第12話 焼鳥とラムと『下僕』と
誠達は本部を出てなじみの焼鳥屋『月島屋』にたどり着いた。考えてみれば誠がこの『特殊な部隊』に配属になってからは他の店で飲んだことが無かった。
そもそもその『もんじゃ焼き製造マシン』体質から友達のほとんどいない誠には外で飲む経験など成人してからもあまりなかった。
司法局の本局に出向き、東都の一流の焼鳥屋で飲むこともあるというアメリアに言わせると『個性の無いのが個性』と言うどこにでもある地方都市の真新しいのと女将が美人なのが取り柄の焼鳥屋。それが『月島屋』だった。
敢えて特徴を上げるとすれば鶏肉が新鮮なのとタレに独特のこだわりがあり他の店では出せない味わいがあること位だった。
カウンターといくつかのテーブル席。二階席もあるが、そちらは『特殊な部隊』の大宴会専用で普段はあまり使われることは無かった。建物は三階建てで、三階は女将の春子と一人娘の小夏の住まいがあった。女将の春子は風俗街として知られる吉原から隊の発足を聞いてこの何処にでもある地方都市の豊川に店を移したという。誠は風俗通いが趣味の嵯峨と春子の関係をその話を聞いた時から疑っていた。
「いらっしゃい……今日は島田君達は?」
月島屋を仕切る女将の家村春子が四人をいつものように温かい笑顔で迎えた。いつもなら島田とサラ、それにパーラが一緒に来ることが多いので彼女がそう言うのも当然だった。
「ええまあ、サラとパーラ、それに島田を筆頭とした技術部の連中はカラオケだってさ。ここにもカラオケの機械はあるってのによう。焼鳥以外の物も食べたいとか抜かすんだ。どうせチェーンのカラオケ屋の料理の味なんて知れてるのに。まったく味音痴の連中には困ったもんだぜ」
先頭を肩で風を切って歩くかなめはそのまま春子の横を通り抜けてカウンターの端に座った。
誠はその隣に座り、その隣にカウラとアメリアが腰を掛ける。それはいつものフォーメーションでまるでそれが決められているように見事なものだった。
「じゃあ、とりあえずビールにする?」
わざとかなめにそう尋ねるアメリアだったが、かなめの答えは決まっていた。
「アタシはキープしてる『レモンハート』で」
春子の問いにかなめはあっさりと自分が専用にキープしてある地球から取り寄せたラム酒の名前を答えた。
すぐさまかなめの愛飲するラム酒の瓶とグラスが出てくるあたりが、いかに彼女がこの店に通いなれているか誠にもよくわかった。
「でも……何度も聞くようだけど焼鳥にラムって合うの?」
ビールの中瓶を受け取りながらアメリアはかなめを見つめつつそう言った。
「アタシが何を飲もうがアタシの勝手だろ?ラムにあわないつまみはねえ!それより、神前。テメエは何を頼むんだ?」
ご機嫌なかなめはそう言いながら誠の顔を覗き込んだ。
「え!えーと……とりあえずビール。それと食べるのは串盛り合わせで良いですよね?」
無遠慮に近づけられたかなめの上機嫌の眼差しに、誠は思わず頬を赤らめながらそう叫んだ。
「少し少ないんじゃないの?まだ夏は続くんだから……ちゃんとたくさん食べたほうがいいわよ。シシトウとポテトフライ。それにカシラとボンジリ!」
アメリアが誠とカウラの間に流れた少しいい雰囲気をぶち壊すべく、そう叫びつつビールの注がれたグラスを誠に渡した。
「はい、運転手のカウラさんは烏龍茶ね」
春子はそう言って大きめのグラスに注がれた烏龍茶をカウラに差し出した。
「わかってます」
『スカイラインGTR』を運転してきたカウラはそれを受け取ると静かに一すすりしてそのグラスをカウンターに置いた。
「それじゃあ、串焼き盛り合わせ!」
春子は待っていたかのようにいつも頼む串焼き盛り合わせをカウンターに並べた。誠達が来るときには必ず頼むメニューなのでまるで用意していたようにも誠には見えた。
「待ってたんですか?いつも僕達が来るとまるで待っていたかのように出るじゃないですか、これ。僕はあんまり飲みにはいかないんですけど普通の飲み屋ってメニューを頼んでも相当待たされますよ」
「いつものことよ。なんと言ったってうち一番のお得意様だもの」
誠の問いに春子は笑顔で答えた。
「それにしても……かなめちゃん」
串焼き盛り合わせを受け取りながらアメリアは説教口調でそう言った。
「なんだよ」
明らかに不機嫌そうにかなめはそう答えた。
「誠ちゃんを『下僕』扱いは……ちょっとね。貴族が嫌いだと常に言っていることと矛盾しているわよ」
アメリアはさすがにかなめに自分の良いように使われている誠に同情するようにそう言った。
この『特殊な部隊』に来て以来、誠のことを『下僕』と呼び続けているのが、西園寺かなめという女だった。
確かに誠が隊を除隊しようとしたときに身を挺して隊に残るように説得したのは彼女一人だった。誠はそのことを今でも恩に感じていた。
それにしてもその時から待遇は何1つ変わっていなかった。そしていつものようにかなめは誠を見下した視線で見ながらラムを傾けていた。
「なんだよ。こいつは東和共和国の『庶民』だろ?!親しみを込めて『下僕』と呼んでるんだから、まだマシじゃねえか……ちゃんと人間扱いしてんぞ。甲武の貴族や士族の連中が金の無い平民を扱うよりよっぽど丁寧に扱ってる。いっそのことこちらが感謝してもらいてえくらいだ」
ラム酒を飲みながらかなめはめんどくさそうにつぶやいた。
「さすがに『下僕』扱いは問題だぞ……アメリアが言うように貴族が嫌いだとか言ってる割りには矛盾している。少しは貴様の父親を見習え。その父親が貴族を捨てたおかげで貴様は西園寺家の当主としてそのラムが飲めているんだ。その事実を忘れるんじゃない」
烏龍茶を飲みながらカウラがつぶやいた。
「そうよ!前の『近藤事件』で、誠ちゃんは大活躍したじゃないの!今じゃ宇宙最強の『英雄』よ!ちょっとは人間扱いしてあげても良いんじゃないの?ここは身分制度の無い東和共和国よ。貴族制国家の甲武国とは事情が違うわ」
アメリアはそう言ってネギまを口にくわえる。
「人間扱いに慣れて自分を一丁前だと勘違いして増長されたらたまんねえのはアタシとカウラだぞ。オメエには関係ねえだろ?それにアタシがヤクザの出入りが激しかった『東都戦争』の時に上の命令で潜入していて、その時最初は娼婦として自然にしていろと言われたんだ。でもアタシの気性を見込んだその店の店主から言われてSMの『女王様』をしていたんだが、『下僕』扱いして喜ぶオヤジが結構な数居たぞ。神前も『下僕』扱いされてうれしいよな!なあ!神前!」
冗談なのだか本気なのだか分からないかなめの言葉に誠ははっきりと答えを出した。
「うれしくないです!僕はマゾヒストじゃありません!これまでも西園寺さんのわがままに付き合わされてうんざりしています!もっと人間扱いしてください!」
かなめは明らかに不服そうにそう言ってレバーを口にくわえた。今吐いた言葉は誠がかなめにこれまで感じてきた不満のすべてだった。
「それはSMクラブにやってくるドMな人たちだからでしょ?誠ちゃんは東和市民でもう立派な『法術師』なの!うちでは貴重な戦力なのよ。マゾヒストのド変態と一緒にしないで上げてよ。ちゃんとした扱いしてあげないと……嫌われるわよ」
誠の事を少しは買っていてくれるアメリアはそう言ってかなめの扱いの異常性を指摘した。
「何言ってんだ!上司なんて嫌われてなんぼだ!それにだ……アタシが非正規部隊の工作員としてターゲットとなる奴から身分を隠すために勤めてたSMクラブではアタシは一番人気の『女王様』だったんだ……今から調教してやってもいいぞ。ノンケでも立派なマゾヒストに調教してやる。きっと新たな自分が目覚めるんじゃねえか?」
挑発的なアメリアの言葉にかなめはムキになって言い返した。誠はかなめの妖艶な瞳にくらくらしそうになりながらも必死になって理性を取り戻した。
「誠ちゃんを変な世界に誘うのはやめてちょうだい。ちゃんと『相棒』くらいの扱いにしてあげないとこういった場で飲む時に誠ちゃんが遠慮するようになるでしょ?私はそれが嫌なの」
四人の会話を焼鳥の盛り合わせを配りながら聞いていた春子はそう言って誠の肩を持った。
「私は相棒として接しているつもりだぞ……私や貴様とは違う『力』があるんだ。敬意位持っても罰は当たるまい。それに神前に変な趣味をつけるんじゃない。後々面倒なことになる」
アメリアの提案にカウラは静かにそう答えた。
「『相棒』?なんでこんな『落ちこぼれ』が?拳銃1つまともに撃てねえ役立たずなんだぞ。ドMの豚で十分だろ?なあ豚!」
いつの間にか誠の地位は『下僕』からさらに転落して『豚』に落ちていた。かなめはさらに怒りながらそう反論する。
「私は戦場を作る。そして、西園寺が撃ち、神前が斬ってその結末をつける。私は西園寺と神前を同等に見ている。階級の違いこそあれ隊員はみな平等だ」
そう言ってカウラはトリ皮串を口にくわえた。
「戦場での任務が平等……笑わせてくれるねえ。アタシはスナイパーだ。一番狙撃手だ。間合いに入らねえと役に立たねえ格闘オンリーの誰かさんとは違うんだよ。ああ、カウラ。オメエの機体はECMしか取り柄のない妨害専門の機体だもんな。誰かに守ってもらわないといけない訳だ。一人で戦えるアタシとは事情が違う」
話題を逸らすようにかなめはそう言った。
「でも、誠ちゃんは跳べるわよ。距離とか関係ないんじゃない?それこそスナイパーは射程に入らないと無意味じゃないの。戦力としては誠ちゃんの方が上よ」
アメリアはビールで喉を潤した後そう言って糸目で誠を見つめた。
「跳べるねえ……確かにそうだけどよう……」
串焼きを口にくわえてかなめはそう言った。
「じゃあ、次の出動で誠ちゃんはかなめちゃんがスナイパーとして活躍できる状況を作ればいいじゃない!敵のど真ん中に飛び込んで大暴れして時間を稼ぐとか……いろいろあるでしょ?」
アメリアはそう言って誠の顔を覗き見た。
誠は誰も構ってくれないのをいいことに、一人、串焼きを連続して口に運んでいるところだった。
「あの……僕にそんなことできるんでしょうか?いや!やって見せます!西園寺さん!僕はただの『もんじゃ焼き製造マシン』じゃ無いんです!やればできる男なんです!きっと西園寺さんの役に立ちます!」
そう言った誠に、アメリアは感心したと同時にその青さに呆れたような視線を送っていた。
「できるわよ、敵さんだっていつあの『光の剣』を繰り出すか分からない機体が何処から現れるか分からないんだから。敵には相当な威圧感を与えることになるわよ」
そう言って自信のない誠をアメリアは励ました。
「確かにそう言われると敵にそんなのが居ると面倒なのは理解できた。分かったよ。とりあえず人間扱いしてやる……まあすぐにメッキははげるだろうがな……話は変わるが今頃島田の馬鹿達は料理の愚痴を言ってるぜ。カラオケボックスの料理なんて全部冷凍食品をレンジして出してんだ。そんなことも考えねえなんてアイツも底が知れるな」
かなめはそう言って葉巻をくゆらせる。誠はただ何もできずに笑っていることしかできなかった。




