第11話 知られざる血と力
「でも『法術特捜』って名乗る以上、その茜さんも『法術師』なんですか?当たり前ですよね、相手が法術師の犯罪者を相手にするんですから……でも強い人なんですか?僕みたいに『光の剣』を使えるとか……と言うか隊長も不老不死である以外の『法術師』の特徴って何か無いんですか?有るんだったら教えてくださいよ。僕があの時逃げてたら05式乙型には隊長が乗る予定だったんでしょ?」
誠は突然沸き上がった疑問を素直に口にした。そしてあの『人類最強』のランが『駄目人間』と斬って捨てながらも従う嵯峨に何か特別な力が有るような気がしてそう言っていた。
「そうだよ。茜もまた『法術師』。法術の汎用性についてはお前さんよりかなり上。さすがにお前さんの必殺技の『光の剣』は使えないが色々使い勝手の良い法術を使いこなせる。しかも、あるお方……お前さんは知らないだろうけど、お前の身近のある人にその使用方法の訓練まで受けてる。今、素手で遣り合ったらお前さんには1%も勝つ確率は無いだろうな。素質じゃあ……どうだろ?火力で勝ってるお前さんの方がいずれ有利になってくれると良いんだが……お前さんは本当に気が弱いから。あの勝気な茜には法術無しの殴り合いだって負けるんじゃないの?お前さんは。でも、俺は買ってるよお前さんを。ある意味完成されている茜より伸びしろは有るかもしれない。なんと言っても『光の剣』は強力だよ。精度はまだしもあれを食らうとまともな法術師なら逃げにかかるわな。でも、上には上が居るんだぜ。精進しな。それと俺は最弱の『法術師」なんだ。ある事情で俺はランすらビビらす最強の『法術師』になるところをすべての力を失った」
「力を失った?なぜ?」
誠は嵯峨の言葉のその部分が気になってそう尋ねた。
「全部俺が蒔いた種さ。俺は先の大戦で戦争犯罪人としてアメリカ軍に捕らえられた。連中は俺が『法術師』であることを知っててその最適な実験材料として俺を使った……生体解剖……お前さんは知らないかもしれないが第二次世界大戦時に日本軍がやってたらしい。それをその第二次世界大戦の勝者で日本軍を裁いたアメリカ軍は俺に対してやった。連中にとっては遼州人は人間じゃ無いんだろうな……その時の実験で俺は力のほとんどを失った。残ったのは不老不死の身体とお前さんの05式乙型の『法術増幅システム』を起動させるだけのありふれた力さ……笑っても良いんだぜ。お前さんは『光の剣』と『干渉空間』を使いこなす使える『法術師』だもの。俺みたいな出来損ないは笑われて当然だ」
自嘲気味に嵯峨はそう言った。それでも誠へのフォローは忘れないところが嵯峨のある意味信用置けないところだった。
「そんなに優秀なら僕の代わりに茜さんをうちに引き込めばよかったのに。僕みたいな出来損ないよりよっぽどスマートに『近藤事件』を解決できたんじゃないですか?使い勝手の良い法術が使えるんでしょ?あんな巡洋艦のブリッジを力任せに吹き飛ばすなんて技を使う必要なんてなかったのに。あの力技で何人人が死んだと思ってるんですか?相手がクーデターを起こした犯罪者だからってそれが許されると思ってるんですか?そこのところは戦争の無い国の出身である東和国民の僕としては疑問に感じますよ」
嵌められてこの『特殊な部隊』に配属になったことにいまだに納得がいっていない誠はその嵌めた張本人である嵯峨に向けてそう言った。
「人にはね、向き不向きってもんがあんの。茜の力は……近藤の旦那を倒すには不向きだった。あの時はお前さんの『光の剣』を使うしか俺には思いつかなかった……俺も策士を自称してはいるが限界というものが有るんだ。それにシュツルム・パンツァーを使っての火力じゃあお前さんのほうが茜よりはるかに上だ。茜の法術に『光の剣』は無い。それにあの場合はあの派手な技を展開してもらった方が俺としても都合が良かったんでね。でも、これまでお前さんが疑問を持たなかったある事実があるのを知ってるか?」
いつも話をはぐらかす。誠は嵯峨と話していて振り回される感覚にとらわれることに慣れることができなかった。
「それは何でしょう?いつも話の腰を折るのは止めてくれませんか?その癖、人に嫌われますよ」
嵯峨が話題を変えて振ってきた疑問についていけず誠はそうつぶやいた。
「それはね俺は地球人なのか?それとも遼州人なのかってこと?って知りたくならなかったの?」
嵯峨は真顔で誠に向けてそう言い放った。
「あ!そう言えば……でも『法術師』って遼州人にしか居ないんですよね?」
誠は嵯峨が甲武国出身だと知っていた。甲武国は地球人の国である。地球人に法術師はいない。
「隊長は産まれはどちらなんですか?甲武に移民した遼州人だとか」
自分でも今更間抜けな質問だと思いながら誠はそう尋ねた。
「俺はランと同じ遼帝国出身。西園寺家には養子に入った。だから茜も遼州人の血を引いてる。かみさんはゲルパルト貴族で地球人だからハーフだな。その点ではかなめと一緒だ。かなめのかあちゃんは遼帝国出身。親父は甲武国出身の地球人だ」
誠は嵯峨が法術師である以上、遼州人であることは予想がついていたが遼帝国出身だとは知らなかった。それと同時にかなめはあまり母親の話をしないので、彼女の母親が遼帝国の出身だと言うことも嵯峨の言葉で初めて知った。
「ちなみに法術師の遼州人と地球人の子供は高確率で法術師であるという研究結果もある。かなめの妹に日野かえでってのが居てな。そいつも法術師だ。本来はかなめ坊も法術の1つや2つ使えそうなんだが……今のところその兆候はないわね」
嵯峨の言葉は誠に衝撃を与えた。法術師の子供の混血児が高い確率で法術師に成るのであれば、地球との交流が増えそうな今の時代。法術師が爆発的に増える可能性があることを嵯峨の言葉は意味していた。
だが、それ以上に誠には驚いた事が有った。
「西園寺さんに妹が居たんですか……知りませんでした。あの我儘は一人っ子だからだと思ってました」
誠は明かされる誠の知らない西園寺家の家系に驚きを隠せなかった。
「そうだよ、妹が居るよ。しかもこれも甲武海軍ではその名を知られた切れ者なんだと。その官位から『斬弾正』って呼ばれてる。しかも階級もかなめ坊より上の少佐。問題児で問題を起こすたびに降格されて大尉と中尉を行ったり来たりしてる姉とは大違いだ」
そう言う嵯峨の言葉に何かと言うと銃で問題を解決しようとするかなめの性癖を思い出して誠は苦笑した。
「じゃあついでに聞きますけどなんでかなめさんは法術師じゃないんですか?やっぱりサイボーグ化すると力が覚醒しにくくなるんでしょうか?」
思いついた疑問を誠は目の前の『駄目人間』に尋ねてみた。
「お前さんにしては良い質問だね。未覚醒のまま一生を終わる法術師もいる。と言うかそっちの方が圧倒的に多い。かなめはまだ覚醒していない。覚醒する予兆もない。俺が知っているのはそんなとこかな。俺も法術の研究者じゃないんだ。あくまでこれまで話した法術師の話は本で読んだり人づてに聞いたりした話だ。事実だと言う確証は無い。詳しい話はひよこにでも聞いてくれよ。アイツは看護師である以前に法術に関する特別教育を受けてうちに配属になったんだ。アイツのポエムを褒めてやれば喜んで教えてくれるんじゃないかな?」
嵯峨はとぼけたようにそういうとタバコをふかし廊下の奥に目をやった。
「でもいつかは……西園寺さんも『覚醒』するんじゃないかと……僕はそんな気がします。これは僕なりの『勘』でしかありませんが」
誠はそう言って笑った。
「その『勘』。当たると良いね。俺もその方が都合がいい」
そう言って笑う嵯峨には時々見る嵯峨の悪意がこもっていた。
その時、誠は背後に気配を感じて振り返った。
そこには、かなめ、カウラ、アメリアの三人が着替えを済ませて立ち尽くしていた。
「おう、やっぱりここにいたか……カウラ、ちょっと吸わせてくれ。それより叔父貴。神前と何の話してた。アタシの話か?それともあのかえで……いや、やめとこう。アイツの事を思い出すと酒が不味くなる。アイツは叔父貴とは違った意味で『策士』なんだ。しかも、その策がいかに汚くてもそれを正義だと信じて疑わねえ救いようのねえ奴だ。そう言う『策士』はアタシは嫌いだね。叔父貴には汚いことをしている自覚はある。その方がまだ救いがある」
そう言うとかなめはタバコを着古したジーンズから取り出して素早く火をつけた。
「いいねえ……コイーバクラブ?千円越えだろ?十本で。コイーバは良いよ。俺も昔西園寺家に居た時は吸ってた。まあ、今じゃ昔のダチに甲武の軍用タバコの支給品をただでもらって吸うのが関の山だがね」
かなめの吸いだしたタバコに嵯峨はそう声をかけた。
「アタシはタバコはキューバに決めてんの!土が違うんだよ土が。遼州の焼き畑農業の土やフィリピンのバナナを作ったような荒れた土とはタバコを育てる土が違うんだ。かえでの奴はタバコ嫌いだからアイツを追い出す時にはタバコを取り出すんだ。その為にもタバコはアタシに必要なんだ。一流にこだわるかえでに一流のタバコで対抗する。それがアタシの流儀だ。それよりごまかすなよ!何の話してた」
そう言い放つとかなめは静かにタバコをくゆらせた。その表情は嵯峨への威嚇に満ちていた。
しかし、嵯峨はまるで怯むことなくかなめの言葉を聞き流していた。
「西園寺家の話をちょっとな。それと俺の産まれの話を出来る範囲でした。神前。こいつのタバコ……葉巻だぞ」
嵯峨は厭味ったらしくそう言うと席を立った。
「これ……葉巻なんですか?細いですよ」
そんな誠の言葉にかなめは静かにタバコの煙を吐き出しながら言葉を続けた。
「世に言う葉巻はな、管理が大変なの。湿度とか、気温とか。いろいろあんだ。その点この『シガリロ』は関係ないから」
「『シガリロ』?」
誠はそう尋ねるが、かなめは平然と煙草をくゆらすばかりで何も答えることはなかった。
「タバコにそんなお金かけてまあ……かなめちゃんが酒とタバコに金を惜しまないことは知ってるけど」
アメリアとカウラは呆れた表情で、タバコをくゆらせるかなめを見捨てるようにして喫煙所を後にした。
「西園寺さん……体に悪いですよ、タバコは」
家族に喫煙者のいない誠はヘビースモーカーのかなめにそう注意した。
「うるせえなあ……肺も交換可能なこの体だ……文句を言われる筋合いはねえよ。肺がヤニで汚れたら交換すればいい。便利だろ、サイボーグの身体も」
かなめはそう言ってタバコをくゆらせた。
「でも……ニコチンって脳や神経にも蓄積されるんじゃないですか?そっちは自前でしょ?交換が効かないじゃないですか?やっぱりタバコは止めた方が良いですよ」
そう言うと誠はかなめに顔を近づけた。
「別にいいだろうが!アタシの人生だ!アタシが決める!オメエはアタシの『下僕』!文句を言えた義理じゃねえ!」
ムキになってかなめはそう言った。
「車がタバコ臭くなるとカウラさんが困ると思うんですけど……」
誠はそう言って困ったような顔をした。
「へいへい、喫煙者は肩身が狭いですね……叔父貴もそう思うだろ?」
「全くだ。最近はタバコを吸える場所が減ってね。出かけるのにも一苦労だ」
かなめと嵯峨はそう言うと手にしていたタバコを灰皿に押し付けた。
「それじゃあ楽しんできてちょうだいよ。俺は金が無いからコンビニで買って来た甲種焼酎で我慢するから」
そう言うと嵯峨はいつものようにだらだらと立ち上がった。
「隊長は?」
「いろいろ書類とか溜まっちゃってさ……かなめ、何とかならねえかな」
「知るか!」
叔父の不始末を押し付けられそうになったかなめが大股で喫煙所を去っていく。
誠はその後に続いていい加減な部隊長を置いてその場を立ち去った。




