創が思い出された。十七であれだけの銃創を残しているということはおそらくよほど幼い時から戦場に身を置いていたに違いない。砲火の中ひたすら続く戦乱を物心つかない前から経験してきたその心がどんなものか、平和な東和で生まれ育った誠には想像もつかなかった。


「平和か……でも平和のどこが悪いんだよ。だけど、その平和が誰かの痛みの上に成り立ってるとしたら……。それでも僕は、この国の『幸福』に甘えていていいのだろうか?』


 誠の脳裏に普段考えない『平和』と言うモノが東和にしかないレアな存在だと言う事実がよぎった。


『ベルルカンの国々だって次々と地球圏の支配に対抗するために遼州同盟に加盟してるんだ。いずれあの大陸にも平和が来る。クバルカ中佐も週に一度の会議でベルルカンで停戦協定が結ばれたって報告しているくらいだから、だんだん世の中は平和になってきてるんだ。子供が戦争に駆り出されるような時代ももう終わるんだ」


 誠はアンの体中の銃創を思い出し、自分のこれまでの平和な日常を思い出してしみじみとお湯に体を預けた。



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